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紳士の嗜み





 「わぁ~…そんなことがあったんですね」



 真夏の太陽がガラスから降り注ぎ、明るく室内を照らす昼前。晶はダイニングルームでブランチの後のお茶を用意しながら、今回の香月の調査の話を聞いていた。



  昨夜、香月の前で泣き疲れた晶はそのまま眠ってしまったらしく、起きたのは既に太陽が高い位置にある時間だった。晶が寝ていたすぐ側で椅子に座って本を読んでいた香月は、晶が目覚めるなり美しい微笑で「おはよう」と囁き、晶の起き抜けの血圧を一気に上昇させた。


 まさかずっと眠らずに側にいてくれたのかと心配して訊いてみると、実は、晶が眠ったあと香月も少し仮眠を取り、空が明るくなり始めた頃にあの男性のもとに行ったそうだ。屋敷のどこかでタマによって拘束されていた彼は、意識が戻るとまるで人が違ったように大人しく、終始ビクビクしながら香月からの質問に答えたらしい。


 香月が彼から聞き出したことによると、この家に侵入したことは覚えているが、その動機も曖昧で、そこから先はよく覚えていないとのことだった。その後、彼は拘束されたまま堀越が運転する車でどこかへと連れて行かれたらしい。


 彼の処遇については、晶は見た夢の内容と共に自分の希望を昨夜のうちに香月に話していた。


 あの夢の内容から、彼が悪意から自分を着けまわしていたわけではないことがわかった晶は、自分が被った被害をすべて不問にしたいと香月に話した。


 それを聞いた香月ははじめ複雑な顔を見せたが、少し間を置いてから『…君がそれでいいなら』と了承してくれた。


 それ以外の犯罪行為については、香月が被害を訴えることになるので、彼が罪に問われるのはその件だけになるのだろう。しかし、香月は妙なことを言っていた。


 『―――本来なら警察に引き渡すべきなのだろうけど、少し事情があって、通報はできないんだ。…でも、もう二度と君と関わらせないようにするから、そこは安心して』


 その事情とは、この香月家に関する秘密の部分なので、晶はそれ以上詳しく聞くことはできなかった。それを探ることは、晶がこの屋敷で働く上での契約に違反してしまうから。



 こうして、長い夜が明けて、今日。晶は仕事に取り掛かる前にブランチの席に招かれ、また香月と一緒に食卓に着いたのだった。


 「―――すごいですね、香月さん。女神様を救うなんて」


 「…偶然だよ」


 思ったよりも早く帰還した彼らだったが、調査の話を聞くになかなかの内容の濃さで、おまけに女神様まで連れて帰るなんてさすが香月だと思わずにはいられない。


 しかし、彼らが早期解決してくれたお陰で無事に今日を迎えられたと思うと、今は眩しい太陽がとてもありがたく感じる晶だった。


 ちなみに、タマは今は休み中らしく、ダイニングルームにその姿はなかった。


 「それにしても、晶さんはよく頑張ってくれましたね。厨房もきれいにしてくれましたし、責任感も人一倍あって、本当に頼もしいかぎりです」


 「いや、そんな…」


 温め終わったティーポットに茶葉を入れながら、堀越は笑顔で晶のことを褒め称える。

彼は今日も完璧で、昨日の騒動などなかったかのようにさらりと豪華なブランチを用意し、その料理もまた絶品だった。


 完璧な彼からの賛辞に居心地の悪い思いをしていると、堀越がお茶を入れる手を止めて、何かを思い出したように顔を上げた。


 「…あ、そういえば、カレーはどうしますか?」


 「…カレー?」


 堀越の言葉に、晶より早く香月が反応する。そういえば、留守番で一人きりのご飯が続くと思っていた晶は、多めに作ったカレーを小分けにして冷凍保存していたことを思い出した。


 「ああ、すみません。あとで一人で処理しますので、できればそのまま保存しておいてもらえるとありがたいです」


 「…カレーって、静野さんが作ったの?」


 香月の問いかけに、晶は素直に頷いた。


 「はい。厨房の食材が駄目になる前に使おうと思って…あの、いけませんでしたか?」


 もしかして、このお屋敷はカレーがタブーだったりするのだろうか?確かに日本人の大多数が好きでも、香月が死ぬほどカレーが嫌いということも在り得る。


 不安になって香月の方を見ると、彼は何かを考えるようなそぶりを見せた後、堀越の方を向いた。


 「堀越、今日の僕の分の夕食は用意しなくていいよ。かわりにそのカレーを頂こう」


 「えっ!?」


 いきなりの提案に、晶は目を白黒させる。何を言い出すのかこの王子は。作りたてならまだしも、冷凍カレーを王子に献上するなんて絶対にそんなことはできない。晶は冷や汗を垂らしながら必死に首を横に振った。


 「いやいやいや!!そんな、滅相もない!!香月さんのお口には合いませんよ!!!」


 「そんなことないよ。ねぇ堀越?」


 「はい。晶さんはこれまで料理を得意としてきたようですので、きっと美味しいと思いますよ瑠依様」


 「なっ!?何を言い出すんですか!?堀越さん!?」


 父親と二人暮らしだった時に料理担当だっただけで、料理が得意とは言っていない。絶対に言っていない。青くなって堀越を見るが、彼はにこにこと笑顔で入れた紅茶を香月の前に置いた。


 「どうぞ。…つきましては瑠依様、折り入ってお願いがございます」


 堀越は軽く咳ばらいをして居住まいを正すと、改めて己の主人である香月に向き直った。


 「晶さんがこの屋敷で働いてくれるようになり、今回とても頼もしい働きを見せてくれました。晶さんなら私の代わりを任せても問題ないと判断いたしまして、わたくし、この夏は数日間の休暇を頂きたいと思うのですが」


 「へ!?……休暇?」


 驚いて思わず声を出してしまい、慌てて口を押える。急な話の展開に晶は付いて行けず、おろおろと二人を交互に見た。


 堀越の願いに、香月は少しだけ考える素振りを見せたが、すぐに頷く。


 「…休暇ね。確かに、堀越にはこれまでずっと休み無しで僕の面倒を見てもらっていたからね。いいよ」


 「ありがとうございます」


 そのあまりの呆気なさに、晶のほうがポカンとしてしまう。つまり、堀越が休みを取っている間、香月の食事などの面倒をみるのは晶ということだろうか。


 「ええええええ!!!??ちょっ、ちょっと待ってください!!?」


 「ということで、晶さんには苦労を掛けますが、ほんの三日間だけ休暇を取らせていただきます。その間、瑠依様をよろしくお願いいたしますね」


 慌てる晶をよそに、堀越は見るからにその顔に喜色を浮かべて頭を下げる。その顔を見せられてしまっては、もう何も言えるわけがない。


 不安しかないが、ここは自分に課せられた仕事だと自らを納得させ、晶はそれを引き受けた。


 「…は、はい…わかりました。何とかやってみます。それで、お休みはいつから?」


 「ええと、フェスティバルの開催期間ですので、世間ではお盆休みの頃ですね」


 「フェスティバル?何かのお祭りに行くんですか?」


 「はい。この国最大級のお祭りで、通称『コミフェス』です」


 「こみ…コミフェス!!?」


 『コミフェス』とは、所謂漫画やアニメ・ゲームの二次創作作品を売買する会で、年々その参加者が増え続けているというマニア向けの祭りだ。晶もニュースで取り上げられているのを何度か耳にしたことがあったが、なぜそこまで話題になるほど盛り上がっているのかは良く分かっていなかった。


 堀越は一体何の目的でそのコミフェスに参加するのだろう。もしかして、こう見えて堀越は何かの作品の熱狂的なファンなのだろうか。


 その疑問が顔に出ていたらしく、堀越は苦笑しながら晶に説明した。


 「あ~…すみません。少し誤解されているようですが、私はその参加者というよりはお手伝いをしに行くのです」


 「お手伝い?…ああ、販売の?確か売り子とかいう?」


 「いえ、そうではなく…晶さんは『レイヤー』という言葉をご存じですか?」


 「レイヤー?いえ…」


 初めて聞く言葉に首を傾げていると、その横で香月が呆れた様子で溜息を吐いた。それを横目に堀越は説明を続ける。


 「レイヤーとは、主にコスプレイヤーのことです。コミフェスにはたくさんのレイヤーさんが参加されるんですが、私はその衣装制作のお手伝いをしておりまして。…実は私はこう見えて裁縫が趣味でして、訳あってその腕を買われて数年前からお手伝いをしているんです。でも今まで画像でしか本番の姿を見たことがなかったので、今年は現地で手伝いがてら視察に行ってみようと思いまして」


 「コスプレ…裁縫…」


 この堀越から予想もしない単語が飛び出し、晶は目を丸くする。彼にそんな秘密があったなんて思いもよらなかった。料理の腕が一流なので、てっきり料理が趣味なのかと思っていたが、彼はまだまだ他にも晶に見せていない特技を持っているのかもしれない。


 「あ…もしかして!この仕事着も堀越さんが?」


 「はい。実はデザインも私が考えました。…急いで作った割には満足いく出来に仕上がったのではないかと。瑠依様にもご好評でしたし」


 「えっ、そうなんですか?」


 驚いて香月を見ると、彼は少しだけ眉を下げて笑いながら晶のことを見返す。


 「初め見た時、その可愛さに胸が鷲掴みにされたよ」


 「!!」


 不意打ちを食らって、晶のほうが心臓を潰されそうになった。リップサービスだと分かってはいても、顔が赤くなるのは止められない。


 「堀越は今まで、僕の服を作ってくれたりもしてたんだ。器用だよね。でもそれだと物足りなくなったみたいで、奇抜な衣装に興味を持ち始めてね…まぁ、人の趣味に口出す理由はないし、放置してたんだけど、たまに衣装合わせに付き合わされたりしてね。…あれはもうこりごりだよ」


 そう言って遠い目をする香月のことを、晶は驚愕の目で見つめる。この香月が、コスプレ…だと?晶は自分の持てる記憶を総動員してその姿を想像してみるが、まったくイメージができなかった。


 「…見たい」


 「え?」


 「香月さんのコスプレ、すごく、見たいです!!」


 「……」


 目をキラキラさせて見つめてくる晶に、げっそりした様子を見せた香月は、その後ふと、何かを思い出したような顔をした。


 「そうだ。話は変わるけど、今回の件で静野さんに危険手当を付けようと思うんだ。今月の給与に加算しておけばいいかな?」


 「え、危険手当、ですか…?」


 危険な目にはあったが、今回の件は香月側の責任ではなく、むしろ晶が持ち込んだ事件だった。そんな晶が手当てを貰うなんてとんでもないと慌てて固辞する。


 「いえいえいえ!!今回のことは、香月さんのお仕事を手伝ったわけではありませんし、寧ろ迷惑かけた身としてはそんなの頂けませんよ!」


 晶が手と首をぶんぶん振ると、香月は顎に手を当てて考える素振りを見せる。


 「…じゃあ、頑張ったご褒美として、僕に何かして欲しいことはない?」


 「ご、ご、ご褒美!?そんな、滅相もない…」


 今回の件で多大な迷惑をかけたうえに、困ったときは頼りにして良いとまで言ってくれた香月に、これ以上何を望めというのだろうか。恐縮して冷や汗をかく晶に、香月は眩しい笑顔を向ける。


 「僕の下で働いてもらうなら、報酬はちゃんと受け取ってもらうよ?…さあ、よく考えてね」


 「そ、そんな…っ」


 天使も逃げ出すような神々しい笑顔で圧を掛けられて、晶はますます狼狽える。推しにしてもらいたいことなど、世間一般で言えばたくさんありそうだが、しかしそれを香月に当てはめるのはどうかと思う。


 (ええぇぇぇ…!?!?なに?何だろう?指差しズキューンとか?それともウインク??投げキッス???)


 どれも香月にしてもらえば晶としては鼻血ものだが、何だか違うような気がする。それに、アイドルのファンサービスのような行為をしてもらう程度では、香月が要求している基準には満たない気がした。


 (う~~~ん…何だろう…さっき言ってたコスプレは見たいけど、香月さん嫌そうだったしなぁ…。でも、いつもと違う恰好してるの見てみたいっていうのはある……あ!)


 その時、晶は昨日、駅で見かけたポスターのことを思い出した。これなら香月も許容してくれるかもしれない。


 「で、では…!香月さんに、ゆ、浴衣を着て見せてほしいです!!」


 「え……浴衣?」


 その予想外の要望に、香月はきょとんと目を丸くする。


 「はい!是非、見てみたいです!!」


 勢い込んでそう言った晶に便乗して、堀越が嬉しそうに口を挟んだ。


 「半日お時間いただければすぐにご用意できますが、瑠依様、いかがいたしますか?」


 二人の勢いに押されて少しだけ怯んだ香月は、やがて眉尻を下げて困ったように笑う。


 「…本当にそんな事で良いの?だったらもちろん…堀越、分かってるよね?」


 「はい。もちろん半日でお二人分ご用意いたします」


 その言葉に今度は晶のほうがきょとんとする。


 

 「二人分?」












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