第2話 最初の一歩
石畳の上を歩きながら、ヒロは周囲を見回していた。
「すごいな……本当に異世界って感じだ」
行き交う人々の服装も、建物の造りも、どこを見ても見慣れないものばかりだ。
(……現実、なんだよなこれ)
夢にしては、細かすぎる。
空気の匂いも、足音も、やけにリアルだ。
それでも、不思議と居心地は悪くなかった。
「ふふ、そうだね」
隣を歩くユナが、小さく笑う。
その横顔は、どこか少しだけ嬉しそうだった。
「ヒロ、歩くの大丈夫?」
「ああ。思ったより普通に動けるな」
むしろ、軽いくらいだ。
足取りも自然で、疲れる感じもあまりない。
(……やっぱり変だな)
こんなに順応できるものなのか。
けれど——
(まあ、今はいいか)
深く考えるのは後にする。
今は情報が足りない。
「よかった」
ユナはそう言って、ほんの少しだけ安心したように息をついた。
その様子を見て、ヒロは少しだけ首をかしげる。
(……ちょっと大げさじゃないか?)
「……そんなに心配することか?」
「え?」
「いや、なんか……すごく様子を見てる感じだったから」
そう言うと、ユナは一瞬だけ言葉に詰まった。
けれどすぐに、いつもの柔らかい笑顔に戻る。
「ううん、ただ……無理してないかなって思って」
「大丈夫だよ。普通に動けてるし」
「……そっか」
どこか納得したような、でも少しだけ迷いが残るような声だった。
(……なんだろうな)
違和感はある。
けれど、まだ言葉にできない。
「それより——」
ユナは話題を切り替えるように、前を指さす。
「あれ、見える?」
視線の先には、大きめの建物があった。
人の出入りが多く、どこか賑やかな雰囲気がある。
「……あそこは?」
「冒険者ギルド」
ユナはそう言って、少しだけ笑った。
「ヒロにさっき話したでしょ? 冒険者の仕事」
「ああ、あれか」
改めて建物を見る。
確かに、それっぽい。
ヒロは一歩踏み出しかけて、ふと足を止めた。
「……そういえば」
「どうしたの?」
「こういうのって、大丈夫なのか?」
「大丈夫って?」
「いや、環境が全然違うだろ。病気とか……未知のウィルスとか」
(この辺、リアルどうなってんだ?)
気になってしまった。
ユナは一瞬だけきょとんとしてから、くすっと笑った。
「大丈夫だよ。そういうのはちゃんと対策されてるから」
「対策?」
「召喚された人は、この世界に適応できるようになってるの。言葉とかも含めて」
「……ああ、そういうことか」
(最初からそうなる前提か)
言われてみれば、確かにそうだ。
こうして普通に呼吸できていること自体、不思議なはずなのに気にしていなかった。
「便利だな」
「でしょ?」
ユナは少しだけ得意げに笑った。
その様子に、ヒロも軽く笑い返す。
「ここで登録すれば、仕事を受けられるようになるよ」
「なるほどな」
(生きていくなら、仕事は必要か)
現実的な話だ。
逆に、分かりやすくて助かる。
「……どうする?」
ユナが、少しだけ様子をうかがうように聞いてくる。
ヒロは少しだけ考えてから、口を開いた。
「……なあ」
「ん?」
「なんで俺達なんだろうな」
「え?」
「こういうのってさ、もっとこう……選ばれし勇者とかじゃないのか?」
ヒロは軽く肩をすくめる。
「なんか、偶然すぎる気がしてさ」
(理由があるなら、知りたいけど)
ユナは少しだけ目を伏せて——
「……偶然じゃないよ」
「ん?」
「ヒロが来たのは、ちゃんと意味がある」
そう言って、少しだけ笑う。
「運命、みたいなものだと思う」
「……重くない?」
「ひどい」
少し考える。
(正直、分からないことだらけだ)
でも——
(止まってても仕方ないか)
「やってみるよ」
そう答える。
ユナはほんのわずかに目を見開いたあと、安心したように微笑んだ。
「うん。いいと思う」
ギルドの扉を押し開ける。
中は思っていたよりも広く、多くの人で賑わっていた。
(……人、普通に多いな)
「この国、今は魔王討伐のために召喚された人も多いんだよ」
「へぇ」
「だからギルドも忙しいの」
「こっちだよ」
手を引かれ、受付へ向かう。
紙とペンを渡され、名前を書く。
——ヒロ。
(……まあ、これでいいか)
今は、この名前でやるしかない。
「はい、登録完了です。こちら、初期装備になります」
簡素な装備一式を渡される。
「……これでいいのか?」
「最初はこんなもんだよ」
ユナが軽く笑った。
「まずは簡単な依頼からだし」
「まあ、確かに」
「最初は、本当に無理しなくていいからね」
ユナが小さく言う。
「分かってるって」
ヒロは軽く笑った。
掲示板に並ぶ依頼を見上げる。
(……とりあえず)
(やれることから、だな)
ひとつを選ぶ。
——異世界での生活が、ようやく動き出す。
そんな実感が、少しずつ湧いてきていた。




