旅立ちのバーバリアン
成人の儀の翌朝。テリエスは猛烈な頭痛と吐き気、そして身体中の激痛と共に目を覚ました。
「うぐ……頭が割れるように痛い……」
呻きながら体を起こすと、横ではダラスが巨大な丸太のように横たわり、「ゴーッ、ゴーッ」と豪快なイビキをかきながら熟睡している。
これまで故郷では小柄な体格と異質な資質ゆえに同世代から遠巻きにされ、宴会の隅で酒を一口舐める程度だったテリエスにとって、昨夜のように宴の真ん中で担ぎ上げられ、大歓声を浴びながら飲む深酒は生まれて初めての経験だった。
(……最高の夜だったな。……体は死にそうだけど)
人生で初めて味わう「仲間から認められた全能感」と「圧倒的な熱狂」。その余韻に胸を温かくしながらも、込み上げる猛烈な喉の渇きに耐えかね、テリエスは近くの水瓶から一杯の水をジョッキに注いで一気に飲み干した。
そして、昨晩授かったばかりの『ヴォル=ウーラの剣』と『ヴォル=ウーラの盾』を探そうと周囲を見回した。
……そして、絶句した。
部屋の隅で、神の祝福を受けたはずの重厚な盾が「焼き肉のタレと脂が溜まった巨大な皿」として転がっており、その横には、極上の切れ味を誇る片手剣が「豪快に塩漬け肉を削ぎ落とした包丁」として雑に突き刺さっていたのだ。
「……あ」
テリエスは頭を抱えた。二日酔いの脳裏に、昨夜の狂乱の記憶が濁流のように一気に蘇ってくる。
***
「ガハハ! テリエスは最高の戦士だ! 剣捌きに誰も追いつけない!」
「神託の剣の最初の獲物は、この特大ギガント・ボアの肉だぁぁッ!」
「いいか野郎ども、肉の旨味は厚みで決まる! 盾にタレを注げ! 剣で削ぎ落とせッ!」
「よ! 疾風のバーバリアン料理長! 惚れ惚れするぜ! もう一杯いけぇぇッ!」
「グハハハ! 俺の戦士を見ろーッ! ヴォル=ウーラ様の祝福を受けた俺の肉体(戦士)を見ろぉぉぉッ!!」
「ガハハハハ! 負けていられるかッ! 俺の戦士も拝んでいけぇぇッ!」
大勢のバーバリアンたちに囲まれて熱狂が最高潮に達したテリエスとダラスは、そのまま勢いよくパンツまで脱ぎ捨て、全裸で腰を振りながら雄叫びを上げて宴会場を走り回っていた。
ひとたび酒を飲めばテリエスもまた、血の気と野性に満ち溢れた立派なバーバリアンだったのだ。
***
(なんてこった……!)
冷や汗を流すテリエスだったが、ふと祭壇に祭られる神の像を確認し、胸を撫で下ろした。大地の神ヴォル=ウーラは豪放磊落を良しとする神だ。「道具は使ってこそナンボだ」と笑い飛ばすような存在であり、この程度の不敬で怒るような器の小さい神ではないはず……たぶん。
ちなみに、ダラスの大剣は部屋の壁に恭しく立てかけられていた。どうやら酔っ払ったテリエスはバーバリアンの本能が目覚めるようだが、ダラスは意外と几帳面で育ちが良いらしい。普段の知力の差が完全に逆転する痛恨の事態である。
「……んあ? 起きたかテリエス。グハハ、昨日は飲んだな!」
目を覚ましたダラスがモジャモジャの胸を掻きむしりながら起き上がってきた。その無駄に清々しい笑顔を見て、テリエスは油まみれの自分の武具をそっと背中に隠した。
二人が身支度を整えると、聖地にはどこか寂しげで、それでいてピンと張り詰めた空気が漂っていた。成人の儀を終えた若者たちが、次々と荷物をまとめて聖地を去っていくのだ。
「さて……俺たちも、ここを出なければいけないな」
テリエスが呟く。
バーバリアン族の掟は厳格だ。成人式を終えた若者は、村の生活基盤を維持する一部の役職持ちを除き、聖地や生まれ故郷の部族村に滞在し続けることが許されない。村に留まるには多額の「村税」を納める必要があり、成人したばかりの若者にそんな余裕はないのだ。
自立を余儀なくされたバーバリアンたちが向かう場所はただ一つ。
人間、エルフ、ドワーフ、獣人、そしてバーバリアンが共に暮らす巨大国家オルドリア王国の王都「オルドリア」である。
旅立ちの準備を進めながら、テリエスはこれから向かうオルドリアの厳しい現実について脳内で情報を整理していた。
まず、成人した全ての種族には「市民等級」が割り当てられる。最初は全員が「10級」からのスタートだ。そして、市民である限り1年に1度、市民税の支払いが義務付けられる。一番下の10級であっても、税額は「白金貨1枚」。
(パン1斤が銅貨1枚、宿代が朝夕付きで銀貨1.5枚のこの世界で、1年に白金貨1枚……金貨10枚分、銀貨なら100枚だ。破格の重税だな)
【貨幣価値】
銅貨10枚 = 銀貨1枚
銀貨10枚 = 金貨1枚
金貨10枚 = 白金貨1枚
もしこの市民税を支払えなければ、待っているのは「国外追放」。それは適者生存を共通認識とする全種族において最大の恥とされ、二度と故郷の村の土を踏むことすら許されなくなる。
そして、バーバリアンにとって特に厳しいのが「職業選択の自由」がないことだ。世間一般から「知力が低く、接客や生産職は無理」と思われているバーバリアンは、探索者や傭兵といった戦闘職にしか就くことができない。
さらに、この世界の根本的な恐怖として「毒の気」が存在する。
国や村の敷地の外は、常に人体を蝕む猛毒の気が充満しており、長時間の滞在は死を意味する。国や村が安全なのは、古代技術による巨大な結界が張られているからだ。土地の容量には限りがあるため、成人の儀を終えた若者が村から押し出されるのも仕方のない事と言えよう。
結界の外で活動するためには、市民等級を上げて「神殿の祝福」を得なければならない。
10等級: 結界外の滞在可能時間『7日』
9等級: 『14日』
8等級: 『30日』
7等級: 『45日』
6等級: 『60日』
5等級: 『90日』
1等級: 完全無効(自身が結界となり、パーティメンバーの毒も無効化)
市民等級は探索できるダンジョンの制限にも関わっており、10級の冒険者は「8級ダンジョン」までしか挑戦できない。等級を上げるには経験を積み、神殿での申請や試験をクリアする必要がある。一般市民のほとんどが10〜7級で生涯を終え、6級以上になれる者は全体の3割にも満たない。
そして、この世界を支える最も重要な資源が、ダンジョンで産出される「魔石」だ。結界の維持はもちろん、作物を育てる土壌の浄化、肉や魚の毒抜き、生活用水のろ過に至るまで、全てに魔石が必要となる。
魔石を利用した古代技術は王家が独占しており、各部族や都市は王家から「浄化装置」「結界装置」をレンタルして生き延びているのだ。
魔物が蔓延り、毒気が満ち、油断すればカジュアルに人が死ぬ世界。それが、これからテリエスたちが足を踏み入れる現実だった。
聖地の出口に立つと、果てしない荒野と、その向こうに広がるオルドリア王国の影が見えた。
テリエスは隣に立つ巨漢を見上げた。他のバーバリアンより頭も回り、圧倒的な肉体と戦士としての鋭い直感を持つダラス。これから過酷な世界を生き抜くにあたって、これほど心強い仲間はいない。
「……ダラス。もし良かったら、これから一緒にパーティーを組まないか? お前となら、どんなダンジョンだって攻略できると思うんだ」
テリエスが真剣な目で誘うと、ダラスは一瞬だけ嬉しそうに目を細めた。しかし、すぐに申し訳なさそうにガリガリと頭を掻いた。
「……すまん、テリエス。誘ってくれたのはすごく嬉しいんだが、俺はすぐにはオルドリアへは行けねえんだ」
「……そうなのか? なぜだ?」
「俺はタヌカン族の後継者だからな。成人の儀が終わったら一度村に戻って、族継承のための『特別な儀式』を受けなきゃならんのだ。……面倒な儀式なんぞ、投げ捨ててお前と一緒に旅立ちたいんだが、こればかりは逃げられん」
ダラスは太い腕を組み、ニッと豪快に笑ってみせた。
「だが、ガッカリするな! 儀式が終わったら、俺もすぐにオルドリアに行く! 偉大な戦士同士、神ヴォル=ウーラの導きがあれば、また絶対に戦場か酒場で出会えるはずだ!」
「……そうか。寂しくなるが、族長の後継者なら仕方ないな」
テリエスは苦笑しながら、ダラスの差し出してきた丸太のような拳に、自身の小さな拳をコツンとぶつけた。
「負けるなよ、ダラス。毒気にも、魔物にも」
「グハハ! 誰に物を言っている! 俺の肉体なら毒気すら返り討ちだ! お前こそ、その細い体で税を払えずに追放されるなよ!」
「失礼だな、俺の一撃で吹っ飛んだのを忘れたのか? 安心してくれ!」
「グハハ……そうだな! テリエス! 偉大な戦士! 我が友よ! 次に戦う時は俺が勝たせてもらうぞ……!」
「次も俺が勝つさ!」
手を差し出し固く握手を交わすと、互いに背を向け、それぞれの道へと歩き出す。
片手剣と盾を背負った「インテリバーバリアン」テリエスの、過酷で、けれど未知に満ちた生存戦略が、いま静かに幕を開けた。




