第3話 初めての死
街を出て少し歩くと、景色はすぐに変わった。
石畳は土の道へと変わり、やがて木々が視界を覆い始める。
「この辺りなら、最初の依頼にはちょうどいいと思う」
ユナが周囲を見渡しながら言った。
「ああ」
ヒロは軽く頷く。
渡された依頼は、小型魔物の討伐。
危険性は低いと書かれていた。
森の中は、思ったよりも静かだった。
風が葉を揺らす音と、遠くで鳴く鳥の声。
それ以外は、何もない。
(……静かすぎないか?)
「……なんか、妙に静かだな」
「そう?」
ユナが首をかしげる。
「こういう場所って、もっとこう……ガサガサしてるもんじゃないのか?」
「まあ、場所によるんじゃない?」
軽く流される。
(まあ、考えすぎか)
ヒロもそれ以上は気にしなかった。
草むらが揺れる。
「来たな」
飛び出してきたのは、狼型の魔物。
牙を剥き出しにして、一直線にこちらへ向かってくる。
「ヒロ、落ち着いて」
「ああ」
体は自然に動いた。
速さも、動きも、はっきり見える。
(……見える)
飛びかかってくるのを横にかわし、そのまま反撃。
武器が軽く振り抜ける。
鈍い音とともに、魔物が地面に転がった。
「……あっさりだな」
思っていたよりも、ずっと簡単だった。
(こんなもん、なのか?)
「ヒロ、大丈夫?」
「ああ、問題ない」
息も乱れていない。
まだ余裕がある。
もう少しやれる、そんな感覚すらあった。
そのとき——
風が、止んだ。
「……?」
ヒロは眉をひそめる。
さっきまで聞こえていた音が、消えている。
葉の擦れる音も、鳥の声もない。
妙な静けさ。
(……さっきのと同じだ)
空気が、重い。
胸の奥を押されるような感覚。
「ヒロ……」
ユナの声が、明らかに変わった。
その視線は——
目の前の何かを、はっきりと捉えていた。
「……うそ」
かすれた声。
ヒロには見えないはずの何かを、見ているように。
振り返る。
その表情を見て、ヒロは言葉を失う。
青ざめていた。
さっきまでとは、別人のように。
(……ただ事じゃないな)
「……どうした?」
「……」
ユナは答えない。
ただ、ヒロの前を見ている。
その視線を追う。
——何もない。
はずだった。
けれど。
空間が、歪んだ気がした。
「……?」
次の瞬間。
そこに、いた。
いつからいたのか分からない。
まるで、最初からそこにいたかのように。
人型。
長い髪。
しなやかな身体。
そして——
肌は、深い青。
海の底のような、暗い色。
妖艶な雰囲気を纏った女が、そこに立っていた。
「……」
何も言わない。
ただ、こちらを見ている。
(……やばい)
その視線だけで、背筋に冷たいものが走った。
言葉にできない。
でも分かる。
——これは、まずい。
「……なあ」
それでも、ヒロは軽く声を出した。
(逃げるか?)
一瞬、考える。
けれど——
(……いや)
「なんか……すごいの来たな」
笑う。
無理やり、いつも通りに。
「この辺の人かな?変わった肌の色してるね」
「ヒロ……」
ユナの声が震える。
「逃げよ」
「え?」
「今すぐ」
その言葉の意味を考える前に。
(……やっぱりまずいか)
ヒロは少し肩をすくめた。
「いやいや、そんな大げさな——」
「ヒロ!!」
叫び声。
「バカっ!!」
その瞬間。
視界が、揺れた。
何が起きたのか分からない。
動きも、音も、何もない。
ただ——
胸に、違和感。
「……え?」
視線を落とす。
自分の胸。
そこに、腕があった。
細く、しなやかな腕。
——ダークブルーの肌。
それが、背中まで貫通していた。
(……は?)
理解が追いつかない。
いつの間にか、女が目の前にいる。
距離は、最初からなかったかのように。
「……確認完了」
静かな声。
感情のない響き。
まるで、何かの結果を報告するように。
その言葉だけが、やけにはっきりと聞こえた。
遅れて、痛みが押し寄せる。
「ヒロ!!」
ユナの叫び。
体が動かない。
力が抜ける。
膝が崩れる。
呼吸ができない。
視界が暗くなる。
(……終わりか)
ぼやける意識の中で、ヒロはぼんやりと思った。
——誰か、いた気がした。
さっきまで。
この場に、もう一人。
けれど。
それを確かめる余裕は、もうなかった。
「……脆弱」
女が、興味を失ったように呟く。
腕が引き抜かれる。
血が、地面に落ちる。
音が遠くなる。
「ヒロ!! ヒロ!!」
ユナの声が、必死に響く。
それも、すぐに遠ざかる。
光が消える。
意識が沈む。
——そこで、すべてが途切れた。




