第34話 上位者
崩れた街。
煙が、まだくすぶっている。
ヒロは立っていた。
息は荒い。
だが、足は止めていない。
目の前。
——三つ首の黒い獣。
ケルベロス。
さっきより、明らかに近い。
(……来る)
構える。
だが——
「ヒロ!」
ユナの声。
「無理!」
「分かってる」
ヒロは短く答える。
それでも、前に出る。
止まれない。
ケルベロスが動く。
三つの頭。
同時に——
「——遅延付与」
詠唱。
「《スロウ》」
空気が絡みつく。
「……っ!」
ユナの動きが止まる。
「また……!」
ミカも足を取られる。
だが——
ヒロは踏み込む。
重い。
それでも、動く。
「なんで……!」
ユナが息を呑む。
「今はいい!」
ヒロは叫ぶ。
距離を詰める。
噛みつき。
避ける。
横からもう一つ。
捻る。
ギリギリ。
そのまま斬る。
——浅い。
「……くそっ!」
その瞬間。
三つの頭が、一斉に開く。
(……まずい)
直感。
避ける。
——間に合わない。
「ヒロ!!」
衝撃。
視界が白く弾ける。
体が宙を舞う。
地面に叩きつけられる。
「……っ」
呼吸が抜ける。
体が動かない。
——終わる。
そう思った瞬間。
音が、止まった。
「……そこまで」
静かな声。
次の瞬間。
ケルベロスの動きが止まる。
完全に。
「……?」
ヒロは顔を上げる。
そこにいたのは——
黒髪の女。
長い髪。
整った顔立ち。
異様な存在感。
「……誰だ」
思わず呟く。
「通りすがり」
女は、軽く言った。
その横に——
「危ないところでしたね」
丁寧な声。
長身の男。
「先輩、ここっスね」
さらに、もう一人。
ショートヘアの少女。
ヒロは三人を見て——
「……あんたらも、召喚者か?」
そう聞いた。
「ええ、そうなりますね」
男——ナオが穏やかに答える。
「ただ」
少しだけ間を置く。
「周囲からは勇者と呼ばれてますかね」
「まあ、便宜上の呼び名ですよ」
「……勇者、ね」
ヒロは小さく呟いた。
納得は、していない。
だが——
強さは、見れば分かる。
「……三頭型」
女——ユキが、ケルベロスを見る。
「再生あり」
「中心が本体」
淡々と分析する。
「ナオ」
「了解です」
ナオが動く。
ケルベロスの動きを誘導。
「マキ」
「任せてくださいっス!」
後方から支援。
連携。
無駄がない。
「……すげえな」
ヒロは思わず呟く。
ユキが一歩前に出る。
「——そこ」
踏み込む。
一閃。
——中心を貫く。
ケルベロスが、崩れた。
静寂。
「……終わり」
ユキは振り返る。
その視線が——
ヒロに向く。
「……あなた」
じっと見る。
「普通じゃない」
「そりゃどうも」
ヒロは軽く肩をすくめる。
「スロウ、効いてないようだった」
「まあな」
次に。
ミカを見る。
「あなたも」
「ミカエル」
「ミーはミカネ」
即答。
「……そう」
ユキはわずかに笑う。
「やっぱり面白い」
「一緒に来ない?」
あっさりと言った。
「は?」
ヒロが間の抜けた声を出す。
「興味がある」
「悪くないと思いますよ」
ナオも穏やかに続ける。
「え、いいんスか先輩?」
マキが目を輝かせる。
その瞬間。
「……ダメ」
ユナが、被せるように言った。
「今ので十分」
短く。
その手は——
ヒロの袖を、強く掴んでいる。
「……そう」
ユキは特に引き止めない。
「ミーも行かないネ」
ミカが続ける。
「ユーたちとがいいネ」
「……へえ」
ユキが少しだけ目を細める。
「それもいい」
ヒロは二人を見る。
「……いいのか?」
「いい」
ユナが即答する。
「問題ナイ」
ミカも笑う。
「……そっか」
ヒロは小さく頷いた。
ユキは少しだけヒロを見て——
「残念」
そう言った。
「……すまない」
勇者たちは、そのまま去っていく。
残された静寂。
ヒロは、拳を握る。
さっきの戦い。
動き。
判断。
(……違うな)
ただ強いんじゃない。
(やり方が違う)
ゆっくりと息を吐く。
「……俺たちも」
小さく呟く。
「変わらないとな」
初めて。
どう戦うかを考えていた。




