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第32話 広がる影


 翌日。


 


 街の空気は、明らかに変わっていた。


 


 ざわつきが消えない。


 


 人の声はある。


 


 けれど——落ち着かない。


 


 


「……まだ収まってないな」


 


 ヒロは通りを見渡す。


 


 昨日の痕は、すでに片付けられ始めていた。


 


 だが。


 


 完全には消えていない。


 


 


 崩れた壁。


 


 焦げた跡。


 


 そして——


 


 目を逸らしたくなるような空気。


 


 


 


「……」


 


 


 ユナは、何も言わなかった。


 


 


 ただ。


 


 


 ヒロの袖を、いつもより強く掴んでいる。


 


 


 


「また出たネ」


 


 


 ミカが軽く言う。


 


 


「今朝も別の場所デス」


 


 


「……マジか」


 


 


 


 ヒロは小さく息を吐く。


 


 


 


「場所は?」


 


 


「東側ネ」


 


 


「昨日と逆か」


 


 


 


「ランダムっぽいネ」


 


 


 


 ミカは楽しそうに言うが——


 


 


 状況はよくない。


 


 


 


 


 そのままギルドへ向かう。


 


 


 中は、昨日以上に騒がしかった。


 


 


「また出たぞ!」


 


「今度は二体だ!」


 


「討伐隊でも抑えきれてねえ!」


 


 


 


「……二体?」


 


 


 ヒロの眉がわずかに動く。


 


 


 


「増えてるじゃねえか」


 


 


 


 受付前で、冒険者たちが言い合っている。


 


 


 


「ランク上げないと無理だ!」


 


「いや、それでも足りねえ!」


 


 


 


 空気が重い。


 


 


 


 


「ユー、どうするネ?」


 


 


 ミカが横から聞く。


 


 


 


「どうするって……」


 


 


 ヒロは少しだけ言葉を止める。


 


 


 


 考える。


 


 


 


 昨日の戦闘。


 


 


 硬さ。


 


 


 速さ。


 


 


 


 そして——


 


 


 逃げた。


 


 


 


(……あれが増えてる)


 


 


 


 単純な話じゃない。


 


 


 


 


「……行くしかねえだろ」


 


 


 


 短く言う。


 


 


 


「放っとける感じじゃねえ」


 


 


 


 


 その言葉に。


 


 


 


「……」


 


 


 


 ユナの手が、わずかに強くなる。


 


 


 


 


「ヒロ」


 


 


 


 小さな声。


 


 


 


「……無理は」


 


 


 


「しねえよ」


 


 


 


 被せるように答える。


 


 


 


「昨日も言っただろ」


 


 


 


 


「……」


 


 


 


 ユナは、それ以上言えなかった。


 


 


 


 


「いいネ」


 


 


 


 ミカが笑う。


 


 


 


「やる気あるネ」


 


 


 


「お前はもう少し抑えろ」


 


 


 


「無理ネ!」


 


 


 


「だろうな」


 


 


 


 


 軽口を交わす。


 


 


 


 けれど。


 


 


 


 空気は軽くならない。


 


 


 


 


 そのとき。


 


 


 


 奥から運ばれてくる人影。


 


 


 


「……っ」


 


 


 


 誰かが息を呑む。


 


 


 


 


 担架。


 


 


 


 血に染まった装備。


 


 


 


 動かない体。


 


 


 


 


「……まだ息はある!」


 


 


 


「回復呼べ!!」


 


 


 


 


 慌ただしい声。


 


 


 


 


 ヒロは、それを見ていた。


 


 


 


 


 言葉は出ない。


 


 


 


 


 ただ。


 


 


 


 視線が、離れなかった。


 


 


 


 


(……これが)


 


 


 


 


 昨日の続き。


 


 


 


 


(……止めないと)


 


 


 


 


 自然と。


 


 


 


 そう思っていた。


 


 


 


 


 考える前に。


 


 


 


 


 足が動く。


 


 


 


 


「……行くぞ」


 


 


 


 


 短く言う。


 


 


 


 


 ユナとミカを見る。


 


 


 


 


 


「……うん」


 


 


 


 ユナが頷く。


 


 


 


 


「当然ネ」


 


 


 


 ミカは笑う。


 


 


 


 


 


 ギルドを出る。


 


 


 


 


 向かう先は——東。


 


 


 


 


 


 街の奥。


 


 


 


 


 


 煙が、また上がっていた。


 


 


 


 


 


 昨日よりも。


 


 


 


 


 


 少しだけ、大きく。

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