猛き牙狼族の俊傑『ウルフェン』
——フォォォォン
「おっとっと」
よろけながらも足から着地するテリエスとルーエン。
「っと。ふにぃ」
うまく着地できたと思いきや、尻餅をついてしまったシェリル。惜しい。
——ドゴォン!!
巨大な体で派手に転倒するダラス。神殿の帰還部屋にいる探索者達の注目が集まる。
「でかっ!? でかいバーバリアンだな」
「あれは……、ダラスじゃないか? バーバリアン族の神童……」
「本当だ! あいつ……、もう王都に来ていたのか」
何やら身なりの良さそうな人間と獣人のパーティがダラスを見ている。先日王都に来たばかりにも関わらず、ダラスの知名度はすでに高かった。いや、知ってる者は知っているというのが正しいか。
それもそのはず。ダラスはあまり覚えていないが、幼い頃からタヌカン族長の息子として、他種族との交流もあり、ダラスが生意気だと思った相手を懲らしめたりもしていたようだ。同世代の上流階級の間では、今年の新成人で最も警戒されていたのがダラスだったのだ。
「ぎゃあああ! ダラス! また暴走したですか!? 潰れちゃうところでしたよ!」
「グハハハ! 違うなシェリル! 暴走はしていないが、お前を潰すところだっただけだ!」
「もっとタチが悪いですよー! ふんふん」
——ポカポカ
しかし、そんなことをシェリル達はかけらも知る由はなかった。シェリルがダラスをポカポカ殴る姿はテリエス達にとって日常だが、それを知らぬ者達は不思議に思っていた。
「あのダラスが……おとなしく殴られているだと……」
「よくこんな恐ろしいことができるな!? 手づかみで肉を食べるダラスを見て、笑っただけのクリフト・ベルシュタインはペシャンコにされたというのに!?」
「あの光景は忘れられんよ……」
人間と獣人の男二人は、テリエスたちの知らないダラスの過去について話し続けている。
「しかし、ダラスが入っているにしては妙なパーティだな。人間の戦士……いや、小さいバーバリアンか。それからチビ獣人にチビ人間……」
「たしかに。しかも、出てきたのは十等級のゲートじゃないか? 新成人とはいえダラスならいきなり八等級のダンジョンに行っても問題なさそうなのに」
ダラスを知っている二人の雑談がどんどん盛り上がっていく。強者に関する噂話が好きなのは、探索者の本能なのかもしれない。
「あれがダラスカ。噂で聞くよりもおとなしそうな顔してやがるゼ。サイラス、ボルガン、お前らあんなんにビビってのカ? それでよく「貴族だ〜」なんて偉そうにできたもんだナ?」
狼の獣人が話に割って入る。
「ウルフィン! 今はタヌキに殴られて笑っているが、あれは仮の姿だ。一度、ブチギレたダラスを見たらお前だって俺たちみたいにビビり散らかすぞ」
「そうだ。お前はクリフト・ベルシュタインがペシャンコになる姿を見ていないからそんなことが言えるんだ」
「カカカ! 勝手にビビってロ! まぁ、見てナ」
「よせ! 早まるな! お前が死んだら俺たちの前衛が一人減るんだぞ!」
サイラスの制止を無視し、肩で風を切りながらダラス達の方に向かって歩いていくウルフィン。
「諦めよう……。あいつはバカだが、前衛としては優秀だったのに……惜しいことをしたぜ。明日の予定はキャンセルだ。酒場に行って仲間を募集しよう。今度は賢い前衛を求めないとな」
ボルガンはすでに諦めムード。次に募集するパーティメンバーの募集要項を詰め始めている。
◇
ウルフィンが死地へ向かっていることをつゆとも知らぬテリエスは、辺りを見まわし考えている。
(ふむ。やはり、今回もか……)
この広い神殿の帰還部屋には、多くの探索者が待機している。テリエス達のように無事探索を終えて、報酬を得られた者。仲間を失って呆然とする者。上等な服を着て談笑する者。
——テリエスが感じた違和感
(バーバリアンがいない)
そう。この帰還部屋にはテリエスとダラスを除いたバーバリアンが存在しない。前回もそうだった。試行回数の少なさゆえに、なんともいえないところだが、おっさんに教わった、『ダンジョンにおけるバーバリアンの死亡率の高さ』の証明とも言えるのだろうか。
『山分け、バーバリアン求む』と叫ぶパーティの全てではないが、その一部には、バーバリアンを使い捨ての資源のように考えている者もいるらしい。勇敢にモンスターと戦ったバーバリアンに使う回復薬や回復を温存するようなパーティは珍しくないとのことだ。
それから……。
そうやって傷ついたバーバリアンを使い捨て、最後には……そいつの持っている物資も含めて《《山分け》》にする輩がいる……。どこまでが本当かはわからない。しかし、テリエスの視界には帰還したバーバリアンが存在しない。
(バーバリアンが生き抜くことは……やはり簡単では無いようだ)
テリエスはシェリルを膝に乗せて座り込んでいるダラスを見る。
(まぁ、ダラスがそう簡単にやられることはないだろうな)
つい数秒前まで、バーバリアンという種族の悲しみを憂いていたテリエスも、平和な顔をしたダラスとシェリルを見て、頬が緩んでいった。
「さて、そろそろ——」
「おい! お前が『バーバリアンの神童』ダラスだナ?」
「ンガ?」
突如現れた狼の獣人……デカい。背の丈はテリエスより少し高いくらいか。灰色の毛に青いタテガミ。左右の腰に一本ずつ下げられた曲剣も上等な品だ。
(ふむ。強そうだな)
獣人の年齢は、顔を見てもよくわからないものだが、声や毛艶を見るに若い。テリエス達と同年代くらいだ。立ち姿や装備を見るに、かなりのやり手だろう。
「聞くところによると、強いらしいナ? 『新成人で一番強いのはバーバリアンのダラスだ』なんて噂をよく聞くが……所詮、噂は噂だナ。だいぶ平和なツラしてやがル」
(まさか、このバカはダラスに喧嘩を売っているのか……? 怖いもの知らずもいいところだな。まさか、獣人にもバーバリアンがいるとは、恐れいったぜ)
ダラスに喧嘩を売るウルフィンを見て呆れてるテリエス。ダラスが負けることはまずないだろうが、いかんせんここは場所が悪い。王都では住人同士の喧嘩は軽犯罪だ。
もちろん、誰も見ていないところであれば、罰することはできない。城門で兵士が使っていた『罪人を見極める水晶』は、犯罪歴……つまり、目撃証言などによってデータベースが溜まったものを大雑把にアウトプットするだけのものらしい。
「グハハハ! 新成人で一番かはわからんが、俺は強いぞ? ところで、お前は誰なんだ?」
「カカカ! 俺はウルフィン! 猛き牙狼族の俊傑ダ!」
「あー! ダラス! 私この人知ってるです! オオカミ族戦士長のところの息子です!」
「そういうお前は……鎧熊一族の落ちこぼれのタヌキじゃねーカ! お前の兄貴達は皆、力強い戦士だったのに、一匹だけこぢんまりト……。しかし、ダラスに寄生とは、賢い立ち回りをしたもんだナ!」
「寄生なんかしてません! 私だって勇敢な戦士です!」
「貴様……。俺の仲間を侮辱する気か?」
ダラスがウルフィンを睨む。
(おお、ちゃんと言い返せているじゃないか。成長したな。シェリル。しかし、鎧熊一族か。獣人は親とは違う『科』の子が生まれることも珍しくはないというが、シェリルの家族は熊だったんだな……。いかん。種族の話に気を取られてしまった)
一触即発といった空気にも関わらず、テリエスはウルフィンとダラスの衝突よりも、シェリル……いや、獣人族の生態に関して興味を持ってしまったようだ。知能の高さゆえの探究心とバーバリアンゆえの愚直さが見事に空気の読めない男を生み出してしまったようだ。
「だったらどうすル? ヤルカ? 俺は構わねーゾ?」
余裕の笑みを浮かべて挑発するウルフィン。無言で立ち上がり、250cmの長身で見下ろすダラス。
「ふっ。小鼠が……」
そう言ってウルフィンの首へ右腕を伸ばす。
「速っ——グッ」
「お前も首が細いな? レッサーデーモンαは『ポキッ』だったか……お前からはどんな音が鳴るんだろうな」
片手でウルフィンを持ち上げる。オオカミ獣人としてはかなり大きいはずのウルフィンも、ダラスにとっては小人と変わらない。必死に抵抗するウルフィンの攻撃は、地に足がつかず腰も入っていないが、決して弱くはない。普通のモンスターであれば簡単に狩れるような威力だ。
しかし、残念ながらダラスは普通のモンスターではない。バケモノだ。それこそ、炎の壁を乗り越え、テリエスの斬撃すら受け切るタフネスを持つダラスには、ウルフィンの抵抗は心地よいマッサージ程度の感覚だ。
先ほど遠くで談笑していた身なりの良い二人が青い顔をしてこちらを見ている。どうやらウルフィンの仲間らしい。
「やめとけダラス。もう十分だろう」
白目を剥き、泡を吹き始めたウルフィンを見て、テリエスが制止する。
「グハハハ! すまんなテリエス。ちょっと持ち上げてやろうと思っただけなんだが……こいつに蹴られるのが気持ちよくってなあ! ついつい離すのを忘れていたぞ!」
「ゼェ……ゼェ……」
「この! ばかオオカミめ! 私は勇敢な戦士です! ふんふん!」
肩で息をしながら這いつくばっているウルフィンに容赦なく蹴りを入れるシェリル。
「まったく! 生意気な野郎だ! これでもくらえ!」
喧嘩が始まってから姿を消していたルーエンが突如現れて、ウルフィンの顔の前に異臭を放つ布を叩きつけた。
「ガアアアア! なんだこれはあああ!」
「ダラスのパンツだ」
ルーエンが叩きつけた布は、初日の探索終わりにダラスが履き替えたパンツだった。どうやらダラスの荷物はルーエンのマジックバックにしまってあったらしい。
「ガアアアア! ぐっ……ぐふっ」
虫の息だったウルフィンは気を失った。鼻の効くオオカミ族に、ダラスのパンツは刺激が強すぎたらしい。猛き牙狼族の俊傑にトドメを刺したのは、テリエスでもダラスでもなく、臆病者のルーエンが取り出した一枚の布であった。
「ルーエン……しまってください……くさいです」
「おお! すまんすまん! こいつは封印しないとな」
そう言って、茶色い布を摘んでマジックバックにしまうルーエン。顔の目の前に汚物を置かれたウルフィンほどではないが、鼻の効くシェリルにも多少ダメージが入ってしまったようだ。恐るべきダラスのパンツ。
「それ、食料と同じ場所に入れないでください!」
「あぁ、次回からはダラスのパンツはテリエスのカバンに入れないとな」
「グハハハ! 勇敢な戦士の汗がたっぷり染み込んだパンツは武器にもなるのか! やるなあルーエン!」
「ガハハハ! ダラスのパンツは『麻痺毒』なんかと同じカテゴリーに分類してしまっておくよ!」
「俺の作る薬が汚される気分だが……まあいい。これはもはや立派な毒であることが判明したところだしな」
「グハハハ!」
「ガハハハ!」
「あの……」
先ほどまでこちらを見ていた二人組がテリエスに声をかける。
「この犬、うちのパーティの仲間なんですけど……一応。連れて行ってもかまいませんか?」
「ん、ああ。すまんな。こんなになっちまって……」
「いえいえ! このバカが無礼を働いた結果ですので!」
「俺たちはダラスに喧嘩を売るなんて絶対辞めとけって言ったんですけど……」
「そうそう! 全部こいつが悪い! 命があるだけありがたい!」
この二人はダラスのことを知っているようだ。
「そうか。俺はテリエス。新成人で、誇り高きバーバリアンの剣士だ。よろしくな。俺たちは今、レッサーデーモンダンジョンから帰還したところだ。お前達は?」
「あ、俺はサイラス・エーベルハルト。俺たちも新成人です。俺は人間で、僧侶の洗礼を受けています。こっちはボルガン。虎獣人族のシーフです」
「ど、どうも」
(氏名……。人間の貴族か)
「俺たちは八等級のマンティコアダンジョンから帰還したところで」
「八等級ダンジョンを新成人の三人でクリアしてきたのか?」
テリエスが想像していたよりも、この三人は格の高いパーティだったみたいだ。新成人だけで組むパーティのほとんどは、十等級ダンジョンすらクリアできずに帰還する。中には、帰還自体できない者たちもいる。
「あ、はい。この青雑巾は……、さっきのを見たら信じられないかもしれないんですけど、結構強いんですよ」
「俺、こいつと同郷なんですけど、新成人の獣人族の前衛では一、二を争う実力ってのは間違いないはずですが——」
ボルガンはダラスの方をチラリと見ると、話を続ける。
「このザマです。ダラスには近づくなと念を押したんですけどね……。悪いやつじゃないけど、バカなんですよ」
「お前達はダラスを知っているみたいだな? ダラスはつい先日王都に着いたんだが」
「あ、はい! 俺とボルガンはまぁ、いわゆる『いいとこの坊ちゃん』ってやつで、成人前から交流があったんですよ。一応ダラスとも会ったことが何回かあって、それで……」
(なるほど。タヌカン族の族長も人間の爵位で言えば『男爵』ってことで、他種族の貴族とも交流があったということか。つまり、ダラスも将来的には貴族になるのか……。複雑な気分だ)
「それで、ガキなんて集まれば誰が強いみたいな話になるもんで、結局ダラスが勝つんですわ」
「まぁ、そのほかにもいろいろ……。そんなこんなで、『今年の新成人で一番強いのはバーバリアンのダラスだろう』ってのが、下級貴族連中の中では共通の認識でして」
「だから俺たちもダラスを見つけたらすぐパーティに誘おうと思ってたんですがね」
「このバカが暴走したんですわ」
笑いながらウルフィンだったものを軽く蹴るサイラス。
「ガハハハ! そういうことだったんだな」
(悪い奴らではなさそうだ)
「飼い主なら犬に首輪でもつけておいてくださいね!」
ダラスとじゃれていたシェリルが冗談を言う。
「シェリル。もう意地悪を言われた借りは返したか?」
「はい! ダラスのパンツが仕返ししてくれました!」
「ガハハハ! なら、こいつのことは許してやるか!」
「また意地悪言ってきたら、パンツを投げつけてやります!」
「ガハハハ! とのことだ。シェリルとダラスが許すなら、この話は水に流そうじゃないか」
「あ、ありがとう。恩にきるよ」
「これで新しい前衛を探さなくて済むぜ……」
本気か冗談かはわからないが、ダラスに絡みに行った時点で彼らは新しい前衛を探す予定だったらしい。
「それじゃあ、またな! 俺たちは三人だから、君たちとは合流できないが……。もし、タイミングが合えば、ダンジョンに誘ってもいいかな?」
「もちろんだ! 俺たちは強いぞ! ガハハハ!」
「ははっ。よろしくな。市民カードのIDを交換しておこう」
「ああ。よろしくな」
「じゃあ、気をつけて。武運を祈っておくよ」
そう言って、ボルガンがウルフィンを担ぎ上げると、二人は去っていった。
ふむ。また会えるといいな。
市民カードに新たに刻まれた二つの紋章を撫でるテリエス。
「よし、いくか!」
新しい出会いを経て、一行は帰還部屋を後にした。




