第十話 可能性の周知
レースの準備が進められていた。
遥か昔……一度だけ行われたレース。
そのコースが、再び用意されていく。
「懐かしいな」
丑(牛)がコースを眺めていた。
「昔と同じ?」
卯(兎)が尋ねる。
「ほとんど同じだと思う」
「へえ」
申(猿)が興味深そうに周囲を見る。
「でも、今回は一匹多いね」
その視線の先。
一匹のアザラシがいた。
ズリ。
ズリ。
ズリ。
コースの端を這っている。
「……」
十二支たちは、その姿を見ていた。
「本当に出るのか?」
寅(虎)が言った。
「出るらしいね」
「でも、どう考えても無理じゃない?」
申(猿)が答える。
「まあ、そうだよね」
卯(兎)も頷く。
「そもそも、走ることすらできぬだろう」
辰(龍)が鼻で笑った。
「おっしゃる通りです」
巳(蛇)がすぐに同意する。
アザラシは十二支の話を聞いていた。
しかし。
「……」
何も言わない。
ただ。
ズリ。
ズリ。
ズリ。
前へ進んでいく。
「おい」
寅(虎)が声を掛けた。
アザラシが止まる。
「何?」
「本当に俺たちに勝つつもりなのか?」
「勝つ?」
アザラシは少し考えた。
「別に」
「……は?」
「僕は君たちに勝つために来たわけじゃないよ」
「じゃあ、このレースは何のためだ?」
「確かめるため」
「何を?」
「僕がどこまでやれるか」
寅(虎)は少し黙った。
「……変な奴だな」
「そうかな?」
アザラシは首を傾げた。
その様子を見ていた辰(龍)が言う。
「結果は明白だろう」
アザラシが辰(龍)を見る。
「そう?」
「陸上では、我々の方が圧倒的に速い」
「もっとも、水中でも我は貴様に負けんがな」
「うん」
「ならば、勝負にならぬではないか」
「そうかもね」
あっさりと答えた。
辰(龍)は少し拍子抜けした。
「……反論はしないのか?」
「しないよ」
「なぜだ?」
アザラシは少し考える。
「まだ始まってすらないから」
「……」
「やってみないと分からないでしょ?」
辰(龍)は黙った。
アザラシは再び前を向く。
ズリ。
ズリ。
ズリ。
「……」
その姿を、神様は見ていた。
そして……小さく笑った。
「……本当に、変わった子だ」
レース開始まで、あと少し。
誰もまだ知らない。
このレースが。
十二支にとっても。
アザラシにとっても。
ただの再戦では終わらないことを。




