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闇の中の影






 「……なんで、開いてるの…?」




 その時、また眩しいほどの閃光と共に、雷鳴が耳を破るように鳴り響いた。


 普通であれば身の危険を感じて怯んでしまうほどの轟音が鳴り響く中、晶はそれすらも聞こえていないかのように、不自然に開いた扉を凝視したままその場から動けずにいた。


 いよいよ歯の根が合わないほどの震えが全身を巡り、今すぐここから逃げ出したくて堪らなくなる。


 (…でもっ…留守番を任された者として、ここはちゃんと確認しないと…!)


 屋敷の中で異常があれば、留守を任された自分が確認するのが当たり前だ。自分に与えられた役割とそれに伴う責任を思い、晶は辛うじてここに留まっている。それでも留まっているのが精一杯で、晶は今にもその場にへたり込んでしまいそうだった。


 (がっ…頑張れ!…動け!私の足!!)


 恐怖に負けそうになる己を叱咤し、晶は恐る恐る開きかけた扉に手を伸ばす。扉の向こう側から感じるどことなく嫌な気配は、最近何処かで感じたものに似ている気がした。


 そういえば、香月と出会う切っ掛けになった事件も、扉を開けたことで起こったのだったと思い出す。


 (あの時の感じに似ているのかも…。でも、まさかここに悪霊なんているはずないし、私の考え過ぎだよね、きっと…)


 キィ…という軋んだ音を立てて扉を開く。すると、そこには真の暗闇がぽっかりと口を開いたように広がっていた。


 窓があれば多少なりとも外の稲光が差し込むはずだが、窓に目張りがされているのか、それすらも見えない。まるで地下室にいるような息苦しさと、何年も閉ざされていた空間独特の匂いが鼻を突く。


 晶が携帯端末のライトをその暗闇の空間に当てながら様子を探ると、どうやら目の前には再び廊下が伸びていて、その片側に幾つかドアが並んでいるようだった。


 晶は恐る恐る扉を潜って廊下に立ち、その先がどこまで続くのか確かめようと、ライトを遠くの方まで当ててみる。


 すると、どうやら突き当たりは角になっているようで、曲がった先にも廊下が続いているようだった。


 「…とにかく、音の正体とレンを探さないと…」


 無意識に声に出していたのは、己を奮い立たせる為だったかもしれない。晶は震える膝を何とか動かし、廊下を進むべく恐る恐る一歩を踏み出した。


 すると、すぐ後ろでカチャンという音が聞こえた。


 「え?」


 驚いて振り向くと、なぜか先ほど通った扉がピタリと閉まっている。晶は慌ててその取っ手に飛び付き、押したり引いたりしてみたが、扉はびくともしなかった。


 「……う、うそ……なんで…?」


 その時、先ほどよりも大きいものが倒れる音が響いた。


 びくりと肩を震わせた晶は、急いで音がした方にライトを当ててみる。しかし、見た所先程から廊下には変化はない。となると、どこかの部屋の中か、或いは廊下の先で何かが起こっている可能性が高い。


 晶はいよいよパニックを起こしそうだったが、必死に理性を手放さないよう左手の爪を右手の手首に食い込ませるようにぎゅっと掴む。


 (しっかりしろ私!!ここで泣き叫んだって、助けてくれる人はいないんだから!)


 フーッフーッと浅い息を繰り返し、震えすぎてうまくコントロールの効かない身体を必死に動かす。


 かなりの時間を要してやっとの事で一番手前の部屋のドアまで進むと、晶は今にも破れそうな心臓を抑えながら。勢いよくドアを開け部屋の中にライトを当てた。すると、等身大の白い何かが目に映り、晶は咄嗟に身構える。


 「……なんだ、家具に白い布が被せてあるだけか…」


 この部屋はちょっとした応接間のようで、低いテーブルの周りに一人掛けのソファらしきものが数個並んでいて、それらに埃除けの布が被せてあった。


 特に倒れたものなどは見当たらず、晶は一応部屋の隅々まで見て回ったが、レンの姿らしきものはそこにはなかった。


 晶がホッと一息吐いて曲げていた腰を伸ばし、最後にぐるりと部屋の中にライトを当てると、壁際に何かが掛けられていることに気付く。


 それは立派な額縁に飾られた絵のようで、風景画ではなく人物画が描かれているようだった。その描かれた人物が誰なのか良く見ようとライトを近づけた時、再び部屋の外で何かが壊れるような音が聞こえ、晶ははっとドアのほうを振り向く。


 「…近づいてる…?」


 先程よりも近くで音がしたような気がする。急いでドアに向かい、そっと扉を開けて廊下の様子を窺うと、再び廊下にガシャーンという破壊音が響き渡った。


 どうやら音は廊下の奥から聞こえてきているようで、よく見ると角の壁に薄らと稲光が反射しているのが見える。


 その壁に一瞬だけ映った影を見て、晶は血の気が引くほど戦慄した。


 それは明らかに人影だった。ほんの僅かしか見えなかったが、稲光の映した影が鮮明に人型だったことに、いよいよ晶の頭は混乱する。


 (だ、誰…!?この屋敷に住む幽霊?…それとも…)


 晶の脳裏に、バスを降りた後の事が蘇る。もしかして、あの時の男が晶を追ってここまで侵入してきたというのか。


 (そんなまさか…あの時自転車で撒いたはずだし…でも)


 その時再び奥の壁に光が反射し、その人影が廊下の角から姿を現すのが見えた。


 その真っ黒な影は、長い廊下の奥からこちらに顔を向ける。そして晶と目が合った瞬間、またあの時と同じようにニタリとした笑みを浮かべた。


 辺りは真っ暗で良く見えない筈なのに、その顔が鮮明に見えたことに、晶はいよいよ全身が凍りついたように動けなくなる。


 その時突然、携帯端末のライトがフッと消え、辺りが真の闇に包まれた。


 真っ暗闇の中、晶は声も出せず、カタカタと震えながらその場に立ち尽くすしか成す術はない。



 真の暗闇の中、ギシッ、ギシッと床が軋む音が近づいてくる。


 

 「や…やだ……」


 辛うじて吐き出した声は掠れていて、鳴り響く雷鳴に搔き消されてしまう。


 晶は思わず入口の扉まで逃げようと脚を踏み出したが、震えている膝がまともに動かず、その場に躓いて倒れてしまった。


 晶はすぐに立ち上がろうとしたが、腰が抜けてしまったらしく脚に力が入らない。ペタリと座り込んでしまった晶は、それでも少しでも距離を取ろうと必死に身体を動かした。


 「や…やだ、やだっ!!誰かっっ!!」


 この屋敷には今、誰も居ない。助けは来ないと頭の隅で解ってはいたが、それでも助けを求めずにはいられなかった。


 真っ黒い影は晶の叫びにも構わず、真っすぐこちらに向かって歩いてくる。それは暗闇の中でも感じる男の纏う嫌な気配で分かった。



 とうとうその息遣いまで聞こえる距離まで真っ黒な影が近付き、晶のすぐ近くまで迫る。


 「っ…!!」


 間近に迫ったその男の顔を見て、晶は目を見開く。それは思った通り、昨晩晶を襲ってきた男だった。


 一体どうやってここを突き止めたのだろうか。そもそも男は晶が一人でこの屋敷にいることを知っていたのだろうか。そうだとしても、家宅侵入までして、更に先ほどから物を壊して回っているその様子はどう見ても普通じゃなかった。そしてふと、晶が寝ていた時に聞こえた破壊音もこの男が屋敷に侵入する際に窓ガラスを割った音だったのだと気付き、晶はその異常性に戦慄する。


 本当にこの男は普通の人間だろうか?


 今の男の姿は殆ど闇に溶けていて、その存在はまるで人の形を成していない怪物の様に感じる。それなのに顔だけは鮮明で、男はその凡庸として特徴のない顔にニタリと不気味な笑みを浮かべて晶を見下ろしてきた。



 …ヤット…ヤットダ……



 男の引き攣ったような声と間近に迫った気味の悪い笑みを目にして、晶の全身にゾワリと産毛が逆立つ。


 許容を超えた恐怖に、晶はもう形振り構わずに助けを求めて叫んだ。


 「や、やだぁぁ!!来ないで!!誰か助けてぇぇ!!!」


 

 …キミ ヲ タスケル ノハ、ボクダヨ…



 男は訳の分からない事を言って、晶に覆い被さるようにその身を屈める。真っ黒い手が晶を捕えようと伸びて、晶の両肩を掴んだ。


 「やだ!!やだっ、離してっっ!!」


 そのまま押し倒された晶は、掴まれた肩から伝わる冷やりとした嫌な感触に鳥肌が立ち、気持ちが限界に達して涙が溢れ出す。



 「いっ、嫌ぁぁぁぁっっ!!!」



 この先自分が何をされるのかわからない恐怖で、晶はパニックに陥った。


 冷静さを失い泣き叫ぶしかできない晶は、その時、殆ど無意識にその名を叫んでいた。












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