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初心者狩り

 夜の静寂が広がる森の中、テリエスは野営に適した木々の隙間を見つけ、手際よく薪を組んで火を起こしていた。


 ぱちぱちと爆ぜる焚き火の揺らめく炎を見つめながら、支給された乾燥肉をかみ砕く。本来なら、自分と同じように初日の冒険を終えた同世代のバーバリアンが、この夜空の下で焚き火を見つめ、初めての冒険の味を噛み締めていたはずだ。


 そう思うと、テリエスの目頭がじんわりと熱くなった。


 少し体を休めようかと考えたが、昼間に目撃した「初心者狩り」の痕跡を思い出すと、この過酷な夜に一人で無防備に眠るのはリスクが高すぎる——と思考を巡らせていた、その時だった。


「やあ、こんばんは! こんなところで一人で野営かい?」


 暗闇の向こうから気さくに声をかけてきたのは、人間族の新成人を名乗る3人組——ジャック、メアリー、ローガンだった。


「僕たちは成人式を終えて王都へ向かう途中なんだ。焚き火が見えたから来てみたら、まさかバーバリアンが一人でいるとはね。このあたりはフォレストウルフやゴブリンが出没する危険地帯だ。一人で夜を越すのは不安だろう? 新成人同士、力を合わせて王都を目指さないかい?」


 愛想の良い笑顔で打診してくるジャック。だが、テリエスはその言葉を額面通りに受け取るほどおめでたくはなかった。


 そもそも、人間族の新成人が夜の森でバーバリアンを見かけ、警戒もせずに笑顔で近づいてくること自体がおかしい。


 一般的な人間にとって、バーバリアンは関わりたくない凶暴な種族だ。新成人程度の人間なら、遭遇した瞬間に距離を取るか逃げ出すのが自然な反応である。にもかかわらず恐れる様子がないのは、彼らが親切だからではない。——「バーバリアンを騙して殺せる自信」があるからだ。


 さらにテリエスの鋭い観察眼は、ジャックが隠す様子もなく腰に下げている『亜空間カバン』を捉えていた。


 人間族の新成人が持てるはずもない高価な魔導具。


 (……こんなあからさまな演技と仕掛けで、バーバリアンなら簡単に騙せると思っているのか)


 胸の奥で冷たい苛立ちが渦巻く。事実、テリエス以外の素朴で純粋なバーバリアンであれば、違和感に気づくことなく「仲間だ!」と喜び、申し出を受け入れていただろう。


 だが、テリエスは違う。


「うおおお! 人間族の仲間か! ありがたい! 1人で寂しかったんだ、一緒に王都へ行こう!」


 テリエスは即座に典型的な「無知で陽気なバーバリアン」を演じきり、豪快に歓声をあげた。警戒心を微塵も感じさせない完璧な演技に、ジャックたちは「最高のカモを見つけた」と言わんばかりに薄笑いを浮かべる。


 焚き火を囲み、仲間のふりをしながら雑談に応じる4人。会話の端々から、テリエスは冷静に彼らの情報を収集していく。


 ジャックは剣士、メアリーは魔法使い、ローガンは呪術師。


 テリエスと同じく片手剣と盾を持つジャック。先端に魔石をはめた杖を握るメアリー。そして気味の悪い呪術用の人形を手入れするローガン。それぞれの装備を見るに、そのジョブに偽りはないはずだ。


「何っ! ジャックは剣士なのか! 俺と同じく偉大な戦士を目指して頑張ろうな!」


 ジャックの言葉に大げさに感嘆してみせるテリエス。メアリーが手元で小さな雷魔法の火花を散らしてみせると、


「うわあああ! 何事だ!? こんな恐ろしいものは見たことがないぞ!」


 と、魔法の存在すら知らないフリをして怯えてみせた。そんなテリエスの持つ剣と盾を品定めするように眺めながら、3人は獲物が自ら油断して眠りにつく瞬間をじっと待っていた。


「なあテリエス、寝るのに武器は邪魔じゃないのか?」


 ジャックが探るように声をかけると、テリエスは手に持った剣を高く掲げ、大声で叫んだ。


「偉大なる戦士は己の武器と一心同体! 当然、寝食も共にするのだ!」


 ……かつてその剣で獣肉を裂き、その盾を皿代わりにし、「疾風のバーバリアン料理長」と呼ばれた男とは思えない尊大な発言である。


 一通り必要な情報を集め終えると、テリエスは武器を強く握りしめたまま横になり、豪快な大いびきをかき始めた。寝たふりの開始だ。


「……ふぅ、やっとバカなバーバリアンが寝たか」


 小さな声で打ち合わせを始める3人。


「小柄だし正面からやっても勝てそうだが、バーバリアンの馬鹿力で暴れられたら面倒だからな。寝るのを待って正解だ」


「いつもの手順で行こう。ローガンが『拘束《バインド》』で動きを止める。私がジャックに強化をかけるから、一気に仕留めて」


 呼吸を整え、足音を殺して寝ているテリエスへとじわじわ接近してくる。いざ、ローガンが呪いを唱えようと手をかざした——その瞬間。


「——『拘束《バインド》』!」

「——『加速《ヘイスト》』」


 一瞬で跳ね起きたテリエスの剣が、閃光となってローガンの右腕を肘から切り落とした。


「ガっ……え……!?」


 突如失った腕と激痛に脳が追いつかず混乱するローガン。その顔面へ、テリエスは左手に構えた重厚な盾を叩きつけ、一撃でその頭部を砕き潰した。


「な……ッ!?」


 あまりの急展開に、メアリーはジャックへ強化魔法をかける猶予すら失いフリーズする。テリエスはその隙を見逃さず、影のように踏み込んで彼女の首を一閃で刎ね飛ばした。


「ひっ……うああああっ!」


 作戦は完全に崩壊した。パニックと興奮に狂ったジャックが叫びながら剣を振り下ろしてくるが、テリエスはそれを冷徹に払い除け、返しの一刀でジャックの右腕を斬り落とした。


「ぐああああああっ!?」


 血を噴き出しながら崩れ落ちるジャックへ、テリエスは静かに、そして氷のように冷たい声で語りかける。


「……昼間、新成人バーバリアンを殺して荷物を奪ったのは、お前たちだな?」


 先ほどの自分のように親切な声をかけられ、仲間ができたと無邪気に喜んでいたであろう同胞たち。その無念を思うと、胸の底から静かな怒りが込み上げてくる。


「ち、違う! 俺じゃない! 俺たちは何も——!」


 見苦しく言い逃れをしようとするジャックの前に、テリエスは拾い上げた亜空間カバンを突きつけた。


「新成人がこんな高価なものを持っているはずがないだろう」


 亜空間カバンのロックを解除し、中を探る。案の定、そこには殺されたバーバリアンたちの荷物と思われる「旅立ちセット」がそのまま2つ詰め込まれていた。


「こ、これは……っ!」


「……言い訳は要らない」


 テリエスは片手でジャックの首を掴み上げ、巨体ごと軽々と持ち上げた。


「ひっ……ま、待て……! 人間を殺したことがバレれば……お前だって裁かれる立場になるんだぞ……っ!」


 必死に法を盾にして脅そうとするジャックに対し、テリエスは感情の篭もらない目で見つめ返した。


「略奪者を返り討ちにすることを禁ずる法はない。……それに、誰にも見られていなければ、その罪は存在しないのと同じだ」


 ——ゴキリ。


 容赦なく首を捻り折る。息絶えたジャックの体を地面へ投げ捨てた。


 静まり返った夜の森。足元に転がる3つの骸を見下ろしながら、テリエスはふと自分の手元に視線を落とした。


 (……これが、人を殺すということか)


 生まれて初めて人間の命を奪った。しかし、胸を苛む罪悪感も、手が震えるような動揺も一切湧いてこない。吐き気すらも起こらなかった。まるで、昼間にフォレストウルフの首を討ち取った時よりも落ち着いている。拍子抜けするほど冷めきった己の感情に、テリエスは内心で静かに驚いていた。


 初心者を装うためにろくな防具をつけていなかった奴らだが、死体から後で金になりそうな武器を剥ぎ取り、一箇所にまとめる。


「——『火球《ファイアボール》』」


 ヴォル=ウーラの神聖な剣の先から放たれた炎の塊が、3つの死体を一瞬で包み込み、激しい熱量で焼き尽くしていく。


 この処理に、哀悼や文化的な意味合いはない。ただの効率的なゴミ処理作業だ。


 剥ぎ取った武器の血を拭い、奪還した亜空間カバンの中身を改める。


 少し食料が減ったバーバリアンの旅立ちセットが2つ、奴らの市民証明カード、そして時計。大した価値のあるものは残っていなかった。


 証明カードを確認すると、彼らは「9等級」の冒険者だったようだ。


 (正面から対峙していれば、多少手こずったかもしれないな……)


 「愚かなバーバリアン」だと高を括り、油断しきっていたからこそ不意を突いて一瞬で仕留められた。


 他種族から「バーバリアン=単細胞な愚か者」と思われていること。それはテリエスのような「賢いバーバリアン」にとっては、相手の隙を突き、優位に立つための極めて強力な武器——まさに『生存戦略』として機能する。


 (愚かなバーバリアンだと思われるおかげでむしろ安全に戦える……皮肉な話だな……)


 だが、同時にその事実が、テリエスの胸に重い危機感を抱かせた。


 (……俺だから返り討ちにできた。だが、普通の同胞ならどうなる?)


 自分以外の純粋で素朴なバーバリアンたちは、「愚かなフリ」をしているわけではなく、本当にただ無知で純粋なのだ。そんな彼らが「扱いやすいカモ」として他種族から見下され、この3人のような悪党にいいように罠に嵌められ、命を散らしている。


 種族全体が「愚かであると思われていること」を放置し続ければ、それは生存戦略どころか、ただの養分として狩られ尽くす未来しか生まない。


 (我々は……変わる必要があるのかもしれない。……そのためにも、まずは己の意思を貫き仲間達を守り通す力を得なければな)


 広げた荷物をすべて亜空間カバンへと仕舞い込み、テリエスは犠牲になった2人の名も知らぬ同胞のために、静かに胸の前で祈りを捧げた。


 ふと空を見上げれば、東の空が白み始め、うっすらと朝日が差し込んできている。どうやら、相当な時間が経過したようだ。


 (街に着くまで、一時たりとも気は抜けない)


 テリエスはカバンを背負い直すと、朝もやがかかる森の奥へと足早に駆け出していった。



【キャラクターデータ】

名前:テリエス

・種族:バーバリアン

・所属:アイル族

・スキル:加速(3)/強化(3)/炎魔法(1)/水魔法(1)/電魔法(1)

・技術:格闘(2)/剣術(2)/棒術(2)/自然回復(3)

・称号:突然変異(種族の最も低いステータスが500%↑/最も高いステータスが20%↓)

・装備:ヴォル=ウーラの剣(エピック)/ヴォル=ウーラの盾(エピック)

・持物:亜空間カバン(中)New!!


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