レッサーデーモンα
翌日。
「朝だぞ」
「ん……あぁ」
レッサーデーモンダンジョンは全ての階層が洞窟で成り立っており、持ち込んだ時計以外に時間を確認できるものはない。外の世界であれば、差し込む朝日や小鳥の鳴き声、朝露の匂いであるていど時間は判断できるが、ダンジョンではそれらが頼りにならない。
見張り番のダラスに起こされて三人は目を覚ます。
不寝番は二時間毎の交代だ。昼間、群生地での賭けに負けたダラスは、テリエスの分も見張りをしていたので、睡眠時間が少し足りていない。
だが、その表情は眠そうどころか、どこか憑物が晴れたような軽やかさだ。
「よし。朝飯を作るからちょっと待っててくれ」
ルーエンがマジックバックからエプロンを取り出し、早速料理に取り掛かる。朝のメニューは野菜と干し肉入りのスープと麦パン。そしてチーズ入りオムレツだ。
「おいおい! 誰かさんのせいで食器が足りないな。ダラスは鍋で食え」
「グハハハ! 食器を壊したおかげで飯の量が増えるとは、不思議な話だな」
「ガハハハ!」
「グハハハ!」
「ははは!」
「ふふふ」
ダラスが暴走した件に対する蟠りはもうない。ルーエンの作ってくれた朝食をとりながら、雑談に花を咲かせる。
「昨日のダラスは本当にすごかったな。おいテリエス。本当にダラスに勝ったのか?」
「ガハハハ! あの時は素手の戦いだったからなあ。運が良かったよ。武器を持っての戦いだったら結果は違っていただろうな」
「グハハハ! 不本意ではあるが、バーバリアンの神童としての威厳は保たれた……といったところか?」
「保たれたどころじゃないですよ! バケモンです! バケモン!」
「グハハハ!」
シェリルの言う「バケモン」を良い意味ととらえたのか、ダラスは笑う。
「しかし、バーバリアンってのは本当に強いんだな。ダラスもテリエスも、七等級は余裕なんじゃないか?」
「ガハハハ! 単純な戦闘力であれば、ダラスは六等級の壁も簡単に越えられそうだな! 俺も負けてはいられん!」
そう言って目の前の皿に盛られたオムレツを一口で頬張り、スープを飲み干す。
「ご馳走様! よし!」
急いで食器をまとめると、ふんっふんっ! とスクワットを始めるテリエス。
「グハハハ! テリエス! 一人でトレーニングとは水臭いぞ! 俺にも付き合わせろ!肉体強化!」
肉体強化で全身の筋肉を膨張させたダラスも並んでスクワットを始めた。肉体強化を使った状態での筋トレは筋肥大に効果的らしい。
「私もやるです!」
巨大なダラスの隣にテクテクと歩くと、短い足を曲げては伸ばし始めるシェリル。魔法使いが体を鍛えるのも悪いことじゃない。強力な魔法を扱うには相応の負担がかかるため、最低限の体力作りは魔法使いにとっても重要らしい。
「ガハハハ! 良い運動だったなあ! 飯も食ったし、朝の運動も済ませたし、片付けが済んだら探索に向かうか」
「うむ」
「昨日のペースだと……今日中にボスまで行けそうだな」
「ああ。この時間から動けば群生地を全部潰しても余裕がありそうだ」
「とりあえず群生地を潰して、『五階層のボス部屋前まで行く』ってのが今日の目標でいいか?」
「それでいこう! シェリル! 今日も群生地の探知は頼むぞ!」
「任せてください! 地図を見ながら匂いを辿るだけなら簡単ですよ」
「グハハハ! 頼もしいなあ!」
◇
本来の調子を取り戻したダラスと、傷の癒えたテリエス。その二人が前衛を務めるパーティの攻略速度は凄まじかった。特に課題になるようなこともなく、一行は二日目にしてボス部屋の前まで辿り着いてしまった。
「前回は確か、ボス部屋にたどり着いたのは三日目だったよな」
「ガハハハ! それでも十分すぎるペースだったが、今回はもっと早くついたな!」
「やっぱり純粋な戦闘員が二人いると違うな! しかも超弩級と来たもんだ」
「ちょうどきゅうとはなんだ? ルーエン?」
「あー! すまんダラス! すごく強いってことだ!」
「グハハハ! そういうことか! ならば俺とテリエスはちょうどきゅうだな!」
「ガハハハ! それも二人のサポートありきさ! ボス戦でも活躍してもらうぞ!」
「はい! がんばるです!」
ボス部屋の前に来ても冗談を言う余裕があるようだ。実際、シェリルは道中で回復を三回ほど使ったが、マナには余裕があるし、その他の三人も体力に余裕はある。
ダンジョン申請の際に女神官は「テリエスたちには十等級ダンジョンはイージーすぎるのでは?」と助言をしていたが、結果的にはその通りだった。
訓練によって魔物への恐怖を少し克服できたルーエンや、中級魔導書によって魔法の扱いに習熟したシェリルの実践訓練。そして、ダラスとの初めての共闘ということもあり、念には念を入れて十等級ダンジョンを選んだのだ。
前回のようなイレギュラーが発生しなければ、そもそも十等級ダンジョンは余裕でクリアできること自体は分かりきっていた。
まぁ、ボス戦の前に、ボスより厄介なバーバリアンと戦うことにはなったのだが。しかもこのデカブツはドロップアイテムも落とさないからタチが悪い。
……。
まあ、ドロップアイテムなんかよりよほど価値のある『最強クラスのバーバリアン』と、本当の意味で仲間になれたことを考えれば、運が良かったのかもしれないが。
「して、テリエスよ。このままボスを倒してしまっても良いと思うのだが?」
「ああ。コンディションとしては問題なさそうだな」
「ダラスがいれば前回のグリーンスパイダーαくらいなら苦戦もしなそうだしな」
「ガハハハ! それはそうだが、油断は命取りだ。とりあえず、ボスに何かイレギュラーがないか確認しよう」
そういうと、テリエスはボス部屋の扉を覗き込んだ。ダンジョンにおけるボス個体はボス部屋から出てくることはない。何やら不思議な力が働いているようだ。
「んー。あれは多分普通のレッサーデーモンαだな」
「どれどれ見せてみろテリエス」
テリエスを押し除けてダラスがボス部屋を覗き込む。
「ンゴ。あれか。ちょっとデカくはなったが……やはり首が細いな」
「特に問題なさそうだな」
「行くか?」
「あぁ。作戦は……そうだな。事前の打ち合わせ通りだ」
「扉が閉まったら、テリエスとダラスの武器に炎付与ですね?」
「ああ。そいつを光源に戦おう」
「そのあとは俺が麻痺毒を仕込んだ矢を当てるんだな?」
「そうだ。念には念を入れてな。空を飛ばれると面倒だ」
「ぐぬぬ。俺はどうすればいいんだ?」
「好きに暴れてくれ」
「グハハハ! 承知だ! あの細い首をへし折ってやろう!」
「はは! 頼もしすぎるよダラス」
前回の反省を活かし、光源となる炎付与はボス部屋の扉が閉まってから使用する。ルーエンの麻痺毒が当たりさえすれば、あとはテリエスとダラスでレッサーデーモンαを叩くだけだ。
「さあ、行こう」
◇
ボスは通常のレッサーデーモンαだった。強さとしては、おそらく九等級相当だろう。四人がボス部屋に入ると、背後の扉が閉まる。
……ボス扉が閉じたにも関わらず、前回のように何かが強制的にリセットされるような感覚はない。
やはり前回は当たりを引いてしまったのだろうか。部屋の壁には所々青い炎の松明が掲げられており、そもそも真っ暗ですらなかった。
だからといって、作戦を変更する必要は無い。
「炎付与!」
シェリルの魔法によってテリエスの剣とダラスの大剣が炎を纏い、青い光に包まれていたボス部屋を赤白い炎が重ねて照らす。
「ギィィィィィ!」
現れた侵入者に気づいたレッサーデーモンαが翼を広げる。
「ほらよ!」
その体にルーエンの放った矢が突き刺さった。
麻痺毒が回り、羽ばたこうとした翼の動きが鈍る。何度か大きく翼を動かすものの、その巨体が宙に浮くことはない。
「グハハハ! 俺の番だな!」
ダラスが駆け出した。
「ギィィィ!」
レッサーデーモンαも地面を蹴り、鋭い爪を振りかぶる。
振り下ろされた腕をダラスは大剣で弾き飛ばし、そのまま懐へ潜り込んだ。
そして、その細い首を巨大な手で掴む。
「やはり細いな」
ポキッ。
レッサーデーモンαの首が折れた。
……。
「終わったぞ?」
「……ガハハハ! そうみたいだな!」
念には念を入れて立てた作戦は、驚くほど何事もなく成功した。ダラスの巨石のような右手に掴まれて首の折れたレッサーデーモンαはおもちゃの人形のように動かない。
やがて、粒子となって消えていくと、レッサーデーモンαの存在していた位置には、九等級のものと思わしき拳大の魔石と、紫色のナイフが落ちていた。
『小悪魔のナイフ(レア):柄に特定の薬を入れておくと、適応した状態異常付与(弱)の効果を得る』
……。
レッサーデーモンαは中ボス(?)のダラスとは違って、しっかりとドロップアイテムを落として消えていった。
魔石とナイフを拾い上げてマジックバックに入れたテリエス達は、いつの間にか出現していた帰還用のゲートに飛び込む。
こうして長いようで短かった二回目のダンジョン攻略は幕を閉じた。




