第105話 用済み
土煙が晴れる。
岩壁。
その中央。
モラクスが立っていた。
血を流しながら。
それでも。
立っている。
「……ハッ」
血を吐く。
そして笑った。
「いい」
腹には深い傷。
致命傷に近い。
それでも。
その目は死んでいなかった。
ヒロを見る。
ゆっくりと。
双剣を持ち上げる。
「まだやれる」
その瞬間。
空間が歪んだ。
「んー?」
間の抜けた声。
全員が振り向く。
そこにいた。
小さな少女。
黒髪のショートヘア。
金色の瞳。
無邪気な笑顔。
まるで。
何も知らない子供みたいに。
「誰だ」
ヒロが睨む。
少女は首を傾げた。
「誰でもいいじゃん」
笑う。
楽しそうに。
そして。
モラクスを見た。
「あー」
「負けたんだ」
軽い声。
まるで。
他人事。
モラクスが舌打ちした。
「まだ負けてねぇ」
「帰れ」
少女は笑う。
「無理」
「もう終わりだから」
空間が裂けた。
黒い亀裂。
何も見えない。
底もない。
音もない。
ただ。
闇だけが続いている。
モラクスの眉が動いた。
少しだけ。
嫌そうに。
「おい」
少女は笑う。
心底楽しそうに。
「キミもう用済み」
「だから捨てる」
モラクスが睨む。
「勝手に決めてんじゃねぇ」
少女は首を振った。
「大丈夫、怖がらないで」
「死んだりしないから」
一歩。
亀裂へ近づく。
「ここは何もない場所」
「音もない」
「敵もいない」
「何も出来ない」
満面の笑み。
「あたしなら耐えられないなぁ」
くすり。
少女が笑う。
「素敵でしょ?」
「ふざけんな」
少女は笑う。
子供みたいに。
「じゃあ」
「行ってらっしゃい」
空間が広がる。
モラクスの身体が沈んだ。
「待て」
抵抗する。
だが。
止まらない。
「戻る」
低い声。
「必ずだ!」
少女は手を振る。
「うん」
「無駄だと思うけどね」
そして。
モラクスは消えた。
亀裂も閉じる。
静寂。
誰も動けない。
少女だけが笑っていた。
そして。
くるりと振り返る。
「またね」
少しだけ。
優しく。
「姉さん」
次の瞬間。
少女の姿も消えた。




