拘束
ルーエンが目をつけた通り、翡翠のネックレスが暴走に関係していたのだろうか。ネックレスを奪い取った瞬間、糸が切れた人形のように膝から崩れ落ちたダラス。
テリエスが警戒を緩めずに抱き起こす。
(良かった。呼吸している……)
心臓は脈打ち、呼吸も正常。どうやら意識を失っているだけのようだ。ダラスの命に別状がないことを確認し、ほっと胸を撫で下ろす三人。
「テリエス! 大丈夫ですか?」
「あぁ。俺は大丈夫だ。とにかく、一旦ダラスを拘束しよう」
「しかし、こんなんどうやって拘束するんだ? 縄も役には立たんだろう」
「俺に考えがある。俺の剣と盾、ダラスの大剣をこうして……」
ダラスの両腕を後ろ手に拘束し、都合の良い形をした柱にくくりつける。その腕の間にダラスの大剣とテリエスの剣、盾を組み合わせ、暴れようとした瞬間に刃が食い込むような形を作り上げた。
「おー! やるなあテリエス。んー、さすがに大丈夫だとは思うが、万が一を考えて……」
ルーエンはダラスの頭上に麻痺毒の入った瓶を十個ほど設置し、先ほどの剣と連結させ、暴れ出した瞬間にダラスの頭の上に麻痺毒が降り注ぐようなトラップを作り上げる。
「ガ、ガハハハ! さすがのダラスもこの量の麻痺毒を浴びたら暴れ回ることは難しいだろうな。正気に戻っているに越したことはないが、念には念を入れて正解だ。やるなあルーエン」
「ちょっとダラスが可哀想ですね」
「何言ってやがるシェリル! 俺たち死にかけたんだぞ! 危うくまたお漏らしをしちまうところだった!」
「してないですか?」
「してねえよ! 俺だって成人男性だぞ! そう何回も漏らすかよ!」
「ガハハハ! シェリル! あまりからかってやるな! ルーエンはあのダラスを前に硬直せず勇敢に戦っていたじゃないか!」
そう。あのグリーンスパイダーα戦のあと、テリエスとの訓練を重ねることで、ルーエンは完全に克服したとは言えないまでも、ある程度モンスターに対する恐怖に抵抗できるようになっていた。
「回復。テリエスは大丈夫ですか?」
「ああ。ありがとう。シェリルの回復のおかげでどんどん傷も癒えていく」
シェリルも前回のダンジョンで入手した『中級魔導書』を使い、強くなっていた。一日に火球を十回程度しか使えなかったシェリルのマナ量は、前回のダンジョン時と比べて二倍以上に膨れ上がり、初中級魔法『炎の壁』や中級魔法『炎の槍』まで使えるようになっていた。
「それに、あの炎の壁。ダラスの足止めができる水準の火力を出せるなんて……。相手がダラスじゃなければ完全に閉じ込められただろうな」
「ふんふん! あれでも手加減していたんですよ! ダラスの魔法耐性があそこまで強いって知っていたら、もっと火力を上げてやったのに!」
「ガハハハ! それは頼もしいな!」
「本当ですよー! まあ、最大火力の炎の壁を使っていたら、この後ダラスに回復を使うマナが残ってなかったと思いますけど……」
「シェリル。お前はよく頑張ったし、行動は最善だった。ダラスが起きてきて正常であったら、残りのマナで回復をかけてやってくれ」
「わかりました! テリエスもよくあれの相手をできたものです! すごいです!」
「ガハハハ! 何回も死にかけたが、どうやら俺の頭と胴体は仲が良いらしいな! 別れるのは嫌みたいだ!」
先ほどまで死闘を繰り広げていたテリエス達だったが、冗談を言い合えるほどには落ち着いてきたみたいだ。それに、ルーエンとシェリルはやはりテリエスが魔法を使うこと自体、さほど気にしていない。
魔法を使うバーバリアンなんか見たことがない。だが、ダンジョン探索をする料理人だって多くはないし、中級魔法を使える新成人のタヌキだって珍しい存在だ。
それぞれ何かを抱えている。だが、仲間として最も重要なのは、安心して背中を預けられる信頼があるかどうかだ。『バーバリアンらしさ』や『人間らしさ』などといった、種族の特性を重視する必要は、変わり者パーティのテリエス達には最初からなかった。
しばらく雑談を楽しんでいると、ダラスが目を覚ました。
「む、むむ!? 俺はなぜ縛られている!? ぐぬぬ?」
「ああ! ダラス! 無理に外そうとするな! 大変なことになるぞ!」
「ぐぬぬ? ルーエンか! 状況を説明してくれ!」
「あぁ、なんというか、お前が暴れたんだ」
「俺が暴れただと? どういうことだ」
「俺から話すよ。ダラス」
「テリエス……。グワアァ!」
ダラスが呻き声をあげ、苦悶の表情を浮かべる。
「大丈夫か!? ダラス!」
「頭が……痛いな」
「さっきまでのことを覚えているか?」
「……」
「俺を殺そうとしていたんだ……」
「……」
「もちろん、ダラスが正常ではなかったことはわかっている。何かに操られているようにも見えたが、お前は必死にその力に抵抗しようとしていた」
「だが……俺はその力に打ち勝てなかったんだな」
「……」
「はっきり……とは言えないが、覚えている。俺はテリエスを殺そうとしていた。テリエスが『魔法を使える』と聞いた時、頭の中で何かが騒ぎ出したんだ」
「どういうことだ?」
「わからん。ただ、頭の中で鳴り響いていたんだ『——知恵あるバーバリアンは、災いを招く』と……そして気づいたら、俺はテリエスに斬りかかっていた……」
「『——知恵あるバーバリアンは、災いを招く』だと?」
「なんだか不吉な話デスね?」
「あぁ。俺たちの目の前にどう考えてもインテリなバーバリアンがいるわけだからな」
「ダラス。それはどういうことなんだ?」
「継承の儀で聞いた。何やらバーバリアンの伝承にそういうものがあるらしい」
「そんな伝承が……」
テリエスはおっさんのことを思い出す。おっさんは「自分の身を守れるようになるまでは魔法がバレないようにしろ」とは言っていたが、多少知恵が回ること自体を隠すようなことは、言っていなかったはずだ。
(突然変異は王国の機関による研究対象だから、目立つべきではない……。そういう意味ではなかったのか?)
「そして、俺は命を受けた。『もし、テリエスが魔法を使い、それを他種族が知るようなことがあれば……斬れ』と」
「!?」
「テリエスを斬る気だったんですか!?」
「ダラスてめぇ!」
ダラスの言葉を聞き、シェリルとルーエンは臨戦体制に入る。
「待て、勘違いしないでくれ。戦士の名誉に誓おう。俺はテリエスを斬るつもりなど……さらさらなかった。本当だ」
「……」
「口ではなんとでも言えるさ!」
「ルーエン、シェリル。ダラスは嘘をついていない。勇敢な戦士が名誉に誓って言う言葉に偽りなどあるわけがない。バーバリアンとは……そういう生き物なんだ」
「テリエス……」
「テリエスがそういうなら、信じます」
「もう一度言おう。俺は親友を斬る気など最初からなかった。だが、知恵あるバーバリアンの災いは種族全体に襲いかかると聞いていた。テリエスを斬りたくない。村や他のバーバリアン達が苦しむのも嫌だ。俺はもうわけがわからなくなっていたんだ」
「ダラス。お前、そんな悩みを抱えていながら、俺に会いにきてくれたのか」
「俺には難しいことはわからん。親友の顔を見て、共に行動し、決める。それしか俺にはできん。まあ、テリエスに会ってからは、村で言われたことなどほとんど忘れていたんだがな」
「ガハハハ! ダラスらしいな!」
「街での、ダンジョンでの、仲間と一緒にいるテリエスを見て、俺は確信したんだ。『テリエスが災いなはずがない』と。テリエスを村に連れて行って、親父達に会わせてやれば、絶対にわかりあえると!」
「ダラス……」
「そこまでだ。その後気づいたら俺はテリエスに斬りかかっていた。抵抗しようとはしたんだが、頭に靄がかかったというか、血が上ったというのが近いか。俺の頭の中は『——知恵あるバーバリアンは、災いを招く』そして、『目の前の災いを始末しろ』……。この二つでいっぱいになってしまったんだ」
「そういうことだったのか」
「斬れ。テリエス」
「なんだと?」
「言いたいことは言い終わった。お前には俺を斬る権利がある」
「何をバカなことを言っているんだ! お前が俺を斬れなかったように、俺だって親友を斬ることができるわけがないだろう! ふざけるのも大概にしろ!」
「テリエス。俺はお前を殺そうとしたんだぞ」
「それが本心でないことは最初から知っていた! 本心であったとしても、俺がダラスを殺すなんてことはありえない! 親友をただ殺すなんていう、単純な選択に逃げるような者を戦士とは呼ばない!」
「!?」
「ダラス。成人の儀で戦った後、お前に『親友』と呼ばれて、俺は嬉しかったんだ。体が小さく、変わり者の俺を親友と呼んでくれる同年代の友人など、アイル村にはいなかった」
「テリエス……」
「長い付き合いではない。だが、俺たちはすでに二度、本気でぶつかり合ったんだ。短い。しかし濃密な付き合いだ。違うか?」
「……グハハハ! そうだなテリエス! 俺と本気でやり合って生きているのはお前だけだ!」
「ガハハハ! そうだろうダラス! 俺たちは仲間だ! わからないことがあれば、話し合えばいい! 気に入らなければ殴り合えばいい! 簡単じゃないか!」
「しかし、俺は不安だ。なぜあのようなことになったのか……見当もつかない。今回は止めてもらえたから良いが……残念なことに、俺は強い」
本気か冗談かはわからないが、ダラスの不安は否定しようのない事実だった。ダラスは強い。正直な話、もう一度ダラスが暴走した時に止められる確信は、テリエス達にはなかった。
ダラスは戦いが長引けば長くなるほど強くなる。戦闘に関する学習能力が半端ではない。次回ダラスと戦う時は、今回の続き……とは言わないまでも、それに近い状態がスタートだと考えると、簡単に制圧できるはずがないのだ。
「ダラス。冗談のつもりかもしれんが、本当にそれが問題なんだ。だから今、お前は縄でぐるぐる巻きになって、手首に刃が当てられている。暴れると『麻痺毒』が頭に降り注ぐようにもなっている」
「グハハハ! さすがは知恵のあるバーバリアンだ! テリエス! お前なら次の一手も考えているのだろう?」
「わかっているじゃないかダラス。これが何かわかるか?」
ダラスが身につけていた翡翠のネックレスをポケットから取り出し、テリエスが問いかける。
「これは……、旅立つ前にもらったものだ」
「タヌカン村の者にか?」
「呪術師長……。継承の儀を仕切っていたバーバリアンだ」
「ダラスが暴走している間……このネックレスが光っていたんだ。そして、このネックレスを奪い取った瞬間、ダラスの暴走は収まった」
「……」
「因果があるかはわからん。ただ、事実を羅列しただけだ」
「……」
「こいつは俺が預かっておく。おそらく、そうすればダラスは大丈夫なはずだ」
何かを考えた後、ダラスはポツリと語り出した。
「奴らは、テリエスを恐れていた。この俺を倒した、知恵のあるかもしれないバーバリアンを。そして、命じた。『テリエスが魔法を使えるバーバリアンであれば——問答無用で斬れ』と」
「……」
「もちろん俺は断ったさ。だが……グハハ……。まさか、こんなものでな……」
ダラスの笑い声に、いつもの力強さがない。二メートル五十センチを超えるダラスの巨体が、なんだか小さく見えるようだ。
「ダラス……」
「グハハハ! 俺は、ヤツに操られていたのか! 己、許さん! 許さんぞ! 今すぐ八つ裂きに——」
「ダラス! 落ち着け」
「これが落ち着いていられるか! 俺はテリエスを……。テリエスだけじゃない。シェリルとルーエンも傷つけるところだったんだぞ!」
「ダラス。俺はさっき言ったはずだ『事実を羅列しただけだ』と。お前の故郷のバーバリアン達に悪意があったか、お前を操ろうとしていたのか……。それはまた別の話だ」
「だがテリエス——」
「ダラス。何も考えずに殺す。戦う。俺は一番単純な方法に逃げるつもりはない。さっき言ったばかりじゃないか。違うか?」
「テリエス……」
「ガハハハ! ダラスはとことんバーバリアンだな! 数分前のことも覚えていないなんてな!」
「グ……グハハハ! 無茶なことを言うじゃあないかテリエス! 俺はバーバリアンの中のバーバリアンだぞ! 小難しいことを覚えていられるか!」
「ガハハハ!」
「グハハハ!」
「もう大丈夫そうだな!」
「おかげさまでな。恩にきるぞ、テリエス」
「とにかく、ダンジョンを攻略しよう。その後、タヌカン村に連れて行ってくれ。そして話し合おう。分かり合えるまで。ぶち殺すのは最終手段だ!」
「グハハハ! その通りだな! 脳筋と言われるバーバリアンだって言葉を持っている。持ちうる武器は全て使うのが偉大な戦士だ!」
「よし! そうと決まれば、ルーエン! ダラスの拘束を解いてくれ。麻痺毒が落ちないように慎重にな。それから、シェリル! ダラスに回復を頼んでいいか?」
「おう!」
「もちろんです!」
ルーエンとシェリルは手際良く任務を遂行する。ダラスの拘束は解かれ、ヴォル=ウーラの武具はそれぞれ持ち主の元に。シェリルの回復がダラスの傷を癒す。
「ひええ! もう治っちゃったですか!?」
「グハハハ! 俺は昔から健康なんだ! 傷の治りも早い」
「やっぱりバケモンですね……。でも、私が手加減してあげたからですよ! 本気の炎を打っていたら、今頃ダラスは黒焦げのバーベキューになってるはずです!」
「グハハハ! 気遣い感謝するぞ! 偉大な魔導士よ!」
「ふんふん! 怖かったんですからね! ルーエンなんかまたお漏らしですよ!」
「漏らしてねーよ!」
「グハハハ! 偉大な人間の偉大なお漏らしか! さぞかしご利益があるんだろうなあ!」
「漏らしてねーって!」
「ガハハハ! 仲が良いのは結構だが、そろそろ寝ようじゃないか。俺たちはダンジョンの中にいることを忘れたのか?」
「忘れてたです!」
「そうか、ダラスはダンジョンのボスじゃなかったのか!」
「十等級ダンジョンのボスがこれだったら誰も生き残れませんよ!」
「それもそうだな」
「ガハハハ! ダラス! 見張りを頼むぞ。賭けは覚えているだろうな?」
「賭け?」
「群生地で、どっちが多くのモンスターを狩れるか」
「ぐぬぬぬ。覚えている! 覚えているぞ! テリエス!」
「ガハハハ! 今日の俺の分の見張りはダラスに任せる! ゆっくり寝れそうだ!」
「俺は、寝込みを襲うかもしれんぞ……」
「大丈夫! ダラスは大丈夫だ! 俺を起こすなよ? じゃあな。おやすみ!」
「グハハ。おやすみ。テリエス」
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