第4話 やさしい人
授業が終わり、昼休みを迎えた教室はえらく騒がしく、クラスメイト達はそれぞれ自分たちの居場所へと移動していく。
机をくっつけて弁当を食べるグループや、スマホを見ながら笑っている男子たち。
窓際では女子たちが恋愛話をしていたりと、賑やかな教室だ。
その全部の音が、どこか遠くのものに聞こえてしまう。今はそれどころではなかった。
湊は机に頬杖を突きながらスマホとにらめっこしていた。
「なんて返すかなぁ」
そうため息をつきながら、この10分ほど湊は悩んでいた。
スマホの画面に映るのは、授業中に届いた夕陽からの通知であった。
『今日雨降りそうだね』
たったそれだけ。
送った本人も深い意味なんてなかっただろう。
そんな短い文章へ、どう返信するかを湊は悩んでいた。
元来メッセージがあまり得意ではない湊は、こういったものになんて返せばいいかを深く考えすぎてしまう癖があった。
こんな簡単な文にも返信できない自分に少し嫌気を感じながら、考え抜いて選んだ『そうだな』の四文字を打ち込んで送信する。
すぐに既読が付き、それだけで少し安心してしまった自分を嫌になる。
「おーい白崎ー、帰りゲーセン行かね?」
前の席の男子が振り返って話しかける。
「あー、ごめん。今日はちょっと…」
「またー?最近なんか付き合い悪くね?」
明らかに冗談めかして言っているのだが、その言葉に過剰に反応してしまう。
これまで人付き合いをよくしていたのは他でもない、「嫌われないため」であり、それが壊れてしまうのではないかという不安が湊の脳内を駆け巡る。
「あっ、ごめん。別にそうゆうわけじゃ、」
「いや冗談だって」
目の前の男子は笑ってそう答えた。
湊も慌てて笑って取り繕う。
ただその笑顔にはどこか暗いものがあった。
そんな様子を夕陽は少し離れたところから静かに見ていた。
◇
クラスメイト達と別れてから、湊は帰宅するために玄関へと向かう。
その道中でも先ほどの会話が脳内で再生されて、息が苦しくなっていく。
(いつから俺はこんなにも周りの目を気にするようになっちまったんだろうな)
過ぎたことにまでここまで悩まされる自分に苦笑してしまう。
そんなことを考えながら玄関につき、靴を履き替えていたら聞きなじみのある声が湊を呼んだ。
「湊」
後ろを振り返ればそこには夕陽がいた。
「帰るの?」
「うん」
「じゃあ一緒に帰っていい?」
一瞬驚く。
夕陽からそんなことを言われるとは思ってもいなかった。
(いや、昔はこれが当たり前だったんだよな)
断る理由もないので湊は頷いた。
外に出ると、空はさっきよりも薄暗くなり、湿った風が体を打ち付ける。
商店街へと続く坂道をゆっくりと歩く。
八百屋に駄菓子屋、夕陽と一緒にいたあの頃とちっとも変わらない街並み。
古い自転車屋、開くことのないシャッター、夕方のスーパーの音楽。
「この街ってさ、」
夕陽が空を見上げながら口を開く。
「なんか時間が止まったみたいだよね」
「確かにそうだな」
「ずっと同じ景色」
そんな夕陽の頬に一粒の雫が落ちる。
「あっ」
2人そろって空を見上げる。
「やっぱり降ってきちゃったね」
「コンビニ寄るか?」
「うん」
二人は雨から逃げるようにコンビニへと駆け込む。
自動ドアが開いて冷たい空気が体を包む。
二人は傘のコーナーを探しながら、静かな音楽が流れた店内を歩く。
傘売り場にはまだ何本かビニール傘が残っていたので湊は一安心する。
そんな湊の横で夕陽は笑いながら言った。
「ビニール傘ってさ、なんか寂しいよね」
「いきなりどうした」
「だってみんなおんなじじゃん」
透明で、誰のか分からなくて。小声でそう付け足しながら夕陽は一本の傘を手に取る。
湊はそんな夕陽の横顔を見つめる。
湊から見て夕陽は昔よりもよく笑うようになったと思う。
でも、その笑顔の裏で時々、ひどく寂しそうな顔をする。
それがとても気になった。
それは態度よりも先に言葉に出ていた。
「……立花ってさ」
「ん?」
「最近なんかあった?」
言った瞬間に湊は後悔に苛まれた。
少し踏み込みすぎた気がして、猛烈な自責の念に駆られる。
それでも夕陽は怒らなかった。
ただ、少しだけ目を伏せて小さく微笑む。
「…どうして?」
「ただなんとなく」
二人の間に沈黙が生まれる。
聞こえるのは店内の静かなBGMだけ。
その状態に少し気まずさを感じた頃に夕陽が小さな声で「湊って、やさしいね」といった。
その言葉に少し安堵して苦笑する。
「…それあんま好きじゃない」
「知ってる」
夕陽はそう言って目の前のビニール傘を一本抱えてつぶやく。
「だから言ったの」
この小説は、ボカロP・ピノキオピーさんの「きみも悪い人でよかった」という楽曲をもとにした世界線を描いています。曲を聴いてから読むと、いろいろと見えてくるものがあるので、ぜひ聞いてみてください。
https://youtu.be/PLevj9bdRRA?si=NATb9mtJerQhkNMB




