第1話 目覚めとユナ
柔らかい感触に、意識がゆっくりと浮かび上がった。
(……なんだ、これ)
ベッド……にしては、少し違う。
匂いも、空気も、どこか知らない感じがする。
目を開ける。
「……起きた?」
すぐ近くで、聞き慣れた声。
まぶたを開けると、少女の顔があった。
整った顔立ちに、きっちりと揃えられた前髪。
肩にかかる柔らかな髪が、ふわりと揺れている。
——見覚えがある。
いや、ありすぎる。
(なんで、ここにいる?)
「……ユナ?」
名前が自然と口から出た。
少女は、ぱっと表情を明るくする。
「ヒロ! よかった、起きた!」
勢いよく身を乗り出してくる。
距離が近い。
ち、近すぎる。
「おい、ちょっと近——」
言いかけて、ヒロは違和感に気づいた。
「……あれ?」
ユナをじっと見る。
顔は同じだ。
声も同じ。
でも——
(なんか、おかしい)
「なんか……若くないか?」
「は?」
空気が一瞬で変わった。
「いや、なんかこう……もっと年じゃなくて落ち着いてたっていうか——」
パァン!!
乾いた音が響いた。
「いきなり何言ってんのよバカヒロ!!」
「痛っ!?」
頬を押さえる。
思いっきり叩かれた。
(この感じ……間違いなくユナだな)
「起きて第一声がそれ!? 普通もっと他にあるでしょ!?」
「いや、だって——」
改めてユナを見る。
やっぱり若い。
記憶の中より、明らかに。
(記憶の方がおかしいのか?)
「……いや、やっぱ若くないか?」
「もう一回叩かれたい?」
「すみませんでした」
即座に謝った。
ユナはふんっとそっぽを向く。
けれど、その表情はどこか安心したようにも見えた。
「……ほんとにもう」
小さく呟く。
その声は、少しだけ震えていた。
(……泣きそう、か?)
「大丈夫?」
ヒロは思わず聞いた。
「え?」
「なんか……」
うまく言えない。
けれど——
「泣きそうな顔してる」
ユナは一瞬、言葉を失った。
それから、すぐに笑う。
「してないし」
「いや、してるだろ」
「してない!」
少し強めに否定する。
けれど、その目はわずかに潤んでいた。
(……まあ、今はいいか)
ヒロはそれ以上追及しなかった。
「……ヒロ、ほんとに大丈夫?」
「さっきから聞いてるだろ」
「だって、目覚めなかったらどうしようって……ずっと見てたし」
「ずっと?」
「うん。寝てる間も、呼吸とか確認してた」
「……えっ?」
(そこまでかよ)
少しだけ驚く。
同時に——
(まあ、ユナならやるか)
妙に納得してしまう自分もいた。
「……で、ここどこだ?」
頭の中を整理する。
(状況が分からなすぎる)
だから、とりあえず一つずつ聞くことにした。
ユナは少しだけ間を置いてから、答えた。
「ここは、ヒロがいた場所とは違う世界」
「……は?」
「いわゆる異世界ってやつ」
あまりにも現実離れした言葉。
なのに——
(……否定しきれないな)
妙に、納得してしまう。
「異世界……」
「うん。ヒロはここに召喚されたの」
「召喚ねぇ……」
(夢じゃない、よな)
頬の痛みは、まだ残っている。
(なら——現実か)
「……まあ、いいか」
「いいの!?」
「いや、考えても分からんし」
(今は情報が足りない)
「とりあえず、動きながら考える」
ヒロは軽く肩をすくめた。
ユナは呆れたようにため息をつく。
「相変わらずだね」
「何がだよ」
「そういうとこ」
くすっと笑う。
そのあと、ほんの一瞬だけ視線を逸らして——
「……もっと別のこと、言ってほしかったけど」
「ん?」
「なんでもない」
その表情は、さっきまでよりずっと柔らかかった。
「立てる?」
「ああ」
体を起こす。
——軽い。
妙に動きやすい。
(……これも変だな)
「……なんか体、軽くないか?」
「そう?」
「こんなに動きやすかったっけな」
自分の手を見る。
少し小さい気がする。
(……まあいいか)
違和感はある。
けれど、今は優先順位が違う。
「異世界だからね」
ユナはあっさりと言った。
「多少の違いはあるよ」
「そんなもんか」
(今はそれでいい)
「それより外、見てみる?」
「おう」
ユナに手を引かれて立ち上がる。
そのまま扉を開けると——
「……おお」
思わず声が漏れた。
石造りの街並み。行き交う人々。
遠くに見える大きな建物。
まさに、物語の中のような世界だった。
(……来ちまった、か)
そう思った。
「ここが……」
「うん。これからヒロが生きていく世界」
ユナはそう言って、少しだけ誇らしげに笑った。
「ちゃんとサポートするから、安心して」
「頼もしいな」
「でしょ?」
胸を張る。
その様子が少しおかしくて、ヒロは笑った。
気づけば、手を握られていた。
その温もりが、不思議と心を落ち着かせる。
(……まあ)
(悪くないかもしれない)
「まずは、ゆっくり慣れていこう?」
「ああ」
頷く。
(とりあえず——やってみるか)
理由は分からない。
でも——
隣にユナがいるなら、大丈夫だと思えた。
それは、まだ確信じゃない。
けれど——
そう思うことにした。




