第八話 もう一度
海は静かだった。
アザラシは、まだ海を見ていた。
神様も、何も言わなかった。
しばらくして。
「……ねえ」
神様が口を開いた。
「何?」
「もし……いや……」
「今からでも、やってみたいと思う?」
アザラシは神様を見る。
「何を?」
「レースを」
「……」
アザラシは少し考えた。
「今から?」
「うん」
「干支を決めるための?」
「そう」
アザラシは黙った。
そして。
「でも、もう干支は決まってるよね?」
「……そうだね」
「じゃあ、意味なくない?」
「……」
神様は少し困った。
アザラシは海を見る。
「僕が今知りたかったのは、干支になれたかどうかじゃないんだ」
「うん」
「レースに出ていたら、僕どれくらいやれたのか」
「それを自分で確かめてみたかったんだ」
「……」
神様は静かに頷いた。
「じゃあ」
「うん」
「やってみる?」
アザラシは少しだけ考えた。
「レースを?」
「這って?」
「うん」
「そうなるね」
「……」
アザラシは真剣な顔で地面を見る。
「どれくらいの距離?」
「昔のレースと同じくらい」
「長い?」
「かなり」
「なるほど」
アザラシは少し考える。
「途中で寝てもいい?」
「……それはレースにならないんじゃないかな」
「そう?」
「うん」
「じゃあ、寝ない」
神様は少し笑った。
「やる気になった?」
「違うよ」
「え?」
「確かめたいだけ」
ズリ。
ズリ。
ズリ。
這っている……前へ、前へ。
「……」
神様は何も言わなかった。
アザラシは前を見る。
「僕がどこまでいけるのか」
ゆっくりと。
少しずつ。
「それを知りたい」
神様は空から、その姿を見ていた。
そして。
「……分かった」
静かに呟いた。
「じゃあ、準備しようか」
アザラシは振り返る。
「誰を呼ぶの?」
「……」
神様は少し考えた。
「十二支達を」
「全員?」
「全員」
「……」
アザラシの目が細くなる。
「なるほど」
その顔に。
初めて少しだけ笑みが浮かんだ。
「それなら、ちょうどいいね」
こうして……。
遥か昔に終わったはずのレースが。
もう一度、始まろうとしていた。




