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第54話 不穏

 夕方。


 


 領地の通り。


 


 


 さっきまでの賑わいが、少し落ち着いていた。


 


 


「……なんか静かになったな」


 


 


 ヒロが周囲を見る。


 


 


 冒険者の姿が減っている。


 


 


 露店(ろてん)も、片付け始めていた。


 


 


「人、減ってるネ」


 


 


 ミカが小さく呟く。


 


 


「……もう行ったんだと思う」


 


 


 ユナも霧の森の方向を見る。


 


 


 


(……早いな)


 


 


 ヒロは軽く眉をひそめた。


 


 


 情報も揃っていない。


 


 


 それでも、先に進むやつはいる。


 


 


「待てないタイプ、多いな」


 


 


「冒険者っぽいネ」


 


 


 ミカが肩をすくめる。


 


 


 


 そのとき。


 


 


 


 遠くから——足音。


 


 


 


 誰かが走ってくる。


 


 


 


「……ん?」


 


 


 


 ヒロが視線を向ける。


 


 


 


 一人の冒険者だった。


 


 


 


 息が荒い。


 


 


 


 顔色が悪い。


 


 


 


「おい!」


 


 


 


 周囲の誰かが声をかける。


 


 


 


「どうした!?」


 


 


 


 だが、男は止まらない。


 


 


 


「やばい……」


 


 


 


 それだけ呟く。


 


 


 


「何がだよ!」


 


 


 


 返事はない。


 


 


 


 ただ——振り返らず走り去っていく。


 


 


 


「……」


 


 


 


 ヒロは目を細める。


 


 


 


(なんだあれ)


 


 


 


「ヒロ……」


 


 


 


 ユナが小さく袖を引く。


 


 


 


「……行く?」


 


 


 


「……いや」


 


 


 


 ヒロは首を振った。


 


 


 


「今は様子見る」


 


 


 


「……うん」


 


 


 


 


 少し歩く。


 


 


 


 


 別の場所。


 


 


 


 


 門の近く。


 


 


 


 


 人だかりができていた。


 


 


 


 


「……またか」


 


 


 


 


 誰かが呟く。


 


 


 


 


「今度はどこのパーティだ」


 


 


 


 


 


 ヒロたちも近づく。


 


 


 


 


 


 地面に座り込んでいる冒険者。


 


 


 


 


 


 装備は傷だらけだった。


 


 


 


 


 


 盾は割れ。


 


 


 


 


 


 鎧は裂け。


 


 


 


 


 


 顔色も悪い。


 


 


 


 


 


「……おい」


 


 


 


 


 


 ヒロが声をかける。


 


 


 


 


 


「何があった」


 


 


 


 


 


 


 男はゆっくり顔を上げた。


 


 


 


 


 


 


 目の焦点が合っていない。


 


 


 


 


 


 


「……いた」


 


 


 


 


 


 


 小さく呟く。


 


 


 


 


 


 


「何が」


 


 


 


 


 


 


「……分からない」


 


 


 


 


 


 


「気づいたら……やられてた」


 


 


 


 


 


 


 一瞬、周囲が静まる。


 


 


 


 


 


 


「魔物か?」


 


 


 


 


 


 


「……分からない」


 


 


 


 


 


 


 男の手がわずかに震える。


 


 


 


 


 


 


「見えなかった」


 


 


 


 


 


 


「……は?」


 


 


 


 


 


 


 ヒロが眉をひそめる。


 


 


 


 


 


 


「ただ……」


 


 


 


 


 


 


 


 男は唇を震わせる。


 


 


 


 


 


 


 


「……やばい」


 


 


 


 


 


 


 


「それだけは分かった」


 


 


 


 


 


 


 


 沈黙。


 


 


 


 


 


 


 


「……仲間は?」


 


 


 


 


 


 


 


「……」


 


 


 


 


 


 


 


 答えない。


 


 


 


 


 


 


 


 ただ、視線を逸らす。


 


 


 


 


 


 


 


(……全滅か)


 


 


 


 


 


 


 


 ヒロはそれ以上聞かなかった。


 


 


 


 


 


 


 


「ヒロ……」


 


 


 


 


 


 


 


 ユナの声が小さい。


 


 


 


 


 


 


 


「……ああ」


 


 


 


 


 


 


 


 短く返す。


 


 


 


 


 


 


 


(始まったか)


 


 


 


 


 


 


 


 まだ、何も分からない。


 


 


 


 


 


 


 


 だが——


 


 


 


 


 


 


 


 確実に、何かがおかしい。


 


 


 


 


 


 


 


 


 その日はそれ以上大きな動きはなかった。











 だが——











 翌日。


 


 


 


 


 


 


 


 領地の空気は、さらに変わっていた。


 


 


 


 


 


 


 


「……増えてるな」


 


 


 


 


 


 


 


 ヒロが呟く。


 


 


 


 


 


 


 


 広場。


 


 


 


 


 


 


 


 戻ってきた冒険者たち。


 


 


 


 


 


 


 


 昨日より、明らかに多い。


 


 


 


 


 


 


 


 そして——


 


 


 


 


 


 


 


 全員、無事ではなかった。


 


 


 


 


 


 


 


「……ひどいネ」


 


 


 


 


 


 


 


 ミカが小さく言う。


 


 


 


 


 


 


 


 包帯。


 


 


 


 


 


 


 


 砕けた装備。


 


 


 


 


 


 


 


 歪んだ盾。


 


 


 


 


 


 


 


「……昨日より、多い」


 


 


 


 


 


 


 


 ユナも顔を曇らせる。


 


 


 


 


 


 


 


「ああ」


 


 


 


 


 


 


 


 ヒロは短く答えた。


 


 


 


 


 


 


 


(来てるな)


 


 


 


 


 


 


 


 霧の向こうから、確実に。


 


 


 


 


 


 


 


「おい」


 


 


 


 


 


 


 


 ヒロが近くの冒険者に声をかける。


 


 


 


 


 


 


 


「何があった」


 


 


 


 


 


 


 


 


 男はゆっくり顔を上げる。


 


 


 


 


 


 


 


 


「……あいつだ」


 


 


 


 


 


 


 


 


「また出た」


 


 


 


 


 


 


 


「見えないのか?」


 


 


 


 


 


 


 


「……見える」


 


 


 


 


 


 


 


 少しだけ首を振る。


 


 


 


 


 


 


 


「でも——意味がねえ」


 


 


 


 


 


 


 


「……どういう意味だ」


 


 


 


 


 


 


 


「当てたんだ」


 


 


 


 


 


 


 


 男の声が震える。


 


 


 


 


 


 


 


「剣も、魔法も……全部」


 


 


 


 


 


 


 


「でも——」


 


 


 


 


 


 


 


 一拍。


 


 


 


 


 


 


 


「……効いてねえ」


 


 


 


 


 


 


 


 


 空気が止まる。


 


 


 


 


 


 


 


 


「弾かれたみたいに」


 


 


 


 


 


 


 


「いや……違う」


 


 


 


 


 


 


 


「そのまま進んできた」


 


 


 


 


 


 


 


「……は?」


 


 


 


 


 


 


 


 ヒロが眉をひそめる。


 


 


 


 


 


 


 


「止まらねえんだよ」


 


 


 


 


 


 


 


「こっちの攻撃なんて、気にしてないみたいに」


 


 


 


 


 


 


 


「しかも——」


 


 


 


 


 


 


 


 男の声がさらに低くなる。


 


 


 


 


 


 


 


「速い」


 


 


 


 


 


 


 


「見えてるのに……追いつかねえ」


 


 


 


 


 


 


 


「気づいたら距離詰められてて」


 


 


 


 


 


 


 


「次の瞬間には——」


 


 


 


 


 


 


 


 言葉が止まる。


 


 


 


 


 


 


 


 男の肩が、小さく震えていた。


 


 


 


 


 


 


 


「……逃げたの、お前だけか?」


 


 


 


 


 


 


 


 ヒロが低く聞く。


 


 


 


 


 


 


 


「……っ」


 


 


 


 


 


 


 


 男は答えない。


 


 


 


 


 


 


 


 ただ、強く歯を食いしばる。


 


 


 


 


 


 


 


(……こっちもか)


 


 


 


 


 


 


 


 ヒロは小さく息を吐いた。


 


 


 


 


 


 


 


「ヒロ……」


 


 


 


 


 


 


 


 ユナの声が少し震えている。


 


 


 


 


 


 


 


「……これ」


 


 


 


 


 


 


 


「分かってる」


 


 


 


 


 


 


 


 ヒロは短く返す。


 


 


 


 


 


 


 


(速い上に、硬い)


 


 


 


 


 


 


 


(厄介どころじゃねえな)


 


 


 


 


 


 


 


「ワイルドカードは?」


 


 


 


 


 


 


 


 ヒロが聞く。


 


 


 


 


 


 


 


「……まだいる」


 


 


 


 


 


 


 


 別の冒険者が答えた。


 


 


 


 


 


 


 


「奥で食い止めてる」


 


 


 


 


 


 


 


「……マジか」


 


 


 


 


 


 


 


 ミカが目を細める。


 


 


 


 


 


 


 


「相当ネ」


 


 


 


 


 


 


 


「ああ」


 


 


 


 


 


 


 


 ヒロも頷く。


 


 


 


 


 


 


 


(でも——)


 


 


 


 


 


 


 


(長くはもたない)


 


 


 


 


 


 


 


 直感だった。


 


 


 


 


 


 


 


「……行くぞ」


 


 


 


 


 


 


 


 ヒロが言う。


 


 


 


 


 


 


 


「うん」


 


 


 


 


 


 


 


 ユナが頷く。


 


 


 


 


 


 


 


「準備できてるネ」


 


 


 


 


 


 


 


 ミカも笑う。


 


 


 


 


 


 


 


 エバは何も言わない。


 


 


 


 


 


 


 


 ただ——


 


 


 


 


 


 


 


 霧の方を見ていた。


 


 


 


 


 


 


 


(……いる)


 


 


 


 


 


 


 


 そんなふうに。


 


 


 


 


 


 


 


 確信しているように。

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