第40話 霧の中
森の入口。
そこから先は、空気が違っていた。
「……見通し悪いな」
ヒロが前を見る。
薄く、だが確実に——霧が漂っている。
「……入るネ?」
ミカが軽く言う。
「だな」
ヒロは迷わなかった。
「確認だけだ」
「深追いはしない」
「……うん」
ユナは小さく頷く。
その手は、自然とヒロの袖を掴んでいる。
その横で——
エバが一歩前に出ようとする。
「待て」
ヒロが止める。
「ここから先は危ない」
「……」
エバはヒロを見る。
「戻れ」
「外で待ってろ」
少しの沈黙。
「……行く」
短く。
「ダメだ」
ヒロは即答する。
「何があるか分からない」
「問題ない」
「ある」
被せる。
「……」
エバは少しだけ考えて——
「……じゃあ」
一歩、近づく。
ぴったりと、横に並ぶ。
「そばにいる」
「……は?」
「離れない」
「いやそういう問題じゃ——」
「離れるなら、戻る」
即答。
「……」
ヒロは少しだけ黙る。
(……こいつ)
ため息を一つ。
「……勝手に動くなよ」
「動かない」
「絶対だぞ」
「……うん」
距離は——そのまま。
「……近い」
ユナが低く呟く。
「問題ない」
「ある」
即答だった。
「増えてるネ」
ミカが楽しそうに笑う。
「やめろ」
そのまま、一歩。
霧の中へ。
——静かだ。
音が、吸われるように消えていく。
「……なんか嫌だな、これ」
ヒロが小さく呟く。
「視界だけじゃないネ」
ミカが周囲を見る。
「距離感がズレてるヨ」
「……うん」
ユナも同意する。
「気配が、変」
ヒロは立ち止まる。
振り返る。
来た道——
見えない。
「……は?」
「見えないネ」
ミカが普通に言う。
「さっきまであったのにネ」
「……戻れない?」
ユナの手が強くなる。
「いや、戻れるだろ」
ヒロは言いながらも、わずかに眉をひそめる。
(……たぶん)
そのとき。
——カサッ
小さな音。
「……!」
全員が反応する。
霧の奥。
何かが、動いた。
「……いるネ」
ミカが構える。
「待て」
ヒロが制する。
「距離が分からない」
その瞬間。
影が——こちらを見た。
「……」
(見られてる)
次の瞬間。
消える。
「……いないネ」
ミカが呟く。
「いや」
ヒロは首を振る。
「いる」
「見えなくなっただけだ」
「……ヒロ」
ユナの声。
「……近い」
「……ああ」
ヒロは短く答える。
そして——
歩き出す。
数分。
同じ景色。
木。
霧。
変わらない。
(……おかしい)
「どれくらい進んだ?」
「分からないネ」
「景色、変わってないヨ」
ヒロは足を止める。
近くの木にナイフで傷をつける。
「目印つける」
「これで分かるだろ」
「いいネ」
再び進む。
一歩。
二歩。
三歩——
「……」
ヒロが止まる。
横の木。
同じ傷。
「……は?」
「さっきのネ」
「……早すぎるだろ」
(直線で進んでた)
(曲がってない)
(なのに戻ってる?)
「……違う」
ユナが小さく呟く。
「戻ってるんじゃない」
「……え?」
「……ズレてる」
ヒロの思考が止まる。
(ズレてる?)
もう一度、木を見る。
同じ傷。
だが——
(……微妙に違う)
確信はない。
けれど。
違和感だけが残る。
(位置が固定じゃない)
(動いてるのは、俺たちじゃない?)
「……方向変える」
「まっすぐはダメだ」
「了解ネ」
横へ進む。
霧は、変わらない。
音も、ない。
ただ——
気配だけがある。
「……ヒロ」
ユナの声。
「今度は……遠い」
「は?」
「さっきまで近かったのに」
「……離れたのか?」
「違う」
即答。
「……変わった」
「……」
ヒロは何も言わない。
だが。
嫌な確信だけが残る。
「……一回止まる」
その場に立つ。
動かない。
数秒。
何も——
起きない。
——はずだった。
足元。
カチッ
「……?」
小さな音。
ヒロの足が止まる。
視線を落とす。
地面。
薄く隠された——金属。
(……トラップ)
理解した瞬間。
「動くな!」
叫ぶ。
だが——
霧の中で。
何かが、反応した。
空気が——変わる。
「……っ」
ユナの気配が強張る。
理由は分からない。
けれど——
これは。
踏んではいけないものだった。




