フォレストウルフ
バーバリアンの聖地を背に、テリエスは王都オルドリアへと続く道へ足を踏み出していた。
オルドリアまでは、迷わず歩けば約3日の旅路。しかし、一歩聖地の結界を出れば、そこは人体を少しずつ蝕む『毒の気』が満ちるフィールドだ。10等級の市民権に付与される祝福では、結界外で生きられる限界は7日間しかない。
地図とコンパスを正確に読み解けるテリエスにとって、オルドリアへの道筋は造作もない。だが、多くのバーバリアンは文字や図面を解する能力が低く、地図を渡されても道に迷い、7日の期限ギリギリで王国へ辿り着くのが常だった。
ふと、テリエスは背負った荷物の重みを感じた。
成人の儀を終えた新成人には、旅立ちの初期物資として手厚い支援品が支給されている。
・3日分の食料と水
・王都オルドリアまでの地図とコンパス
・革靴と革の鎧
・松明と火打石
・金貨1枚、銀貨10枚、銅貨10枚(合計で金貨2枚=銀貨20枚=銅貨200枚相当の金銭)
・支給用の鉄製武器(※テリエスはこの代わりに、神授の『ヴォル=ウーラの剣と盾』を所持)
これらは全て、村に残る先輩戦士たちが納めた税によって賄われている。エルフなど他種族の成人が「質素倹約」の名のもとに最低限の食料と武器しか渡されないことを考えれば、異例と言えるほど豪華な支給品だった。
(……この手厚さも、血塗られた歴史の上に成り立っているんだよな)
テリエスはかつて村の図書館で読んだ本を思い出していた。
バーバリアンは多死多産の種族だ。現在だって、冒険の中で命を落とす者、税を支払えずに追放される者、略奪者によって殺される者は後を絶たない。
しかし約300年前は現在よりも多くの若者たちが、屈強な肉体を持ちながらも知性が追いつかず、王国へ辿り着けずに毒気で命を落としたり、着いても1年目の市民税(白金貨1枚)を払えずに追放・死亡していた。元々個体数が少なかったバーバリアンは種族間戦争が勃発し、滅亡の危機に瀕したのだ。
その窮地を救ったのが、当時の伝説的な族長だった。
彼は《《群れとして生き残る》》ため、成人する若者に豪勢な初期物資を配り、生き抜く知恵を伝承として残すシステムを作り上げた。その恩恵により、現在では6等級以上の高ランク冒険者となるバーバリアンも度々現れ、他種族からどれほど「脳筋」と差別されようと、決して軽視できない戦闘民族として君臨している。
村を出て半日ほど歩き、周囲の木々の影が伸び始めた頃だった。
「……ッ!?」
テリエスは足を止め、突然の異臭に眉をひそめた。強い獣臭、そして——血の匂いだ。
気配を消し、静かに木陰へ身を寄せる。視線の先、小さな開けた草むらに、何かが倒れていた。倒れているのは一人のバーバリアン。そして、その死体に群がるようにむさぼっているのは、3体のモンスターだった。
『フォレストウルフ』。
体高100cm、全長150cmほどの10等級の狼型モンスターだ。
(……まだこちらには気づいていないな)
文字を読めるバーバリアンなど滅多にいない中、テリエスはなぜか図鑑が異常に充実していた村の図書館に通い詰め、魔物の生態を網羅していた。他のバーバリアンが挿絵を見て大雑把に学ぶ中、彼は文字通り「知識」として頭に叩き込んでいる。
(フォレストウルフ……弱点は『火』。そして食事に夢中になっている最中は警戒心が極めて薄くなる)
テリエスは腰の『ヴォル=ウーラの剣』を静かに抜いた。成人の儀の比武では隠し通した、彼の真の切り札。
注意深く周辺に目撃者がいないことを確認し、マナを練り始める。
「……火よ」
テリエスは呼吸を整え、じっくりと魔力を収束させた。魔法はマナを込める詠唱時間と、触媒となる媒体の質によって威力が何倍にも跳ね上がる。
(……いける)
「——炎魔法Lv1、『火玉』!!」
極限までマナを溜め込み、さらにヴォル=ウーラの剣を経由して放たれた火の玉は、テリエスの想像を遥かに超える巨大な熱塊となって放たれた。
ドォンッ!!
激しい爆破音と共に、直撃を受けた2体のフォレストウルフが一瞬で黒こげになり、その場に転がった。肉体が消滅した跡には、小さな結晶——10等級の魔石が転がっている。
「グルァッ!?」
だが、残り1体は土壇場で野生の勘を働かせ、横飛びして爆風を回避していた。眼球を真っ赤に染めたフォレストウルフが、超スピードでテリエスに向かって突進し、鋭い牙を剥き出しにして飛びかかってくる!
「——『加速』」
一瞬で世界がスローモーションに切り替わる。
テリエスは飛びかかってきた狼の軌道を容易に見切り、最小限の動きで素早く身をかわした。
ズバッ!
すれ違いざまの一閃。強化された刃が滑らかに狼の首を撥ね飛ばした。ドサリと崩れ落ちる胴体。残された肉体もほどなくして光の粒子となり、転がり落ちた魔石だけが残された。
本来、フォレストウルフは10等級とはいえ、群れとなればコンビネーションが厄介で、ソロの駆け出し冒険者なら苦戦を強いられる相手だ。不意打ちとはいえ、ノーダメージで瞬殺するなど新成人バーバリアンには到底不可能な芸当である。
(身につけた技術……そして知識は実践でも役立つんだ……自信を持て……)
初めての実践で興奮しながらも、これまで積み重ねてきた自分の努力が実を結んだことを実感する。
もしダラスなら、正面突破で叩き潰していただろう。だが弱点を突けず、不意打ちも仕掛けないダラスなら、おそらく数箇所の噛み傷くらいは負っていたはずだ。「突然変異」の知性ゆえに成し得た完全勝利だった。
テリエスは転がった小さな魔石を3つ拾い上げた。1個あたり銅貨1枚程度にしかならない微小な魔石だが、大切な資金だ。
そして、テリエスは元々倒れていたバーバリアンの遺体へと歩み寄った。通常、バーバリアンは火葬を重んじるが、毒気の漂う屋外で手間をかけられない場合は深く土に埋めて埋葬するのがルールだ。
(この衣服の刻印……俺と同じ、昨日儀式を終えたばかりの新成人か)
同胞の死に胸を痛めつつ、埋葬のために遺体へと手を伸ばしたテリエスは——違和感に動きを止めた。
「……ない?」
遺体が身につけているはずの「リュックサック」と「初期物資」が、どこにも存在しなかったのだ。
支給される金貨1枚、銀貨10枚、銅貨10枚だけでも、いま拾ったフォレストウルフの魔石200個分以上の価値がある。さらに高価な装備や食料、コンパス。新成人バーバリアンの持ち物は、貧乏な野盗や悪質な冒険者にとって絶好の標的だ。
(そうか……こいつはフォレストウルフに襲われて死んだんじゃない。『初心者狩り』に襲われて殺され、身ぐるみを剥がされた後、その死体を放置されたんだ……!)
だからこそ、先ほどのフォレストウルフたちは「自分たちで獲物を狩った後」のような警戒心を持っておらず、食事に夢中になっていたのだ。合点がいくと同時に、テリエスの胸の底からマグマのような怒りが湧き上がってきた。
「……くそがッ……!!」
新しく旅立つ若者のために、村の先輩たちが文字通り血と汗を流して納めた税金。生き残るために与えられた希望の物資。それを理不尽に奪い、命まで踏みにじるハイエナども。噂には聞いていたが、実際に目の当たりにした初心者狩りの胸糞悪さに、テリエスは全身を怒りで震わせた。
だが——どれほど拳を握りしめようと、今ここでテリエスにできることは何もない。
テリエスは深く息を吐き出し、感情を押し殺すと、剣を使って静かに地面に深い穴を掘った。遺体を優しく納め、土をかぶせる。
「大地の神ヴォル=ウーラよ……どうか、この哀れな同胞の魂に安らぎを」
小さな墓標を立て、祈りを捧げる。
この理不尽な世界で生き抜くには、力だけでなく、やはり「知恵」が不可欠なのだと、テリエスは改めて痛感していた。
日は完全に落ち、あたりは毒気を含んだ不気味な夜闇に包まれつつあった。
テリエスは静かに立ち上がり、野営に適した安全な木陰を探すため、再び暗がりの中へと歩き出した。
【キャラクターデータ】
名前:テリエス
・種族:バーバリアン
・所属:アイル族
・スキル:加速(3)/強化(3)/炎魔法(1)/水魔法(1)/電魔法(1)
・技術:格闘(2)/剣術(2)/棒術(2)/自然回復(3)
・称号:突然変異(種族の最も低いステータスが500%↑/最も高いステータスが20%↓)
・装備:ヴォル=ウーラの剣/ヴォル=ウーラの盾




