五彩の酒杯亭
階下の食堂へ向かうと、カウンターの奥から受付の若い男が、どこか引きつった愛想笑いを浮かべて会釈してくる。昨日バーバリアンとはどのような存在なのかを分からせてやった効果は抜群のようだ。
出された朝食は、こんがりと焼かれたパンと、ジャガイモと肉がゴロゴロと入った温かいスープだった。
テリエスにとって、人間の作る料理を口にするのはこれが生まれて初めてのことだ。
バーバリアンの村での食事といえば、大雑把に切り分けた肉を焼くか煮るかしたものを濃厚なタレにつけて噛みちぎるか、大雑把に煮込んだ根菜を腹に流し込むようなものが主だった。
おそるおそるパンをちぎり、口へと運ぶ。
(……なんだ、この柔らかさは)
ふかふかとした生地を噛みしめると、ほのかな麦の甘みが口いっぱいに広がった。スープに浸して口に含むと、温かな出汁とジャガイモの甘み、肉の旨味が絶妙に絡み合う。決して濃い味付けではないが、素材の味の引き出し方と火の通し方が計算し尽くされている。
(力任せに喰らうのではなく、調理というプロセスを経て栄養と味を最適化しているのか……やはり人間の文化には見習うべき点があるな)
思考を巡らせながらも、テリエスは静かに、しかしバーバリアンらしく豪快に人間の料理を平らげると、冷水を飲み干して息を吐く。
「ごちそうさま! 実にうまい朝飯だったぞ! お前が作ったのか!」
テリエスが笑顔で声をかけると、受付の男は驚いたように目を見開き、どこか誇らしげに小さく頷いた。
「ああ、気に入ってもらえたなら良かった。……今日の飯は俺が担当なんだ」
「素晴らしい仕事だ! このパンの柔らかさもスープも完璧じゃないか。料理を作る手際とセンスに関しては、尊敬に値するな」
単なるお世辞ではなく、心からの称賛であることが伝わったのだろう。昨日までは恐怖で顔をこわばらせていた男が、少し頬を赤らめて照れくさそうに頭をかいた。
「……ありがとな。バーバリアンに料理を褒められたのは初めてだ。夜飯も……期待していてくれ」
「ガハハ! うまいものはうまい! 嘘をつく必要はないからな!」
男は少し緊張がほぐれたような笑みを浮かべると、嬉しそうにお盆を持って厨房の奥へと引っ込んでいった。
(恐怖で縛るだけでは不十分だ。こうして相手の価値を正当に評価し、利と敬意を示す……これでこの宿での居心地はさらに良くなるだろう)
手応えを感じつつ、テリエスは思考を次の段階へと切り替えた。
(さて……今後の目標と思考を整理するか)
目標はこの王都で最高位である「1等級」の市民権を得ること。だが、その大望を果たすためには、まず目の前の現実に適応し、生き残らねばならない。
適者生存、自然淘汰。それが絶対的な理であるこの王国において最も重要なのは生活基盤を整える事だ。
市民税を支払えない者——最下層である10等級(年間白金貨1枚)の税すら納められない者は、例外なく国外追放となる。
税額は9等級で白金貨1.5枚、8等級で2枚、7等級で3枚と上がっていくが、6等級からは一気に「白金貨10枚」へと跳ね上がる。
一見すると暴政に思えるこの重税だが、それには明確な理由があった。
等級が上がるにつれ、個人の「魂の格」が高まり、フィールドを覆う毒気への抵抗力が向上する。そして高度なスキルや職業に適性が生まれるが、それは同時に、王都や村々を護る「浄化アーティファクト」へ与える負荷が大きくなることを意味していた。
負担が増える分、結界を維持するための魔石も大量に必要となる。つまり、高額な税金とは私腹を肥やすためではなく、「世界で生き残るための環境維持費」なのだ。金にシビアなのは、生存のリソースが全て金に還元されているからに他ならない。
もちろん、大半のバーバリアンにそんな細かい理屈は理解できないし、興味もない。
そのため王都では、少し賢い先輩バーバリアンが名簿を管理し、年に一度まとめて徴収・納税するシステムが作られていた。かつて無知なバーバリアンが人間に騙されて税を奪われ、大量に国外追放された悲劇を繰り返さないため、300年前の英雄が打ち立てたルールだ。
成人の儀で優勝した者が年代の「長」とされるのも、ヴォル=ウーラの武具を与えるためだけではなく、こうした徴収や交渉を担う候補者を選ぶ側面がある。
(……ダラスが俺たちの年代の長になっていたら、納税一つとっても苦労しただろうな)
ふとライバルの顔が浮かぶ。いや、他のバーバリアンに比べればダラスはまだ賢い方だ。今、王都で税を集めている先輩バーバリアンよりもマシかもしれない——そんな不敬な妄想を膨らませ、テリエスは一人で小さく苦笑した。
(さて……問題は手元の資金と、今後のための実績だ)
すでに宿代として金貨1枚を吐き出している。自分で賃貸を契約すれば「月・金貨1枚」で済むが、実績のない新成人に部屋を貸す不動産屋など存在しない。
不動産屋を納得させる実績とは、すなわち「ダンジョン探索の成功」だ。一度でも無事にダンジョンを攻略すれば、ギルドや神殿に登録され、冒険者としての公的な身分が手に入る。
社会の仕組みはシビアだが、だからこそ「最初の1年」を自力で生き残るための基盤作りに旅立ちセットを全員に持たせるバーバリアン族は、種族としてかなり手厚く助け合っていると言えるだろう。
「まずはギルドへ向かい、パーティを組むか」
ダンジョンに入るためには神殿の開門アーティファクトを利用する必要があるのだが、仕様上「最低でも異なる3種族以上」でパーティを組む義務がある。(例えばバーバリアン3人は不可。バーバリアン・人間・エルフなら可といった形である)
テリエスの実力なら10等級ダンジョンなどソロでも踏破できそうだが、ルールには逆らえない。
◇
王都冒険者ギルドの酒場「五彩の酒杯亭」は、パーティメンバーを募集する熱気と罵声で溢れかえっていた。
前衛として頑丈なバーバリアンは冒険者の間で引っ張りだこであり、テリエスも「仲間探しなど容易い」と考えていた。
——だが、現実は甘くなかった。
「おいおい、あいつを見ろよ。あれでバーバリアンか?」
「人間とあまり変わらないじゃねえか。あれじゃあ大剣を振れないだろう」
酒場を行き交う冒険者たちの冷ややかな視線。
王都における多種族の共通認識は『バーバリアン=圧倒的なパワーと、悲しい知能を持った種族』である。つまり、圧倒的なパワーを感じさせないテリエスは、多種族から見れば「ただの悲しい知能を持った欠陥品」でしかなかった。
パワーを求めるなら他の巨体なバーバリアンを選べばいいし、器用さを求めるなら同サイズの人間や獣人を選べばいい。新成人のバーバリアンが続々と王都に流入してくるこの時期、テリエスを進んでパーティに入れようとする物好きなどいなかったのだ。
丸一日かけて交渉してみたものの、提示された条件は「荷物持ちなら入れてやるが、報酬は10分の1」という舐めきったものばかり。
結局、テリエスは収穫ゼロのまま夕方に『鉄盾の休息亭』へと戻ってきた。
(明日になれば、道に迷っていた他のバーバリアンたちがさらに王都へ到着する。俺の条件はますます厳しくなるな……)
夕食に出された料理も実に見事なものだった。昼の不毛な仲間探しで疲れた胃袋に、男の作る温かい料理がじんわりと染み渡っていく。
(やはり、この男の作る飯はうまいな……)
美味い料理を味わいながらも、テリエスの思考は冷徹に巡っていた。
明日になれば、道に迷っていた他のバーバリアンたちが続々と王都へ到着する。そうなれば、力も小さく劣った知性の生き物に見える自分の立場はさらに悪くなるだろう。
(だが……神殿のルールは『異なる3種族以上』。俺に必要なのは、後ろから刺してこない程度には信頼できる他種族だ。戦闘力は2人で1人分程度でも構わない。そこは俺がカバーすれば済む話だ。むしろ配分で揉めない分そちらの方がありがたい)
そこまで考えを深めたところで、ふとカウンター越しに受付の若い男と目が合った。
朝に料理を絶賛したおかげか、昨日のような過剰な怯えはない。男はビクッと肩を跳ねさせたものの、すぐに「居心地はどうだ?」とでも言いたげな、どこか親しみと愛想の混ざった笑みを浮かべて見せた。
その瞬間——テリエスの頭の中で、バラバラだったピースが完璧なロジックとして噛み合わさった。
(……そうだ。わざわざ足元を見てくる見知らぬ冒険者を頼る必要がどこにある? ここに『人間』が一頭、いるじゃないか)
この男はただの日和見な受付ではなく、手際よく計算して料理を作れる程度の知性と手先の器用さを持っている。何より、こちらの恐ろしさを知った上で、朝の会話を通じて互いに相手の価値を認め合えるだけの、小さな信頼の芽が生えつつある状態だ。
(俺の意図を察する聡明さがあり、不必要な反抗もしない。何よりあの素晴らしい飯を作る男だ。共に背中を預ける仲間として、これ以上の候補はいない)
テリエスはすくっと立ち上がると、迷いなくカウンターへと歩み寄った。
「おい。俺の仲間になれ!」
「……は!?」
受付の男は、開いた口が塞がらないといった様子で呆然とテリエスを見上げた。
◆ご挨拶
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