1人目の仲間
「偉大なる料理人よ……俺の仲間になれ! ダンジョンを攻略しようじゃないか!」
と受付の男の肩にゴツゴツとして大きい手を置くテリエス。
「……は!?」
受付の男——ルーエンは、開いた口が塞がらないといった様子で呆然とテリエスを見つめた。数秒の静寂の後、正気に戻ったように首を大きく振る。
「な、なんで俺がお前と一緒にダンジョンに入らなきゃならないんだよ! 俺は宿屋の受付だぞ!」
「何を言っている。お前と一緒に行けば、干し肉だけで飢えを凌ぐようなダンジョンの探索中も、美味い飯が食えるだろうが!」
テリエスは当然と言わんばかりに胸を張った。
「なっ……料理の都合かよ!?」
「それだけではない。そもそも俺はこの街で、お前以外の友を持たないからな」
「勝手なことを言うな! 俺はお前と友達になった覚えなんて一回もないぞ!」
心底心外だとばかりに抗議するルーエン。だがテリエスは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべると、昨日の出来事を思い出させるように低い声で囁いた。
「おいおい、悲しいことを言うなよ。俺は『友』として、お前の計算間違いを水に流してやったつもりだったんだがなあ……」
「っ……!」
ルーエンの顔から一瞬で血の気が引いた。昨夜、テリエスの持つ「亜空間カバン」の価値を見抜き、バーバリアンだと高を括ってカモろうとした弱みを突かれたのだ。
バツの悪そうに冷や汗を流しながら、ルーエンは必死に視線を泳がせる。
「し、しかし……俺には宿屋の仕事がある。主人には恩があるんだ、そう簡単に休むわけには——」
「主人ー! ちょっといいかー!」
「おい、馬鹿! 声が大きいって!!」
テリエスの腹から響く大声に、奥から慌てた様子で太った宿屋の主人が顔を出した。
「なんだなんだ、どうしたんだね?」
「なに、この偉大な料理人を俺のダンジョン探索のパーティに加えたいと思ってな。なぁに安心しろ、昨日こいつにぼったくられかけた件は、主人の顔に免じて不問にしてやる! ガッハッハ!」
フロア全体に響くような大声で不穏なことを言い出すテリエスに、主人は目を見開いて驚いた。
「ぼっ……!?」
主人の目が一瞬で鋭くなり、「またやりやがったな」と言わんばかりにルーエンを鋭く睨みつけた。
ルーエンは引きつった笑みを浮かべ、冷や汗をダラダラと流しながら必死に手を振った。
「ち、違うんです主人! これは……!」
「黙れ。……ふむ、うちの従業員がまた不始末をやらかしそうになったのなら仕方ない。数日なら店はワシ一人で回す。持って行ってくれ」
「話がわかる主人で助かったぞ! ガッハッハ! よろしく頼むぞ!」
あっさりと主人に裏切られたルーエンは、天を仰いで深々とため息をついた。
「なぁに、案ずるな。俺は勇敢な戦士だ。お前がたとえ戦えなくても、報酬の分配は均等にしてやる」
「……本当か?」
ルーエンの目の色が少し変わった。
戦闘員以外のサポート職が、前衛と「完全均等な分配」を得られるパーティなど、この切り詰められた世界では稀どころか破格の条件だ。
10等級市民であるルーエンの宿屋での給金は、日々の生活費と年に一度の税金(白金貨1枚)で消えてしまう。相場を知らないカモからたまに金を巻き上げるくらいしか臨時収入のない彼にとって、安全が保証された上での均等分配は、あまりにも魅力的なオファーだった。
主人に売られたと思えば腹も立つだろうが、ちょっとした臨時収入を得る機会だと思えば悪くない——そう判断したのだろう。
ルーエンは腹を括ると、諦めたようにテリエスへ手を差し出した。
「わかったよ。乗った」
「よし! 契約成立だな!」
がっしりと固い握手を交わす。テリエスは満足そうに口端を上げた。
「改めて自己紹介をしよう。俺はテリエス。勇敢なるアイル族の戦士だ」
「ルーエン。人間で、職能は『狩人』だ」
「なに……!? お前、戦闘職だったのか!?」
テリエスは素直に驚いて目を丸くした。ルーエンは苦笑しながら肩をすくめる。
「職能を得ただけで、ダンジョンに入ったことはほとんどないよ。成人して1年目で『自分は冒険者に向いてない』と判断して料理人になったんだ。もちろん自分の身くらいは自分で守るつもりだが、戦闘力には期待しないでくれ」
(……人間族は戦闘が苦手だと判断した場合、別の働き口を選べるのか。羨ましい限りだな)
テリエスは種族による選択肢の違いを心の中で噛み締めた。バーバリアンはダンジョンに入り、血を流さなければ税金が払えず、死を迎えるのが当たり前なのだから。
「もちろんだ! 偉大なる戦士は約束を違えない。お前は自分を守ることと、美味い飯を作ることに集中しろ。モンスターの始末は全て俺に任せろ!」
「そんな大口を叩いて大丈夫なのか? 俺は本当に戦闘では役に立たないぞ」
少し不安そうなルーエンを安心させるよう真剣な目で、穏やかに、それでいて力強い声でテリエスは語りかける。
「安心しろ。お前が思っているより俺は強い!」
巨大な酒樽を片手で持ち上げると、テリエスはポンポンと自慢の胸を叩いた。その動きに合わせて腰の鞘が揺れ、ルーエンの視線がそこに留まる。
「……片手剣のバーバリアンってのも珍しいな。ん? ちょっとその武器を見せてくれないか? ちらっと見えたが、新成人が持つにはあまりに高価すぎないか?」
目ざとく剣の異質な仕立ての良さに気づいたルーエンが手を伸ばそうとした、その瞬間。
「グルルルル……ッ!! 武器は戦士の写し身だ! 友といえども簡単には触らせないものだ!」
テリエスは牙を剥き出しにして威嚇した。高価な武具を持っていることがバレてハイエナどもに狙われてはたまったもんではない。
「わ、わかった! すまん、ちょっと気になっただけだ!」
慌てて手を引くルーエンを見ながら、テリエスは心の中で冷徹に観察していた。
(やはりこいつ、昨日も亜空間カバンの値打ちにすぐ気づいた通り、モノを見る目があるな。俺の脅しに即座に気づいて身を引いた危機管理能力といい、勘の良さも持ち合わせている……まあ、俺のようなバーバリアンをカモにしようとしたあたり、その直感も完璧とは言えんが)
妥協や成り行きで組んだ相手のつもりだったが、思いのほか頼もしく優秀な相棒を得られたのかもしれない。
テリエスは静かな満足感に浸りながら、その夜、心地よい眠りについた。
◆ご挨拶
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