第1話 夕暮れのきみ
俺、白崎湊はどこにでもいるような普通の高校生だ。強いて言えばコミュ障だと自分でも思うくらいだろうか。
今日も一日の学校生活をほぼ終え、あとは帰る準備をするだけである。外を見ればもう夕暮れの時間だった。
湊自身夕暮れを見ても特別思うところはない。強いて言えば眩しいなと思っているくらいだ。
その眩しさが時折胸を締め付けることはあるが、儚いからかなぁ程度で済ませている。
そんなことを考えていると、不意に声が聞こえた。
「白崎―、明日の課題見せてよ」
突然声をかけられたのだから驚いたが、湊は反射的に「うん、いいよ」と返した。
そこまで仲の良いクラスメイトでもないし、特段関わることもない相手でも、何か頼まれれば断ることはしない。
断ればどうなるかは湊自身がよく理解していた。
実際、嫌というわけではない。だからと言って好き好んでやることでもないとは思うが。
そんなことを自分の中で反芻しながら、湊はカバンをあけて課題を取り出す。
「お前ってホント優しいよな。なんというか、お人よしというか」
後ろの席の男子生徒がそう言って微笑を浮かべている。
その言葉に湊は曖昧に笑って返す。言葉なんて出てこなかった。
優しい。
確かに他人から見て自分は優しく映るのかもしれない。
ただ自分は断ることによって関係性を崩さないよう周りに合わせているだけだ。
そう考えると湊はなんだかいてもいられない気分になっていく。でもそんな感情を表向きに吐き出すなんてことをする勇気も気力も湊にはなかった。
「ただ怖いだけなんだよな」
その言葉だけが脳裏に浮かんでは気持ちを沈めていく。
課題を貸して湊はそのまま足早に教室を発った。
教室を出て長い廊下を歩いていると、後ろから聞きなじみのある声が聞こえた。
「…湊?」
振り返ればそこには長く綺麗な黒髪をまとった少女・立花夕陽が立っていた。彼女とは小学生まではずっと一緒にいた、いわば幼馴染というやつだった。
夏祭りも、虫取りも、お化け屋敷も、振り返れば必ず夕陽がいた。
でも中学生になってからは、互いに自然と距離ができ、気づけば今日までまともに話したことはほぼ無かった。
「夕陽か、久しぶりだな」
こうして話すのはあまりに久しぶりなので、少しぎこちなくなってしまったがそれも仕方がないだろう。そもそも湊は女子と話すこと自体を毛嫌っている節がある。
それは自分でも理解しており、普段は必要なことがない限りは自ら女子に話しかけたりしないため、こういう時に何を話せばいいのかわからないのだ。
少しの間、沈黙が廊下を支配する。
本当ならこれまで何かあったかや最近はどうだなどを聞けばよかったのかもしれない。ただ湊にはそれを口にすることができず、ただただ時間だけが過ぎていった。
そして先に沈黙を破ったのは夕陽だった。
「きみ、愛想笑いうまくなったね」
「…は?」
夕陽は窓の外で日が落ちていくのを見つめながら、どこか遠い目をしていた。
「ちゃんと、いい人になった感じがする」
ちょっと冗談めかして彼女は言うが、湊は何も反論することができなかった。
これまで5年ほどまともに話してなかったのに、何もかも見透かされているような、核心を突いたことを言われたため、息を詰まらせることしかできなかった。
「…なんだよ、それ」
掠れる喉からやっとの思いで出した言葉に、夕陽は笑いながら答える。
「いい意味でだよ。でもなんか湊って昔っから無理して笑うっていうか、本心を隠してるんだろうなぁって」
夕陽は何気ない顔で言っているが、湊にとっては図星だった。
思い返せば本心で笑顔を見せたのはもう何年も前で、最近は周りを見て笑顔を作っていた。
だから何も言い返せなかった。黙り込んだ湊に夕陽は続けて話しかける。
「ねぇ、湊」
「…何?」
「夕焼けってさ、きれいだけどなんだか心が苦しくならない?」
その瞬間、湊は体中に衝撃を受けたような感覚に襲われた。
誰にも話したこともなく、自分でも噛み殺していた感情を言い当てられて、湊は思わず夕陽を見る。
「…変なこといったかな」
夕陽は困ったような笑みを浮かべながらこっちを見ていた。
「そんなことない」
湊はゆっくりと首を振り、「俺もちょっとわかる」とだけ返した。
それしか返せなかった。別に特別な言葉でも何でもない。
でもこの短いやり取りは、僕の心を少しだけ解放してくれた気がした。
この小説は、ボカロP・ピノキオピーさんの「きみも悪い人でよかった」という楽曲をもとにした世界線を描いています。曲を聴いてから読むと、いろいろと見えてくるものがあるので、ぜひ聞いてみてください。
https://youtu.be/PLevj9bdRRA?si=NATb9mtJerQhkNMB




