第56話 止めているもの達
霧の奥へ。
踏み込むごとに、空気が重くなる。
「……さっきより濃いネ」
ミカが目を細める。
「視界、悪い」
ユナが小さく言う。
フィールドの内側。
エバはヒロの腕に触れたまま、黙って前を見ている。
(……近い)
ヒロは一瞬だけ眉をひそめる。
気配が。
さっきのケルベロスとは違う。
重い。
圧がある。
そのとき——
金属音。
鈍い衝突。
そして、低い声。
「——下がれ!」
聞こえた。
「……いるな」
ヒロが足を速める。
霧を抜ける。
視界が開けた先。
そこに——
ワイルドカード。
四人。
……いや。
正確には、三人が立っていて。
一人が、膝をついている。
「……ダビデさん!」
マキが声を上げる。
巨大な盾。
それを支えたまま。
男は、肩で息をしている。
鎧が——歪んでいた。
「……来たか」
前に立つ男が振り返る。
ジュリアス。
その目は冷静だが——
余裕はない。
「状況は?」
ヒロが短く聞く。
「最悪だ」
即答だった。
「他の連中を逃がしながら戦っている」
「ダビデが盾になってな」
「……」
ヒロが視線を向ける。
ダビデ。
盾を構えたまま。
立とうとしている。
「まだ、いける……」
低い声。
だが足元は、明らかに不安定だ。
「無理すんな」
ヒロが言う。
「無理じゃない」
「役目だ」
短く返す。
「ドロス、後方!」
「分かってる!」
女魔導士が詠唱を続けている。
「シャルル、回復!」
「もうやってる!」
光がダビデを包む。
だが——
追いついていない。
「……何と戦ってる」
ヒロが問う。
一瞬。
沈黙。
「……来るぞ」
ジュリアスが前を見る。
霧が——揺れる。
重い足音。
ゆっくり。
だが、確実に近づいてくる。
(……これか)
ヒロの背筋に、冷たいものが走る。
姿はまだ見えない。
だが——
分かる。
「……なんだ、これ」
マキが呟く。
「圧が……違う」
ミカも珍しく真面目な声で言う。
エバは——
じっと、その奥を見ていた。
「……いる」
小さく呟く。
次の瞬間。
霧の奥に——影。
大きい。
人のようで。
違う。
ゆっくりと、歩いてくる。
鎧。
軋む音。
そして——
その気配。
「……」
ヒロは無言で構える。
(こいつは……)
直感が告げていた。
(今までと、次元が違う)
霧の向こう。
それは、まだ姿をはっきり見せないまま——
確実に、こちらへ近づいていた。




