第80話 湯煙の違和感
翌日。
「温泉?」
ヒロが聞き返す。
「おう」
ニノが頷く。
「村の外れにあるんだ!」
「傷にも効くヨ」
ミカが当然のように言う。
「昨日みたいに暴れた後は入るネ」
「お前基準で語るなよ……」
ヒロが呆れる。
その横で。
ラナが笑った。
「まあ実際、回復効果は高いよ」
「魔力の流れも整うしね」
「へぇ……」
マキが興味深そうに頷く。
「ユナさんも行くッスか?」
「……そうね」
ユナは少し考えてから頷いた。
フィールド維持の疲労はまだ残っている。
休めるなら休みたい。
「エバも行くヨ?」
「……行く」
エバが小さく答える。
「じゃ決まりネ!」
ミカが笑う。
そして。
「俺も行っていい?」
軽い声。
振り向く。
旅人——レインだった。
「……アンタも来るのか」
「温泉興味あるし」
レインが肩をすくめる。
「別に減るもんじゃないだろ?」
「まあ、そうだけど……」
ヒロは微妙な顔をした。
どうにもこの男は距離感がおかしい。
村外れ。
岩場の奥。
白い湯気が立ち上っていた。
「おぉ……」
ヒロが目を見開く。
天然温泉だった。
湯気。
岩。
流れる湯。
「魔界にもこういうのあるんだな……」
「失礼ネ」
ミカが呆れる。
「便利なものくらいあるヨ」
「便利っていうか癒しだけどな」
「同じネ」
ミカは真顔だった。
その時。
「へぇ……」
レインが湯を見下ろす。
興味深そうに。
「ちゃんと温かいんだな」
「……何だそれ」
ヒロが眉をひそめる。
「魔族ってそういう感覚ないのか?」
「いや、あるぞ?」
ニノが普通に答える。
「温泉大好きだし!」
「……いや」
レインが少しだけ目を逸らす。
「そういう意味じゃなくて」
だが。
それ以上は言わなかった。
「変な奴ネ」
ミカが笑う。
「アンタに言われたくない」
レインが即答した。
その返しに。
ミカが少しだけ楽しそうに笑う。
しばらくして。
男湯側。
「……はぁ」
ヒロが湯に浸かる。
疲労が抜けていく感覚。
「これは確かに気持ちいいな……」
「だろ?」
ニノが得意げだった。
その横。
レインは静かに湯へ浸かっていた。
「……」
じっと湯面を見ている。
「……何してんだ?」
ヒロが聞く。
「いや」
レインがぽつりと呟く。
「気持ちいいとか」
「温かいとか」
「そういう感覚、妙だなって」
「妙ってお前……」
ヒロが呆れる。
だが。
レインは少しだけ黙った。
まるで。
理解できないものを見るみたいに。
一方。
女湯側。
「ふぅ……」
マキが肩まで浸かる。
「生き返るッス……」
「昨日かなり無茶してたネ」
ミカは普通に泳いでいた。
「温泉で泳ぐな」
ユナが呆れる。
その横で。
エバは静かに湯に浸かっていた。
「……」
じっと。
向こう側を見る。
「エバ?」
ユナが声をかける。
「……いる」
「え?」
「変なの」
一瞬。
空気が止まった。
その時だった。
湯気の奥。
ほんの一瞬だけ。
人影が揺れた。
「……は?」
マキが固まる。
次の瞬間。
「うわっ!?」
レインの声。
ザバァッ!!
男湯側から盛大な水音が響いた。
「何で気付くんだよ!?」
「……」
エバは無言だった。
ただ。
じっと湯気の奥を見ていた。
そして。
数分後。
「……で?」
ミカが首を傾げる。
「何見てたネ?」
「いや……」
珍しく。
レインが言葉に詰まる。
「アンタ」
ミカが少しだけ笑う。
「ずっとミー見てたヨ?」
「っ……」
その反応に。
ユナの目が細くなる。
「……何してるの」
低い声。
マキも若干引いていた。
「いや違っ……」
「そんなに気になるネ?」
ミカが楽しそうに言う。
「変わってるネ」
レインは初めて。
本気で困った顔をした。
だが。
ミカは嫌がっていなかった。
「見るだけだったネ?」
「別に減るものじゃないヨ?」
「そういう問題じゃない!」
ユナとマキの声が重なる。
「ヒロにも今度見せるネ?」
「やめろ!?」
男湯側からヒロの叫びが響いた。
その声に。
ミカが楽しそうに笑う。
そして。
レインだけが。
少し黙っていた。




