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暗闇の捜索






 どこか遠くで何かが割れるような音がして、晶は深い水の底から急浮上するように眠りから覚醒した。



「い…今のは?…あいたたたっ…!」 


 上半身を起こそうとして、晶は思わず呻き声を上げる。浴室の硬い床に横向きに寝そべっていたせいで、体が凝り固まってしまっていたらしい。晶はぎしぎしと軋む体を起こすと、時間を確認するために携帯端末をジーンズのポケットから引き抜いた。


 今は午前二時を少し過ぎた時刻で、晶は状況を確認しようと立ち上がって周りを見回す。


 すると、一緒に寝ていたはずのレンの姿が何処にも見当たらないことに気付いた。


 「…あれ?レンちゃん?」


 寝室へ繋がる扉が少し開いているのが目に入り、晶は慌てて寝室に向かう。明かりを点けて部屋の中を探してみるものの、その姿はどこにも見つけられない。机の下やベッドの下、それに分厚いカーテンも捲って探したが、レンの気配は部屋の何処にも見当たらなかった。


 「…一体何処に―――」


 そう言いかけた途端、目が覚めるような閃光とともに、耳を劈くような轟音が鳴り響いた。


 「ひゃぁぁぁぁぁっっっ!!!!」


 ビリビリと地響きまで伝わってくるような雷鳴の衝撃に、晶は思わず悲鳴を上げて蹲る。


 (……びっっ、びっくりした!!こんなに近くに落ちたの、初めて…)


 跳ねる鼓動を抑えていると、突然パッと部屋の明かりが消え、目の前が真っ暗になる。


 「……え…?もしかして、停電!?」


 呆然としたまま、真っ暗な部屋の中を見回す。今の落雷で、どこかの電気系統に異常が出たのかもしれない。雷の衝撃で未だにドクドクと鳴り続ける心臓をぎゅっと手で抑えながら、晶はどうすればいいのかわからず途方に暮れる。


 (少し待てば、復旧するかな…?)


 晶は這うようにして窓に近寄り、カーテンを捲って外の様子を伺う。すると暗闇の中に薄らと風に煽られて揺れる庭の木々が見えた。


 ざわざわと揺れる木々の様子を見ていると、次第ににかつかつと音を立てながら大粒の雨が窓ガラスを叩き始める。それはすぐに嵐のような雨粒に変わった。


 強風に煽られガラスを叩きつけるように降ってきた雨は、やがて滝のように窓ガラスを流れはじめて、外の様子は良く見えなくなってしまった。


 外の様子を見ていた晶が諦めてカーテンを閉めようとした時、また空が一瞬昼間の様に明るくなり、間髪入れずに天を裂くような雷鳴が轟く。


 「…っ!!」


 晶はギュッと目を瞑り、胸の前で手を握ってそれに耐える。自分の身体が震えていることには気付かないふりをした。


 すると、反射的にどこか懐かしい温もりが胸の中に蘇った。


 昨晩も雷鳴を聞いて感じたこの温もりは、きっと父親が残してくれた愛情の欠片だ。


 あの雨の交差点で父親と別れた後、晶はちゃんと前を向いて生きようと心に決めた。それでも未だに父親のことを思い出さない日はない。ふとした瞬間に後ろを向いてしまいそうになる自分を無理やり前に向かせているのは、新しい生活と、それを与えてくれた香月の存在だった。


 晶は未だに心が時折不安定になることを自分自身で自覚している。その拠り所として心の中だけで香月を頼っているのだが、実際、生活面でも頼りになっている今の状態で、これ以上彼に迷惑をかけることは絶対にしないと晶は心に決めていた。

 

 (…大丈夫。私は、大丈夫)


 香月の事を思い出したおかげで少し冷静さを取り戻した晶は、過去に父親から貰ったであろう温もりを胸にひとつ深呼吸をすると、あえて声に出して今の状況を整理した。


 「レンがここにいないとなると、さっき寝てる時に聞こえた音はレンが何かした音なのかもしれない。とにかく、屋敷の中を探さないと…」


 部屋から廊下に出るドアには鍵を掛けていなかった。レンが扉を開けられるとも思えなかったので油断していたが、ここに居ないということはどうやら自力でドアを開けて部屋の外へ出て行ってしまったらしい。


 屋敷の戸締りは完璧なはずなので、屋敷の外に出る事はないはずだ。しかし、猫には猫なりの行動理由があるし、もしかしたら猫しか知らない出入り口がこの屋敷のどこかにあったりするかもしれない。


 一概にそうとは言い切れない状況に居ても立ってもいられず、晶は携帯端末を手に急いで部屋を出る。



 廊下も当然のごとく真っ暗で、不気味なまでに闇に沈んでいた。時折、窓から外の稲光が差し込んで辺りを照らすが、その様子は雷鳴の効果音も相まって、さながら本物の幽霊屋敷のようだ。


 (これでオルガンの音が聞こえてきたら、本当に本物の幽霊屋敷…)


 晶は未だに震える身体を何とか誤魔化しながら、意を決して携帯端末のライトを頼りに歩き出す。廊下の隅々までライトを当てながら、どこか異常がないか恐々と確認しながら進んで行った。


 「レンちゃ~ん、どこ~?……こういう時に限って誰とも遭遇しない。まぁ、いきなり出てこられても心臓止まりそうだけど…」


 叩きつける雨と雷の音が響く以外、屋敷の中は時が止まったように静まり返っている。


 小山はともかく、昨日会った双子やキヌでもいいから、見知った霊に出てきてほしい。そう思うほど、今この屋敷は晶にとって不気味で恐ろしい場所だった。


 (香月さんたちがいる時は、そんなこと思わなかったのにな…)


 夜に独りぼっちじゃない。それだけで晶にとって何ものにも比べようのない安心感があった。しかし今の状況は、あの眠れない夜に羊を数えた日々と同じだ。


 そう気付いた途端、晶は背後に口を広げた闇に足を囚われそうな感覚に陥る。思わず後ろを振り返りそうになったが、慌てて思考を切り替えた。


 (…大丈夫!私はもう、大丈夫!!)


 今はやるべき事に集中しなければと己を叱咤し、晶は前を向く。


 

 やっとのことで廊下を確認し終えた晶はさらに厨房やダイニング、客間など自分が入ることのできるすべての部屋を確認していった。


 しかしそのどこにも子猫の姿は見当たらない。地下の香月の仕事部屋や彼らの私室も頭に浮かんだが、それらには堀越が鍵を掛けていたので、そこに入り込むことは出来ないはずだった。


 晶はいよいよ途方に暮れる。


 「レンがいない…。今まで見逃した所はないはずだし、これまでいなかったということは、外に出たか、もしくは…っっ!!」


 玄関ホールを探し終えたあたりでそう呟いた晶は、ピカリと曇りガラス越しに眩しく光る雷にとっさに身構える。直後にまたパリパリ…という音と共に轟音が響き、ビリビリと屋敷全体が震えるような地響きが尾を引いた。


 晶は痛いほどの鼓動を何とか抑え、震える息で深呼吸を繰り返しながら、チラリと暗闇の中に伸びた廊下に目を向ける。


 この廊下の先は、いよいよ晶が足を踏み入れたことのない領域だった。


 渡り廊下のような細い通路を通ったその先は、普段使われていない建物と繋がっている。改修されていないこのエリアは、当然の如く何年も使われた事のない部屋が続くため、堀越からの案内を後回しにされていたのだ。


 香月たちが普段生活している建物は、古いながらも使い勝手が良いように所々改修された形跡があるが、ここから先の建物は造りが古いままで、見るからに年季の入った板張りの廊下が暗闇の中に続いていた。


 (い、行くしか…ないよね…)


 ゴクリと喉を鳴らした晶は、いよいよ覚悟を決めてその渡り廊下へと歩を進める。





 「うわっ…何だか、寒い…?」


 その空間に足を踏み入れた瞬間、ガラリと空気が変わったような気がした。


 古く饐えた様な匂いと、体重をかけるたびに軋んだ音を立てる板張りの廊下は、それだけで充分に晶の恐怖心を煽る。それに、ここに入った瞬間から周りの温度まで下がったような感じがして、晶はゾワリと鳥肌を立てる。


 頼りない携帯端末のライトだけを頼りに一歩一歩進んでいた晶は、やがて一枚の扉の前に差し掛かった。観音開きのこの扉は渡り廊下と建物の境にあり、ここを開けない限りこの先へは進めない。


 晶は恐る恐る取っ手に手をかけ、ゆっくりと手前に引いた。


 しかし、鍵がかかっているのか、強めに引いてもその扉は開けられなかった。


 「なんだ…。鍵がかかってるなら、この先にレンはいないか…」


 何度か押したり引いたりしてみても鍵がかかっている様子は明らかで、晶はずっと詰めていた息を吐き出すと、くるりと踵を返す。


 「それなら、一体どこに―――」


 言いかけた時、扉の向こう側でガタンと何かが倒れる音が響いた。


 「…!?な、なに?」


 晶が驚いて振り向くと、さっき見た時にピッタリと閉まっていたはずの扉が、少しだけ開いているのが目に入った。















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