第35話 余韻と距離
帰り道。
街のざわめきは、まだ消えていなかった。
だが——
さっきまでとは違う。
少なくとも。
終わった空気はある。
「……」
ヒロは歩きながら、何も言わなかった。
頭の中に残っているのは——
さっきの戦い。
動き。
判断。
あの三人。
(……違ったな)
強い、だけじゃない。
(無駄がなかった)
それが一番近い。
「ヒロ」
ユナの声。
「ん?」
「……大丈夫?」
「またそれか」
ヒロは軽く笑う。
「大丈夫だって」
「……そうじゃなくて」
少しだけ間があった。
「……さっきの」
「ああ」
ヒロは空を見上げる。
「差、あったな」
はっきりと言った。
「……うん」
ユナは否定しなかった。
「でもまあ」
ヒロは続ける。
「やり方は分かった気がする」
「やり方?」
「力任せじゃダメだな、あれ」
「……」
ユナは少しだけ目を伏せた。
(……それでも)
(無理はしてほしくない)
言葉にはしない。
ただ。
袖を掴む手が、少しだけ強くなる。
「ユー、いい感じネ」
ミカが軽く言う。
「何がだよ」
「考えてる顔デス」
「初めて見たネ」
「余計だ」
そのまま歩く。
少しだけ、空気が緩む。
そのとき。
足元の瓦礫に引っかかる。
「——っと」
バランスを崩す。
前に倒れる。
その先に——
ミカ。
「おっとネ」
受け止める形になる。
一瞬。
距離が、ゼロになる。
「……」
柔らかい感触。
近すぎる距離。
「……大丈夫ネ」
ミカが普通に言う。
「す、すまん」
ヒロが慌てて離れる。
その直後。
——ぐいっ
袖が、引かれる。
「……」
ユナ。
無言。
ただ。
距離を詰める。
「……近い」
ぽつり。
「いや今のは事故だろ」
「……」
返事はない。
ただ、離れない。
「……怒ってる?」
「怒ってない」
少しだけ強かった。
「ユー、分かりやすいネ」
ミカが楽しそうに言う。
「うるさい」
そのやり取りに。
ほんの少しだけ——
空気が軽くなる。
しばらくして。
「……なあ」
ヒロが口を開く。
「さっきのやつ」
「うん」
「また出ると思うか?」
「……出る」
ユナは迷わなかった。
「むしろ、増える」
「だよな」
ヒロは小さく頷く。
「……じゃあ」
少しだけ間を置く。
「次は、逃がさねえ」
短く。
その言葉に。
「……うん」
ユナが小さく頷く。
「いいネ」
ミカも笑う。
その笑顔は——
少しだけ、柔らかかった。
(……前は)
(こういうの、なかったネ)
ふと、思う。
誰かと並ぶこと。
同じ方向を見ること。
それを——
選ばれること。
「……」
ミカは何も言わない。
ただ。
ほんの少しだけ。
歩幅を、合わせた。
空を見上げる。
青いままの空。
何も変わらないように見える。
けれど。
確実に——
何かが動き始めていた。




