第76話 魔界の村
霧の森。
戦闘の余韻だけが残っていた。
「……はぁ」
ユナが壁にもたれかかる。
顔色が悪い。
フィールド維持で魔力をかなり消耗していた。
「ユナさん、無理しすぎッス……」
マキが回復魔法をかける。
「ヒロも座るネ」
ミカが言う。
「いや、まだ——」
「座るネ」
「……はい」
珍しく逆らえなかった。
その時だった。
「で?」
声。
全員の身体が強張る。
反射的に振り向く。
モラクスだった。
近くの岩に腰掛け。
まるで散歩帰りみたいな顔をしている。
「その状態で野宿する気か?」
「……」
ヒロが睨む。
「……何の用だ」
モラクスが笑う。
「安心しろ」
「休める場所くらい用意してやる」
「信用できるか」
「別にしなくていい」
立ち上がる。
「死にたくねぇなら来い」
それだけ言って歩き出す。
「……どうする」
ヒロが振り返る。
「反対」
ユナが即答する。
「でも……」
周囲を見る。
霧。
暗さ。
そして疲労。
「このまま動くのも危険ッスね……」
マキが苦い顔をする。
「ミーはちょっと気になるネ」
ミカは妙に楽しそうだった。
「……合理的」
エバがぽつりと言う。
「今のユナ、戦闘困難」
「エバ……」
ユナが複雑そうな顔をする。
少し沈黙。
そして。
「……一晩だけだ」
ヒロが決めた。
「ヤバそうならすぐ逃げる」
「了解ッス」
「仕方ないネ」
ユナだけは最後まで不安そうだった。
モラクスの後を追う。
霧の奥。
しばらく歩いた先。
見えてきたのは——
灯りだった。
「……え?」
マキが目を瞬く。
木造の家。
煙突。
畑。
笑い声。
そして。
小さな子供たち。
「普通の村……?」
ヒロが呆然と呟く。
「普通の村ネ」
ミカがあっさり言う。
「いや、魔界だぞ?」
「でも村ネ」
「そうだけど……!」
混乱するヒロ。
その横で。
エバだけは静かに周囲を見ていた。
「……興味深い」
村へ入る。
すると。
「あっ、モラクスだ!」
子供が駆け寄ってきた。
小さな角の生えた少年。
「また暴れたの!?」
「おう」
モラクスが笑う。
「今日はなかなか面白かったぞ」
「うわ、血ついてる!」
「気にすんな」
普通に会話している。
「……えぇ……」
ヒロが困惑する。
「ニノ、邪魔するんじゃないよ」
奥から女性が出てくる。
赤髪。
エプロン姿。
「またボロボロの客拾ってきたのかい」
「ラナ、部屋空いてるか?」
「あるよ」
そして。
ラナがヒロ達を見る。
「……人間?」
「珍しいねぇ」
だが。
敵意はなかった。
「まあいい」
「立ち話もなんだ、入りな」
どうやら宿屋らしい。
中へ入る。
暖炉。
食事の匂い。
笑い声。
本当に。
普通だった。
「……なんなんだここ」
ヒロが呟く。
「魔界の村だが?」
モラクスが当然のように言う。
「いやそうじゃなくて……」
「人間はもっとこう」
「魔族って恐ろしい場所想像するネ?」
ミカが笑う。
「……してた」
「失礼だなァ」
モラクスが笑う。
その時。
奥の席。
「……まぁ」
老人が酒を飲みながら呟く。
「最近は物騒だがな」
空気が少しだけ変わる。
「ゼフ爺」
ラナが止めるように言う。
だが。
「また城から呼び出しがあった」
「今度は東区画だとよ」
「……」
誰かが黙る。
さっきまで笑っていた空気が。
ほんの少しだけ沈んだ。
ヒロがその変化を見る。
そして。
モラクスを見る。
だが。
モラクスは笑っていなかった。




