第33話 届かない距離
東区画。
煙の上がる通りに出た瞬間——
「……っ」
ヒロは足を止めた。
——三つの影。
黒い獣。
ひとつじゃない。
頭が、三つ。
それぞれが別々に唸り声を上げている。
「……マジかよ」
ヒロが小さく吐き捨てる。
「増えてるどころじゃないネ」
ミカの声も、少しだけ低かった。
その瞬間。
三つの頭が、同時にこちらを見る。
「——遅延付与」
詠唱。
『スロウ』
空気が歪む。
「……っ!」
ユナの動きが鈍る。
「また……これ……!」
ミカも足を取られる。
「ヒロ!!」
「分かってる!」
ヒロは踏み込む。
——動ける。
重い。
だが、止まらない。
(……やっぱりな)
そのまま距離を詰める。
正面の頭。
噛みつき。
避ける。
横から、別の頭。
(……二重か)
捻る。
ギリギリで躱す。
そのまま——斬る。
手応えはある。
だが。
浅い。
「……硬すぎる!」
「いいネ……!」
ミカが前に出る。
指を揃える。
『Bang!!』
爆発。
三つの頭の一つに直撃。
吹き飛ぶ。
——が。
すぐに起き上がる。
「……嘘でしょ」
ミカの笑みが、少しだけ消える。
「ヒロ、下がって!」
ユナが魔法を展開する。
拘束。
一瞬だけ、動きが止まる。
「今!」
「おう!」
ヒロは踏み込む。
至近距離。
全力で振り抜く。
——止まる。
「……っ!」
刃が、食い込まない。
次の瞬間。
三つの頭が、同時に動いた。
(……来る)
避ける。
——間に合わない。
「ヒロ!!」
衝撃。
体が吹き飛ぶ。
建物の壁に叩きつけられる。
「……っ」
息が詰まる。
視界が揺れる。
だが。
(……まだ動く)
歯を食いしばる。
立ち上がる。
「……しぶといネ」
ミカが呟く。
だが——
その声にも余裕がない。
ケルベロスが前に出る。
三方向。
同時攻撃。
「……っ!」
ユナの魔法が間に合わない。
ミカも動きが鈍い。
ヒロが踏み出す。
無理やり、割り込む。
「ヒロ!?」
「止める!」
腕で受ける。
一つ。
二つ。
三つ。
「——ぐっ!!」
骨が軋む。
体が崩れる。
そのまま、地面に叩きつけられる。
視界が白くなる。
「ヒロ!!」
ユナの叫び。
遠い。
だが——
(……まだ)
意識が、落ちない。
指が動く。
体が動く。
起き上がる。
「……マジネ」
ミカが低く呟く。
「それ、普通じゃないヨ」
「今はいい……!」
ヒロは息を吐く。
「倒すぞ!」
言い切る。
だが——
ケルベロスは、止まらない。
硬い。
速い。
数もある。
決定打が、ない。
その事実だけが、残る。
「……チッ」
ヒロは舌打ちした。
そのとき。
ケルベロスの動きが、変わる。
一歩、引く。
距離を取る。
「……?」
次の瞬間。
跳ぶ。
建物を越え——
そのまま、離脱。
「……逃げた?」
「違うネ」
ミカが息を吐く。
「まだ遊んでるヨ、あれ」
静寂が戻る。
壊れた街。
倒れた人。
広がる被害。
「……くそ」
ヒロは小さく吐き捨てた。
分かっている。
勝てない。
今のままじゃ。
どうやっても。
「……」
拳を握る。
それでも。
足は、止まらなかった。




