その目に映るもの
彼女はいつも、何処か遠くを見つめていた
その瞳に映っていたのは、今現実にある風景でも、憧れの人でもなく
もちろん自分なんかでもなく
綺麗な過去の残滓だった
僕は、その瞳に惹かれてしまったんだと
彼女がいなくなった後で気付く
僕だけがそれを知っていたのに
僕だけが彼女の目に映るものを分かっていたのに
今は、その後悔が僕を真っ黒に塗り潰す
僕が初めて彼女に出会ったのは、まだ思春期も始まらない子供の頃。
僕が住む町に引っ越してきた彼女は、今まで周りにいたクラスメイトの女子とは明らかに違っていた。
転校したばかりで、普通なら友達を作るのに必死になったり、クラスでの居場所を確保するために色々と無理をしたりする所だが、彼女はそれを一切しなかった。
いつも一人で教室の席に座り、じっと外を見ていた。
僕も実は親が転勤族で、引っ越しを繰り返しては転校先のクラスに馴染むために、無理をして自分を良く見せていた。だから、彼女の存在は自分にとってとても衝撃的だった。
ある日、僕はいつも誰かしらと一緒に帰る道を一人で帰っていた。
それは、いつも一人でいる彼女を見ていて、自分が馬鹿らしくなったからかもしれないし、少し憧れの気持ちがあったからかもしれない。
一人で帰る道は、ドキドキして、いつもと違って見えた。
彼女はいつもこうやって帰っているのかと考えたりもした。
そんな時、前の方で最近いつも見ている後姿を目にして、僕の心臓はドキリと跳ねた。
彼女は立ち止まって、何かを見つめているようだった。
僕は彼女に話しかけるべきか、そのまま通り過ぎるべきか悩み、結局、そのまま通り過ぎようとした。
彼女を追い越す時、彼女が見ていたものが気になって、チラッと横目でそれを見た。
彼女の視線の先には公園があり、そこで小さい女の子が両親と三人で遊んでいた。
その何の変哲もない光景の何が彼女を惹きつけているのか知りたくて、僕は彼女の顔を一瞬だけ覗き見た。
すると彼女は、教室では見せたことのない、今にも泣きそうな顔でその親子を見つめていた。
僕はそれを見て、何かいけないものを見てしまったような気持ちになり、そこから走って家に帰った。
その日から、僕は彼女のあの顔がずっと頭から離れなくなった。
何日かして、また僕は一人で彼女の顔を思い出しながら帰っていた。
するとまたあの公園に差し掛かった。何気なく、あの家族がまたいるか視線を巡らせると、今度は彼女が一人でブランコに座っていた。
それを見た僕は、胸が急に鳴り出して、目の前が真っ白になりそうだった。でも、あの顔の理由をずっと知りたかった僕は、勇気を出して彼女のもとに向かった。
「…〇〇さん、何してんの?」
勇気をふり絞って声をかけた僕のことを、少し目を見開いて見つめた彼女は、すぐにまたいつもの目に戻ってブランコをこぎ出した。
「時間、つぶしてる。家に帰っても、誰もいないから」
何でもないことのように言った彼女の目は、いつも通りに見えたけど、その奥に寂しさのようなものを感じた。
「お父さんとお母さんは、仕事で遅いの?」
この時の僕は、あまり深く考えずに、頭に浮かんだ疑問をただ彼女にぶつけてしまった。それが、少なからず彼女の心を攻撃するものだとは気付かずに。
「……お母さんは、私が寝た後に帰ってくる。お父さんは…死んじゃった」
「え…」
僕はその時やっと、彼女のあの顔の理由がわかった。少し考えればわかったかもしれないけど、僕の周りはまだ死が遠い存在だったから、その理由には思い至らなかった。
今まで両親が揃っていて当たり前の世界に生きてきた僕は、何だかそれが申し訳なくなってきて、急に自分が恥ずかしくなった。
「…ごめん」
そんな言葉しか言えない自分が情けなくて、僕は俯いた。彼女を傷つけておいて、勝手に情けなくなるなんて、なんて自分勝手で嫌な奴だろう。
そんな自分が許せなくて、彼女の前から消えたくて、急いで踵を返した時、彼女が僕を呼び止めた。
「…〇〇くんって、優しいんだね」
そう言って、少し悲しそうに笑った彼女の顔を、今でも僕ははっきりと思い出せる。
僕は彼女に優しいと言われたことで、クソみたいな自尊心を取り戻し、彼女の秘密を自分だけが知ったことに優越感を持った。
彼女の方が、その何倍も優しい人だったことに気付かずに。
馬鹿な僕は、その日から「可哀そうな」彼女に対して優しくすることで、自分を満足させていたのかもしれない。
中学二年の夏休み。彼女は自らこの世を去った。
彼女の寂しさを、僕だけが知っていたのに。
あれから僕は彼女に一体何をしたのだろう。
もっとできることがあったはずなのに。
彼女を助けてあげられるのは、僕だけだったのに。
僕は相変わらず馬鹿で。
何もわかっていない馬鹿なままで。
その後悔が常に胸を黒く塗りつぶし、気が付けば僕は答えを出せぬまま大人になった。
そんなある時、僕は一人の少女に目を奪われた。
付き合いで入った店で見かけたその子は、記憶の中の彼女と同じ目をしていて。
時々見せる眼差しが彼女のものと重なって、僕の真っ黒な心を騒めかせた。
今度こそ、彼女を救わなければ。
そう思うと居ても立ってもいられず、彼女のことを知りたいと、その店に通いつめた。
僕の願いを邪魔する奴らの手で、その店に入れないことになっても、構っていられなかった。
そのうち、その少女は店に現れなくなった。
僕はそのことで、彼女をまた失ったのだと思い、気が狂いそうになった。
自分はまた、彼女を救えなかった後悔を背負っていくのか。
いっそ、彼女を救えなかった罪を被って、彼女の後を追えばいいのか。
苦しかった。
後悔ばかりで答えの出ない日々が過ぎて行った。
そんなことを考えていた矢先に、再び彼女が現れた。
今度こそ。
今度こそ、救わなければ。
僕は。




