告白
初めてのダンジョン。初めてのモンスター。そして、初めての勝利。
それにもかかわらず、ダラスは落ち着いていた。
(あれがレッサーデーモンか。首が細いな。軽く力を入れればポキッだ)
ダンジョンでは常に危険が伴う。油断はできない。しかし、おそらくレッサーデーモンの攻撃では、不意をつかれたところでダラスが致命傷を負うことはなさそうだ。
(しかし、あれだな。『麻痺毒』とやらはどのタイミングで使うのだ?)
「テリエスよ」
「なんだ?」
「『麻痺毒』とやらはいつ使うんだ?」
「ガハハハ! 本当はレッサーデーモンに気づかれる前に『麻痺毒』を使って動きを止めるんだ。そうすれば少なくとも空を飛ぶことができなくなる」
「ほう?」
「だが、ダラスのせいで『麻痺毒』が無駄になってしまったな! 俺も初めて相手にするモンスターだ。警戒するに越したことはなかったが……。あれが基本なら問題なさそうだ」
「グハハハ! 俺とテリエスが前衛を務めていれば、あんな首の細い敵に負けることはないだろう!」
「ガハハハ! 頼もしいぜ!」
(ふむ。あの程度の敵でさえ、準備を怠らないのか。テリエスはやはり慎重だな)
ダラスは訓練を怠らない。タヌカン村でも誰より早く起き、誰よりも遅くまで訓練を続けていた。また、食事も睡眠もたっぷり取ることが強くなるために重要であると教わってからは、それすらも徹底していた。
しかし、強くなるための準備を怠らない戦士は、敵の弱点を前もって調べたり、相手を弱体化させる手を考えるようなことはしなかった。
その時使える武器で戦う。そのために強くなる。弱い者は死ぬ。それがバーバリアンだ。
(死を恐れてはいない。勇敢に戦って死ぬのであれば、神の祝福を受けられる。だが、この世界で長生きするのは、テリエスのようなやつなのだろうな)
どちらが正しいというわけではない。しかし、強い奴が生き残るのではなく、生き残った奴が強く勇敢である。そう考えるのであれば、敵を調べ、戦う前から勝つための準備をすることも、一つの強さなのだろう。
神童ダラスは本能で感じ取る。しかし、言語化し、記憶する力が皆無だ。
(むずかしい……。頭が痛くなってきた)
バーバリアンのダラスにこれ以上のことを考えさせるのは酷だ。
◇
質屋で購入したマップによると、レッサーデーモンダンジョンは五つの階層で成り立っている。ダンジョン探索の初日は二階から三階へ向かうゲートの前で野営することになった。
本来10等級のダンジョンというのは、テリエス、ルーエン、シェリルの三人で余裕でクリアできる難易度だ。それに加えてダラスまで仲間にいるのだ。そう簡単にピンチなど訪れない。
群生地も六つほど潰し、ドロップした魔石も相当の量だ。ダンジョン一階と二階の魔物はほぼ狩り尽くしたと言っても過言ではない。
グリーンスパイダーダンジョンの時と同様、通常の初心者パーティであれば脅威となる群生地も、テリエスらにとっては上等な狩場に過ぎない。
シェリルが探知した群生地には、二十八体のレッサーデーモンがいたが、決着は一瞬でついた。
ルーエンの構える矢の鏃に大量の『麻痺毒』をくくりつけ、中心に火薬を仕込む。
広いホール状の群生地の中心。その天井に向かって放たれた『火薬入り麻痺毒』は、時間差で発動するシェリルの火炎魔法で爆発し、拡散。
空を飛んでいたレッサーデーモンも、そうでないものも、『麻痺毒』にさらされてスタン状態に陥る。
ここまできたらあとはもう、一方的な狩りと変わらない。
シェリルの『炎付与』をテリエス、ダラスの武器に付与し、二人が駆け出す。
「グハハハ! どちらの剣が多くの魔物を斬り裂くか、勝負といこうじゃないか!」
「ガハハハ! 望むところだ! 負けた方が今夜の見張り番を一回多くやろう!」
「グハハハ! 乗ったぞ!」
そんな軽口を叩きながら、すでに合わせて五体のレッサーデーモンが息絶えている。
(なるほど。これが『麻痺毒』か。楽なもんだな。しかし、こんな戦闘を繰り返していたら、いつの間にかボケてしまいそうだ)
そんなことを考えながら、ダラスは八体目のレッサーデーモンを叩き潰す。
(シェリルの炎付与も良い。特に威力不足は感じていなかったが、これは……温かい。ポカポカだ! むっ。付与が切れたか)
魔力を通しやすいヴォル=ウーラの大剣とはいえ、戦闘中、ずっと炎付与を保ち続けることは難しいようだ。
(む? テリエスの剣はまだ燃えているのか……まあいい! テリエスはすでに十体以上討伐しているようだ。このままでは負けてしまう!)
周りから見ていればくだらない話だが、バーバリアンというのは得てして負けず嫌いだ。ちょっとした勝負事でも簡単には負けられない。
結局、テリエスが十二体、ダラスが十体、残りのレッサーデーモンをルーエンとシェリルが討伐した。
「ガハハハ! ダラス! 今回も俺の勝ちみたいだな!」
「ぐぬぬぬ。テリエス! 次の群生地でも勝負をしようじゃないか。今度は俺のこの腰布を賭けるぞ!」
「ガハハハ! ダラスよ! そんなものを賭けられたら、俺はわざと負けるしかなくなってしまうじゃあないか!」
「グハハハ! こいつは上等な代物なんだが、確かにテリエスとはサイズが合わなそうだ。次の群生地を見つけるまでに、別の賞品を考えなくてはな」
(む? テリエスの剣、まだ燃えているのか。俺のはすでに消えているのに)
ヴォル=ウーラの大剣の刃を撫で、背負い直す。
(ふむ。温かい。ポカポカだ。これはいいな)
別に寒がりというわけではないが、担いだ大剣が熱を帯びている。シェリルの炎が生み出す暖かさは、ダラスにとって心地の良いものであった。
◇
素早く野営の準備をし、ルーエンの作った食事を楽しむ。今日のメニューは〜〜〜だ。
(聞いてはいたが、ダンジョンでもこんな飯が食えるとは。宿で出てきた飯よりは数段劣ると予想していたが……いやはや)
ルーエンの作った食事に夢中になってかぶりつく一行。全員分取り分けても余ったシチューを鍋ごともらい、五個目のパンで底にへばりついた最後の一滴を拭って食べ終わると、ダラスの体になんともいえない快楽が走った。
(こ……これは?)
「どうした? ダラス。口に合わなかったか?」
心配したルーエンが声をかける。
「いや、なんか、変な感じがするんだ」
「ガハハハ! ダラス! これがルーエンの飯だ!」
「どういうことだ?」
「昼にシェリルが使った回復の感覚に似ていないか?」
昼間の出来事を思い出す。
◆
レッサーデーモンの攻撃なんて、ダラスにとってはかすり傷だ。しかし、そのかすり傷が増えてくると、心配したシェリルが回復魔法を使い出した。
「——回復」
「んが?」
「ダラス! いくら頑丈だからって、こんなに傷だらけだと、病気になっちゃいますよ!」
「グハハハ! すまないなシェリル! こんなものは唾をつけておけば治るのだが……礼を言うぞ!」
「ダラスが病気になったら、そのおっきい体を誰が運ぶんですかー!」
ポカポカ
「グハハハ! レッサーデーモンより先に、コダヌキにやられてしまいそうだ!」
「誰がコダヌキですかー! ふんふん!」
ポカポカ
◆
(ふむ)
「確かに、体の内側から温まる感じ……似ているな」
「これはまだ推測だが、ルーエンの飯をダンジョンで食べると、体力の回復速度が上がっている気がするんだ」
「!? そんなこと……聞いたことがないぞ!」
「おそらく、一定のスキルを持った料理人をダンジョンへ連れて行くような冒険者がこれまで多くなかったのだろう」
「なぜだ!? ダンジョンで美味い飯を食えると嬉しいじゃないか!」
「ダラス。俺は王都に来てから、この数日で気づいたことがあるんだ」
「なんだ! もったいぶらずに言ってみろ!」
「バーバリアン以外の種族は、確かに読み書きもできるし、記憶力も良い。だが、こと思考力に関しては、そこまで柔軟ではないらしい」
「どういうことだ!?」
「バーバリアンもその他の種族もさほど変わらんということだ」
「なるほど!?」
「強い戦士、強い魔法使い、強い神官。強い奴らだけを揃えればダンジョン攻略が進むと思っている。そんな文化が王都にはあるみたいだ」
「……」
「それで、俺は王都に来てすぐにパーティを組めなかったんだが……。おかげで素晴らしい仲間と出会えた」
「……」
「ルーエンは探索者を引退しているところをスカウトしたわけだし、シェリルは俺と同じように、爪弾きにあってパーティを組めずにいた」
「なるほど」
「ガハハハ! まあ、ダラスはどこへ行っても引っ張りだこだろうな!」
「グハハハ! それはそうだが、確かに目に見える強さだけを重視するのであれば、バーバリアンと変わらんな!」
「そうだろ? だからこそ、まだまだ世間には知られていない成長の余地があるに違いない! 俺はバーバリアンも、人間も、獣人も、ドワーフも、エルフも、種族特性や戦闘職業だけでなく、ダンジョンで活躍できる何かを持っていると踏んでいる!」
「ふむ。長耳のエルフもか……」
「ダラス! 種族で個人を判断するのは最も愚かな行為だ! 今に見ていろ! 最高の仲間たちと一緒に、一等級の探索者になって、この世界の常識をひっくり返してやる!」
唐突に夢を語り出すテリエスを見て、三人は少し驚いていた。バーバリアンにも、人間にも、獣人にも、こんな考え方をする奴は、今まで見たことがなかった。
しかし、その最小単位……パーティメンバーとして、今ここでその夢の中心にいる彼らには、テリエスを笑うことなどできなかった。
「ルーエン! シェリル! ……そして、ダラス! その時、俺の隣にいるのはお前たちだ! 頼りにしているぞ!」
曇りない瞳で仲間を見つめるテリエス。シェリルとルーエンは、自分たちに、そんな大層な役割が務まるかと不安を覚えながらも、悪い気はしないようだ。
ダラスはというと。
(テリエス……。テリエスは、俺の一歩先どころか、どこまで先を行くのだろう。単純な戦闘能力の差はほとんど無い。だが、リーダーとしての器は段違いだ。俺はαバーバリアンだというのに……)
αバーバリアンという概念が頭に浮かんだ瞬間、ダラスが忘れかけていた一つの任務を思い出す。
『テリエスがもし、魔法を使い、それを他種族が知ってしまったならば……』
(問題ない。テリエスは魔法なんか使っていなかった。肉体強化で強化された肉体は独特な動きをしているが、個性で片付けられる範疇だ)
しかし、誰も指摘していない、最大級の違和感が目の前に放り出されていることに、ダラスは気づいてしまった。
「なあ、テリエス。その剣はいつまで燃えてるんだ?」
「え?」
「俺の大剣の炎は、戦闘の途中では消えてしまっていたぞ」
「そうなんですか!? テリエスの剣と同じ素材だから、意図的に消すまでは火が消えないものと思っていたのですが……おかしな話ですね?」
「まぁ、テリエスとダラスの剣では同じ素材でも、効果が異なるだけじゃないか? よくある話だろう!」
ルーエンが何やら焦った顔をしてフォローしているが、一度目が覚めたα個体……ダラスの違和感を拭うことなど、できはしなかった。
「ヴォル=ウーラの武具の効果は決まっている。その中に、付与された魔法の永続……。そんなものは無かったはずだ」
「……」
先ほどまで、夢を語っていたテリエス。そして、美味しい食事を楽しみ、笑っていた三人に、何やら緊張が走っていた。
「ふう。ダラスの言うとおりだ」
優しい笑みを浮かべながら、テリエスは答えた。そして、覚悟したように、三人へ問いかける。
「一つ確認させてくれ。俺はお前たちを本当の仲間だと思っている。お前たちはどうだ?」
「もちろん! テリエスは私の仲間です! ルーエンも! ダラスも!」
普段は声の小さいシェリルだが、精一杯の大きな声で即答する。尻尾がパタパタしているが、本人は至って真面目だ。
「ははっ! 『仲間じゃねえ』なんて言ったら食われちまいそうだな。……笑えよ。冗談だろ! 仲間に決まってるさ!」
緊張する空気を和ませようとしたのか、冗談を言いながらルーエンも答える。
「グハハハ! テリエス! 俺は出会ったあの日から、お前のことは永遠の親友だと、そう思っているぞ!」
ここまでくれば、テリエスが魔法を使える知恵のあるバーバリアンかどうかなど、ダラスには関係なかった。
ただ、真実を知りたい。
それだけだった。
……。
「ガハハハ! 三人ともありがとうな! 俺たちは最高の仲間だ!」
大声で笑いながら上を向くテリエスの頬には一雫の何かが光っていたが、それをからかう者はいなかった。
「ふぅ。俺の剣が燃え続けているのは、シェリルの炎付与で発生した炎に、俺がマナを流し続けていたからだ」
「そうでしたか……。さすがにエピック武器の効果にしては便利すぎるとは思っていたのですが」
「あぁ。それから、事情があって隠していたし、これからもここにいるメンバー以外に開示する気は無いのだが……」
テリエスは拳を強く握り、唾を飲み込む。そして、三人の方をしっかりと向いて口を開いた。
「俺は、魔法が使える」
……。
沈黙。
それぞれ思うところがあるはずだが、テリエスを見つめる三人の目には、恐怖も焦りも、驚きもなかった。
「なんだ、そんなことか」
ルーエンが口を開く。
「俺はなんとなく気づいていたよ。ただ、テリエスが隠しているみたいだから、知らないふりをしてやってただけだ」
「ルーエン……」
「私もです! グリーンスパイダーαと戦っている時のテリエスの剣から出ている炎は明らかに私のものとは異なっていましたからね!」
「シェリル……」
「まったく。隠したいんだったら、もっとちゃんと隠せ! 『他種族もバーバリアンと変わらん〜』なんて言ってたが、所詮はバーバリアンだな! テリエス!」
「ガハハハ! そうか! 隠しきれているつもりだったんだが……俺も所詮はバーバリアンだったか! ガハハハ!」
「テリエス! 魔法が使えるからって、私がもらった魔導書はもう使えませんよ! 私が使っちゃいましたからね! テリエスが大事なことを隠していたおかげで得しちゃいましたね!」
「ガハハハ! バレてしまったのであれば、惜しいことをしたなあ! しかし、シェリルの魔力が増えれば俺たちのパーティ全体が強くなることは変わらん! 得したのは俺も一緒だ!」
「ふふふ」
「ははは!」
「ガハハハ!」
三人のやり取りを、ダラスは温かい目で見守っていた。
(テリエス。本当にいい仲間に出会えたんだな……。うむ。テリエスが災いを生むなんてことは……決して無い!)
勇敢な戦士たちがお互いを称え合い、思い合う中で、親友に斬りかかるなんてのは偉大な戦士どころか、ただの外道だ。
(俺は断言できる。テリエスは……問題ない。いや、バーバリアンの希望を背負って立つ器であると!)
テリエスを斬る選択肢など、もともと持っていなかったとはいえ、やはり不安だった。親友とバーバリアン族全体を天秤にかけた時、自分がどう動くかなんて、ダラスにもわからなかった。
だが、テリエスとともに飯を食い、戦い、語り合ったダラスに、もう迷いなどなかった。
(ダンジョンを攻略したら、一度テリエスを村に連れて行こう。親父に会わせよう。テリエスと会えば、絶対にわかりあえるはずだ。勇敢な戦士が二人。分かり合えぬ理由など、何もない)
「グハハハ! テリエスよ! 素晴らしい仲間をもったな——」
継承の儀の終わり際に、呪術師長から受け取った『翡翠のネックレス』が微かに光を放つ。
『——知恵あるバーバリアンは、災いを招く』
ドクンッ
ドクンッ
ドクンッ
ガシャァン!
「キャアアア! テリエス!」
……。
俺は、親友に斬りかかっていた。
【wiki風 設定資料】
https://kakuyomu.jp/works/11054822663939124788
市民等級についてや、物価、種族ごとの死生観などを記載した設定資料集です(カクヨムに飛びます)。
疑問が浮かんだら、目を通してみてください。




