鉄盾の休息亭
旅立ち初日のようなハプニングもなく、テリエスは王都の巨大な城壁へとたどり着いた。
門の前には、様々な種族の新成人たちが検問のために長蛇の列をなしている。その最後尾に並びながら、テリエスは城壁を見上げていた。
フィールドの猛烈な毒気を完全に遮断する分厚い石壁。そして人間には大きすぎ、バーバリアンから見ても見上げるほど巨大な鉄門。
(……城壁のこのスケール感。実は昔、バーバリアンが設計したんじゃないか?)
くだらない妄想だと自分でも思う。3日間の道のりを不眠不休で進んできたテリエスの脳は、そんな他愛のない思考を巡らせる程度には疲労していた。
やがてテリエスの順番が回ってくる。門を守る衛兵へ成人式で授与された市民証明カードを提示し、通門税を支払って足を踏み入れようとした——その時だった。
「待て、そこのバーバリアン」
衛兵に制止される。視線の先は、テリエスが腰に下げている『亜空間カバン』だ。
「なぜ新成人のバーバリアンが、そんな高価な魔道具を持っている。どこで手に入れた?」
(あの3人組の略奪者どもよりは頭が回る衛兵のようだな)
テリエスは冷徹に観察しつつ、あえて大きな身振りでガハハと笑ってみせた。
「なんだ、これのことか! 途中で親切なフリをして近づいてきた人間の奴らが、俺の寝込みを襲ってきたんだよ! 偉大な戦士を舐めた愚か者どもは返り討ちにしてやった! これはその戦利品だ!」
そう言って、奪い取った略奪者3人組の証明カードを提示する。
(最初から怪しさを感じて誘い込み、返り討ちにした……なんて事実を素直に語る必要はない)
「……なるほど。人間を3人返り討ちにし、荷物を奪ったわけか」
衛兵は要領を得ないバーバリアンの口調に辟易しつつも、提示されたカードと目の前の事象から状況を把握したようだ。彼は懐から球体のガラスのような魔道具を取り出すと、それを透かしてテリエスをじっと見つめた。
「よし、通っていいぞ」
衛兵が胸を撫で下ろす。
「それで、何がわかるんだ?」
「あぁ、これか。これは、『|罪を見破る球』と呼ばれる古代魔道具でな。この球を通して見ると、国法に背いた罪人は赤く光って見えるんだ。まぁ、小さい罪でも多少は赤くなるが、殺人や強盗なんかは一発でわかるようになっている」
(罪の定義とは何か? 窃盗や暴行であれば見逃されるのか? 国法を定める国王の基準がそのまま反映されているのか……?)
脳内に溢れ出す疑問を押し殺し、テリエスはバーバリアンが聞きそうな素朴な疑問を1つだけ口にした。
「だったら、入城者を全員それで見れば手っ取り早いんじゃないか?」
「バカ言え。これを使うには膨大な魔力が必要なんだ。怪しい奴以外に一々使えるかよ」
「なるほど、そりゃそうだな! ガッハッハ!」
納得したフリをするテリエス。
(つまり常時発動は不可能なわけだな。覚えておこう。そんな便利なものが常時稼働していれば、王都の治安が荒れるはずもないか)
と内心で思考を完結させる。
10等級の通門税である銀貨1枚を手渡し、ついでにおすすめの宿屋を尋ねると、テリエスはついに王都オルドリアへと足を踏み入れた。
——活気と欲望が渦巻く街。
人間、獣人、エルフ、ドワーフ、そして同胞のバーバリアン。多種多様な種族が入り交じる熱気に、テリエスは胸を躍らせた。
「ガハハハ! 俺が来たぞ! よろしく頼む!」
バーバリアンらしい豪快な大声を張り上げると、街の同胞たちは歓迎の歓声をあげ、人間たちは「これだからバーバリアンは」と冷笑を浮かべた。
テリエスは冷笑する人間たちを横目に、衛兵に教わった宿屋『鉄盾の休息亭』へと向かった。
ガラガラと扉を開け、受付の若い男に「朝晩2食付きで7日分」と告げる。
「あいよ。それなら金貨3枚だ」
受付はテリエスの身なりと種族を見て、事もなげに言い放った。
(相場は金貨1枚から1.2枚程度……足元を見ているな)
初心者狩り達から奪った金貨があるため支払うこと自体は容易だ。だが、相場を知らないと高を括り、バーバリアンを舐めてかかる愚か者には、少々《《分からせる》》必要があるな。
テリエスは亜空間カバンではなく、腰の皮袋から財布を取り出すと、カウンターの上に硬貨をジャラジャラとぶちまけた。
「これで足りるか?」
「ん……金貨1枚足りないな。だが、特別におまけしてやる。この額と、その腰の亜空間カバンを寄越せば、10日分部屋を用意してやるよ」
受付の男はニヤリと浅ましい笑みを浮かべた。
「そいつはありがたい! だが、提示された金額を用意できないのは戦士の恥だな」
テリエスはそう言うと、わざとらしく亜空間カバンへ手を突っ込み、血とドロで汚れた人間の服を引っ張り出した。
「おっと間違えた、これじゃない」
「ひっ……! な、なんだその血まみれの服は!?」
顔を青くする受付に、テリエスは豪快に笑ってみせる。
「ガハハハ! 旅の途中で俺を騙して襲ってきた人間の略奪者を返り討ちにした時の戦利品だ! 勇敢な戦士はな、信じた相手に裏切られた時……絶対に容赦はしないのだよ!」
——ゴクリ、と受付の喉が鳴る。
受付の顔から、見る見るうちに血の気が引いていく。このバーバリアンが後で適正価格を知れば、自分はペシャンコに潰される——そんな想像でもしているのだろう。
「よし、これで足りるか?」
テリエスが改めて、金貨3枚分に相当する硬貨をジャラジャラと広げ、満面の笑みで問いかけた。
「おっとっとっと、勘違いしていた! す、すまん! 俺は学がなくてな! 時々計算を間違えるんだ! 正規の値段は……金貨1枚だ! 金貨1枚でいい!」
「なに!? そうだったのか! ガハハ、計算は難しいからな! 気にするな!」
1枚の金貨を手渡し、テリエスは案内を促した。
階段を上がり、廊下を進む最中、テリエスは受付の背中に優しく声をかける。
「お前が親切で賢い人間でよかったぞ。このまま気付かずに渡し、後から勘違いだと分かったら……普通のバーバリアンなら宿をメチャクチャにするほど暴れ回っただろうからな……ガッハッハッハ!」
「〜〜〜〜ッ!?」
直後、受付の足がピタリと止まった。
案内しようとして手前で立ち止まりかけた部屋を素通りし、廊下の最奥——最も豪華な部屋の前で鍵を開ける。
通されたのは、あの巨体のダラスが寝ても手足を伸ばせるほどの特大ベッドと、湯の張られた風呂桶まで備え付けられた最高級の部屋だった。
「最高じゃないか。感謝するぞ」
「い、いや! ゆっくりしていってくれ……!」
テリエスは満足げに頷くと、「お礼だ」と言って銀貨を1枚握らせた。さらに、亜空間カバンから先ほどの血のついた略奪者の服を取り出し、男の手に押し付ける。
「この服は俺には小さいからな、お前にやろう」
「あ……あ……」
部屋の鍵をかけたところで、マスターキーを使って寝込みを襲われても不快だ。禍根を残さず利を与えつつ、二度と歯向かえない恐怖を刻み込む。これがテリエスの生存戦略だ。
湯の張られた風呂桶に浸かり、3日分の汗と疲れを綺麗に洗い流す。
(……ふぅ)
湿気と木の香りが漂う中、テリエスはふかふかの巨大なベッドへと倒れ込んだ。
泥のように深い、3日ぶりの睡眠が、彼を優しく包み込んでいった。




