バーバリアンの『神童ダラス』
少し話は遡る。
「あぁ。それから、事情があって隠していたし、これからもここにいるメンバー以外に開示する気は無いのだが……」
テリエスは、自身の秘密を仲間に開示するか、最後の最後まで悩んでいた。実際の時間はそんなに経っていない。だが、テリエスの脳内では『おっさん』の最後の教えが繰り返し再生されている。
『テリエス……成人するまで絶対に人に魔法を見せるな。成人してからもできるだけ隠せ。己の身を守れるようになるまで手の内を晒すな……これは冒険の心得だ』
(俺はおっさんほど強くはない……。自分の身を守れるとは胸を張って言い切れやしない)
『仲間を作れ。最高の仲間をな……』
(しかし、付き合いは短いが、勇敢で偉大な仲間達が、ここにはいる……)
『ガハハ……よくやったな、勇敢な戦士テリエス……お前は俺の誇りだ』
(……)
「俺は、魔法が使える」
……。
「なんだ、そんなことか」
ルーエンが口を開く。
「俺はなんとなく気づいていたよ。ただ、テリエスが隠しているみたいだから、知らないふりをしてやってただけだ」
「ルーエン……」
「私もです! グリーンスパイダーαと戦っている時のテリエスの剣から出ている炎は明らかに私のものとは異なっていましたからね!」
「シェリル……」
その後も話は続いたが、結局のところ、テリエスの告白に驚いた者は一人もいなかった。
ルーエンとシェリルは、テリエスが魔法を使えることにすでに気づいていたようだ。実際、興奮していたとはいえ、グリーンスパイダーαとの戦いは明らかにおかしかった。
バレない方が無理があったのだ。ルーエンに言われた「テリエスも所詮バーバリアンだな」という言葉が胸に突き刺さる。
テリエスは全力で偽装してきたつもりだが、甘かったようだ。今後はより気をつけなくてはいけない。等級が上がり、高難易度のダンジョンに挑むとなれば、信頼できる仲間以外ともパーティを組むことになる。
その時になって、魔法を使えることがバレないように、強くなるための努力と同様に偽装訓練の時間も増やさなくてはならない。
テリエス一人では、偽装の訓練は難しかった。自分では偽装できているつもりでも、客観的な指摘がなければ意味がない。しかし、今後は信頼できる仲間と共に訓練を積むことで、このテリエスの弱点を補強することは可能だろう。
(最高の仲間に出会えたよ。おっさん……)
心の中でテリエスは呟く。
(ダラスは……)
ダラスはテリエスを静かに見つめていた。何か言いたいことがあるのか。それとも、何か考えているのか。だが、決して悪いことではないだろう。
ダラスとテリエスの視線が交差する。ダラスは少し頬を歪ませ、口を開いた。
「グハハハ! テリエスよ! 素晴らしい仲間をもったな——」
ダラスの胸元にぶら下がる翡翠のネックレスがぼんやりと赤い光を発した。
——ヴォル=ウーラの大剣の側面がテリエスの体を捉える。
ガシャァン!
吹き飛ばされたテリエスが、食事を終えたばかりの食器を巻き込みながら地面を転がった。
「キャアアア! テリエス!」
「ダラス!?」
「……」
ダラスは何も言わない。ただ立ち上がって、冷たい目でテリエスを見ている。
「おい! ダラス! どうしたんだよ!?」
突然の狂乱に怯えるルーエン。なんとか声を振り絞り、ダラスを牽制するも、体が動かない。
「テリエス! 回復! 継続回復!」
シェリルがテリエスに駆け寄り、立て続けに回復魔法をかける。
「ガハッ! ダ……ダラス……」
不意にダラスの一撃を受けたテリエスは、まだ立ち上がれない。だが、シェリルの回復魔法によって意識を取り戻した。
(ダラ……ス……。何が……起き……た。俺は……剣で殴られたのか……。なぜだ……殺すつ……もりなら……刃を向け……られていたら……俺は死んでいた……はずなのに)
満身創痍の体、回らない脳みそをフル回転させる。剣の腹で殴られた。動けないテリエスに追撃する様子がない。ダラスが何をしたいのか、テリエスにはさっぱりわからなかった。
ただ、一つ確かなことがある。すでに瀕死のダメージを受けて、体が思うように動かないテリエス。いかにシェリルの補助があろうと、この武装したダラスには勝てない。それだけは本能で感じていた。
強烈な一撃を放ち、呆然と立ち尽くしていたダラスが、突如頭を抱えてしゃがみ込んだ。
その隙に、ルーエンとシェリルはテリエスの横に移動する。
「テリエス! 大丈夫か?」
「ああ。シェリルの回復が間に合った。もう戦える」
ダラスの追撃が来ない間に、テリエスの体は戦闘可能水準まで回復していた。
「これを!」
ルーエンがテリエスにヴォル=ウーラの剣と盾を渡す。
「炎付与! テリエス! ダラスはどうしたんですか!?」
テリエスの武器に炎を付与しながら、シェリルが問いかける。
「わからない……。何もわからない。ただ、ダラスの様子がおかしい。それだけはわかる!」
「そんなことは俺たちにもわかってるんだよ! なんでお前はこんな時にバーバリアンを出してくるんだ!」
「ガ……ガハハ! 俺はいつだってバーバリアンさ! もう一つだけ……ダラスには俺を殺す気などない!」
「そうです! ダラスはテリエスを斬らなかったです! テリエスに当たる直前に剣を捻ってました!」
「シェリル! よく見ていたな! これで考えがまとまった!」
テリエスが混乱していたのは、今のダラスは殺すべき相手なのかどうか……だった。本気で戦っても勝てるかどうかわからない相手だ。方針に迷いがある状態では、相手にもならないだろう。
だが、今はもう迷わない。少なくともダラスはテリエス達を殺すつもりはない。ならば、答えは明白だ。
『拘束』
これがテリエス達のミッション。
「シェリル! ルーエン! ダラスを殺してはいけない! 拘束……とにかく動けなくするんだ!」
「りょ……了解だ! こんな化け物、どうすればいいかわかんねえけど、とにかくやってみる!」
「テリエス! もう一度継続回復を!」
ダラスはまだ頭を抱えている。今なら拘束できそうだ。
「加速! 強化! 俺が押さえつける!」
もう隠さない。堂々と強化魔法を使ったテリエスがダラスに突っ込む。翡翠のネックレスがぼんやり光る。
「うがあああ!」
ダラスは近づくテリエスに向かってヴォル=ウーラの大剣を勢いよく振り回したが、空を切る。まるで成人の儀の再現だ。ダラスの攻撃はテリエスに当たらない。
だが、『当たれば即死』のプレッシャーは、テリエスの気力を想像以上に削った。
「ウガァア!」
またしても追撃せずに、頭を抱えるダラス。
「ダラス! どうしたというのだ!」
頭を抱えながら、一瞬テリエスの方を向いたダラスと、目が合う。
「テリ……エス……逃げろ……俺、が、は……」
要領を得ないダラスの言葉だが、テリエスを案じていることだけはわかる。間違いない。ダラスの攻撃は本人の意思ではない。
何かがダラスを操り、ダラスはそれに抵抗しているのだろうか。
「ダラス! 何があった! 何がお前を——」
「——グ、ガァァァァアアア!!」
ダラスの絶叫がテリエスの言葉をかき消した。
頭を抱えていた両腕が、ゆっくりと下がる。
その手がヴォル=ウーラの大剣を握り直した。
「……ダラス?」
返事はない。
先ほどまで苦痛に歪んでいた表情は消えている。
ただ、獲物だけを見据える獣のような目が、テリエスを捉えていた。
(……来る!)
瞬間、ダラスの巨大な両足が地を蹴った。
「なっ——!?」
速い。
あの巨体からは想像もできないほど速い。一瞬でテリエスとの間合いを潰し、ヴォル=ウーラの大剣を横薙ぎに振るう。
「くっ!」
テリエスは身を沈める。
頭上を大剣が通過した。
ブォン!!
ただの空振り。
それだけで、髪が引き千切られそうなほどの風圧がテリエスの頭を叩く。
(馬鹿げている……!)
成人の儀からはまだそれほど経過していない。ダラスが突然強くなったわけではないのだろう。
ただ、武器の練度が異常だ。おそらく、素手での戦闘はダラスにとって得意とするところではなかっただけなのだろう。
テリエスの身の丈ほどある大剣を空振りし、体勢を崩したダラスへ、テリエスが踏み込む。
(拘束する。殺してはいけない。まずは剣を持つ右腕を——)
「うおっ!?」
掴めない。
ダラスは振り抜くはずだった大剣を、無理やり途中で止めた。
そのまま柄を返す。
「——ッ!」
ヴォル=ウーラの柄がテリエスの盾を叩いた。
ドォン!!
盾ごと左腕が跳ね上がる。
足が地面から離れた。
(重い……!)
テリエスは確かにヴォル=ウーラの盾でダラスの攻撃を受けたはずだ。
それなのに、テリエスの体は数メートル後方まで吹き飛ばされていた。
「テリエス!」
「大丈夫だ! 来るな! 咆哮!」
ダンジョンにテリエスの叫び声が響く。
(ダラスの狙いは俺だ……だが万が一、ルーエンやシェリルに刃が向かってしまえば、止める手立てがない)
地面を転がりながら叫ぶ。どんな強敵を相手にしても、咆哮を使ったヘイト管理を最優先する。それは盾持ちバーバリアンとしての強みだろう。
(何が紙一重の実力だ……。次に戦えばどちらが勝つかわからない? 俺は、こんな化け物にどうやって勝ったと言うのだ!?)
テリエスはダラスの方を向き直す——。
巨大なバーバリアンはすでに目の前に来ていた。
(速すぎる!)
巨体に怪力。そんなバーバリアンとは何度も戦ってきたし、テリエスはその全てを倒してきた。
しかし、ダラスは違う。そもそもの膂力がその他の同胞とは比べ物にならない水準な上、動きが速い。
そして何より——上手い。
振り下ろされた大剣をテリエスが紙一重でかわす。
即座に返された斬撃。
さらに一歩。
逃げた方向へ、先回りするように大剣が振るわれる。
(俺の動きを読んでいる……!)
成人の儀とは違う。
テリエスが強化と加速をはじめとする魔法の練度を上げてきたように、ダラスは幼い頃から武器による戦闘術を磨いてきたのだろう。
素手同士の時とは明らかに戦い方が違っていた。
「雷玉!」
初めて実戦で使う雷魔法はダラスに直撃したが、一瞬動きを止める以上の効果はなかったようだ。巨大なバーバリアンはテリエスに向かって突進してきた。
(くっ! 魔法耐性まで……。イカれてやがるな! ダラス!)
しかし、速さだけを取ればテリエスに分がある。圧倒的なパワーとタフネス。攻撃を受けてもガンガン前に出てプレッシャーをかける。それがダラスの強みだ。
今も気がつけば、ダラスはテリエスの前で大剣を振り上げている。
『振り下ろし』
大剣スキルが発動。間一髪で避けたテリエスの立っていた場所には巨大な斬撃痕。
(これを盾で受け流すのは無理だ! 新成人のバーバリアンがここまで強いなんて話は聞いたことがないぞ! 『神童』……か……っ!)
低く見積もっても、6等級。
テリエスは6等級の探索者が本気で戦う姿など見たことがない。だから比較が正しいのかどうかすらわからない。
だが、少なくともこのダラスであれば、あのダンジョンスパイダーαを単独で討伐することすらわけもないだろう。
(これが……武器を持ったダラス……!)
土煙の向こうにいたはずのダラスが消えた。
「テリエス! 後ろです!」
「——ッ!」
シェリルの声。
テリエスは考えるより先に地面を蹴った。
直後、大剣が先ほどまでテリエスの首があった場所を通り過ぎる。
(まずい……)
勝てないことなど、最初からわかっている。
だが、拘束すらできない。
近づけない。
ダラスに触れることすらできない。
「ガァァァァ!!」
大剣の連撃をかわす。
一撃。
二撃。
三撃。
徐々に追い詰められていく。
(このままじゃ……)
テリエスは歯を食いしばった。しかし、打開策が思い浮かばない。テリエスの攻撃も魔法も当たっている。殺すつもりのない攻撃とはいえ、炎が付与されたヴォル=ウーラの剣による傷でダラスもダメージを受けているはずだ。
しかし、ダラスの動きは全く鈍くはならない。むしろ、徐々に動きが良くなっている。
(まさか、まだ戦いに適応しているのか。これ以上強くなるというのか)
テリエス達を絶望が包み込む。
(本当にダラスを拘束することなどできるのか……。このままでは、全滅だ……。これはもう——)
テリエスが最悪の事態を想像しかけた時——。
「テリエス!」
ルーエンの声が思考を遮った。
「なんだ!」
「首だ! ダラスの首!」
「首!?」
「違う! ネックレスだよ!」
ルーエンが指を差す。
ダラスの胸元。
激しい戦闘の中で揺れる、翡翠のネックレス。
赤い。
「最初はあんな色じゃなかっただろ!?」
「……!」
テリエスの脳裏に、直前の光景が蘇る。
ダラスは笑っていた。
『グハハハ! テリエスよ! 素晴らしい仲間をもったな——』
そして——。
翡翠が赤く光った。
その直後だ。
(あれが光ってから、ダラスは俺を攻撃した……?)
偶然。
その可能性はある。
根拠など、それしかない。
だが——。
(試す価値はある!)
「目標変更! ダラスじゃない!」
テリエスは炎を纏った剣を構え直す。
「狙うのは——あのネックレスだ!」
「無茶言うなよ! どうやって近づくんだよ!」
「それを今から考える!」
「だからこんな時にバーバリアンになるなって言ってるだろ!」
「ガハハハ!」
「笑ってる場合か!」
……。
『そしてな……何か困ったことや気まずいことがあったら、とにかくガハハ! と笑え!』
ピンチになるといつだってテリエスはおっさんの教えを思い出す。「ガハハ!」と笑い飛ばせば、大抵のことはどうにかなる。
ルーエンがヒントを見つけてくれた。この状況だって乗り越えられるはずだ。
「シェリル!」
「はい!」
「一瞬でいい! ダラスの動きを止められるか!?」
「やってみます!」
シェリルの構える杖に、マナが集まる。
「——『炎の壁』!」
ゴォォォォォ!!
地面から噴き上がった炎が、ダラスの周囲を囲んだ。
炎の壁。
人間なら近づくことすらできない熱量。
退路を塞ぎ、敵の動きを制限する中級の炎魔法。
「よし!」
ルーエンが声を上げる。
しかし——。
「ウガァァァァァ!!」
「えっ!?」
ダラスが炎の中から飛び出した。
燃えている。
髪も、装備も、肌も炎に包まれている。
それでも止まらない。
「効いてないですー!?」
「いや!」
テリエスは見逃さなかった。
ダラスが炎を突き抜ける、その一瞬。
ほんのわずかに足が止まった。
「今だ!」
「おう!」
テリエスではない。
動いたのはルーエンだった。
弓を構える。
鏃には——麻痺毒の入った小瓶が括り付けられている。
『麻痺毒はいつ使うのだ?』
ダラスの言葉を思い出す。
「はは! 今だよ! 食らえ! 化け物!」
ルーエンの放った麻痺毒付きの矢が、ダラスの右肩にぶつかり、弾けた。
「グッ……!?」
ダラスの動きが鈍る。
止まらない。
それでも——遅くなった。
「テリエス!」
「十分だ!」
加速と強化によって引き上げられた身体能力。
それでも、テリエス一人の力ではダラスを止めることすらできなかった。
だが、シェリルの炎とルーエンの麻痺毒で動きが鈍った今なら——。
「ダラス!」
大剣の内側へ潜り込む。
ダラスの左手が伸びる。
テリエスの首を掴もうとする巨大な手——。
(遅い!)
それより先にテリエスの右手が、赤く輝く翡翠を掴んだ。
「うおおおおおお!!」
力任せにネックレスを引きちぎる。
赤く輝く翡翠のネックレスが、ダラスの胸元から離れた。
……。
糸の切れた人形のように、ダラスはその場で崩れ落ちた。
【wiki風 設定資料】
https://kakuyomu.jp/works/11054822663939124788
市民等級についてや、物価、種族ごとの死生観などを記載した設定資料集です(カクヨムに飛びます)。
疑問が浮かんだら、目を通してみてください。




