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第2話 自分と下書き


夕陽との会話の後、湊は足早に家へと帰った。

風呂と夕食を済ませた湊は自室で今日あったことを思い出す。

授業を受け、クラスメイトとゲームの話をしたり、課題を貸したりとそこまでは至って普通の日常だった。

ただ今の湊は放課後の出来事に意識のほとんどをもってかれていた。

(その場しのぎで話してたけど、変なこと言わなかったよな俺。空気を悪くもしてないよな、たぶん。)

そして核心にあったのは『嫌われていないか』ということだった。

今更考えたところでどうすることもできないようなことが脳内で渦巻く。

そんな自分がまた嫌になる。

考えたところでらちが明かないので、ベットに寝転がりぼんやりと天井を見つめた。

窓の外は既に暗く、人の気配も少なくなっていた。

湊は特にすることもないので、スマホを開き、自分がよく使っているSNSを立ち上げた。

クラスメイト達の『今日のカラオケ楽しかった!』や『課題終わらん』などの日常の投稿をざっと見て、湊は普段のものとは違う、別のアカウントを開いた。

鍵付きの誰も知らないアカウント。俗にいう“裏垢”のようなものだ。

プロフィール欄には簡潔に『深夜用』とだけ書かれている。

湊はいつものように慣れた手つきで文字を打ち込む。

『優しいって言われるたびに、自分が空っぽになっていく』

これが湊の本心だった。

自分は優しくなんかない。むしろ悪い方の人間だと思う。

でもそれだけじゃこの世の中では生きていけないのだ。その結果が今の白崎湊という人間だった。

自分の本心なんて誰にも言うことができなかった。だからこの裏垢に、黙々と書き込んでいたのだ。

書いてから少し考えて、投稿ボタンを押せずに止まった。

なぜだか分からないが、今日だけは他の誰かに見られているような気がして、投稿することができなかった。

結局この文章はそのまま下書き保存して投稿せずにスマホを閉じた。

何やってんだろなぁと自嘲しつつ、天井を見つめる。

そこには何も映らない白さだけがあった。

その時だった。

ピコンッという通知がスマホを揺らし、画面には『立花夕陽があなたをフォローしました』とだけ書いてある。

「…は?え、なんで?」

一瞬、意味が分からなかった。

しかも通知先は湊のメインアカウントではなく、裏垢を指していた。

誰にも教えたことなんてないこの垢をなぜあいつが知っているのか。

意味が分からなかった。心臓が嫌な音を立てて暴れているのがわかる。

(なんで。なんで鍵垢なのにバレたんだ。)

軽くパニック状態になりながらも、湊は通知をタップしSNSを開く。

夕陽のアカウント名はよくわからない英列で、名前がなければ誰だかわからないだろう。

何個か投稿があり、ざっと目を通すが、どれも風景写真であった。

夜の踏切、曇った窓、静かな公園など、心なしか全部寂しさを覚えるような写真ばかりであった。

一通り見終わった後、湊は猛烈に悩んだ。

夕陽からのフォローを返すべきかどうか。

本来の湊なら返すことはしなかっただろうし、そもそもここまで悩むことすらなかっただろう。無視することが一番無難なまである。

でも湊の頭には放課後の夕陽の『夕焼けってさ、きれいだけどなんだか心が苦しくならない?』言葉が反芻された。

ここまで自分の気持ちに近い言葉を言われたのは初めてだった。

彼女なら自分をわかってくれるんじゃないか。そんな希望的観測が頭をよぎる。

湊は小さく息を吐き、結局フォローを返した。


数分後、再びスマホが通知音とともに震えた。

何かと思えばそこには『立花夕陽さんからメッセージが届きました』と書いてあった。

恐る恐る通知を開くと、『ごめん、たぶん見つけちゃった』という簡潔な分が送られてきていた。

湊は眉をひそめながら、一番の疑問を夕陽に投げかける。

『なんでこの垢がわかったんだ?』

送ればすぐに既読が付いた。

数秒後には返信が来る。

『文の終わり方』

「え?」

そんなところでバレるなんて思ってもいなかった。

そもそもなぜ夕陽が俺の分の終わり方を知っているのかが謎だったが、そこはいったん飲み込んで『よくわかったな』とだけ返信する。

すぐに返信が来たが、そこには

『あと言い訳っぽいところ』と書かれていた。

思わずスマホから目を背けた湊は羞恥心に殺されそうになった。

全部全部夕陽に見透かされているのではいかと思った。

確かに過去の自分の投稿を見直せば、言い訳としかとらえられないようなものが多々あった。

表に出せないということを言い訳にああやってつらつらと文を書いているのだから反論なんてできるはずがなかった。

そもまま返信できずにいると、またスマホが通知を知らせる。

そこには『安心した』という短い文が書かれていた。

湊はまったく意味が分からなかった。返信してこないことに安心する要素はあっただろうか。むしろ自分なら不安になってしまいそうだが、よくわからないまま会話と続けることはできないので素直に『何が?』と返す。

すぐに返事はきた。

『湊もちゃんと嫌なこと考えるんだなって』

その言葉に湊は目を見張った。言葉が出てこなかった。

この心を満たすようなものは何なのだろうか。

自分でもよくわからない感情に飲み込まれていく。

普通なら失礼と思ったっておかしくない文だろう。

でも今の湊はなぜか少しだけ、救われた気がしていた。


この小説は、ボカロP・ピノキオピーさんの「きみも悪い人でよかった」という楽曲をもとにした世界線を描いています。曲を聴いてから読むと、いろいろと見えてくるものがあるので、ぜひ聞いてみてください。


https://youtu.be/PLevj9bdRRA?si=NATb9mtJerQhkNMB

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