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レッサーデーモン

「ンゴ……」


「ダラス! 朝飯の時間だぞ!」


 朝露の匂いが部屋の中まで漂い、小鳥の鳴き声が聞こえる。


(朝か……)


 ダラスは声の主へ目を向ける。


(こいつは確か……ルーエンか)


「グハハハ! ぐっどもおにんぐだ! ルーエン!」


「はは! 朝から元気そうだなあ! 朝飯も期待していてくれ! さっさと飯を食ってダンジョンに向かおうぜ!」


「うむ!」


 人間の顔を覚えるのは難しい。


 しかし、同じパーティの仲間になったのだ。


(仲間の顔を覚えられないのは、偉大な戦士とは言えない。努力せねば)


 ……。


(いや、俺が特別おかしいわけじゃない)


 人間は皆、同じような体型、同じような顔に見えるのだ。


(多分、筋肉が足りないんだと思う)


 ……。


(まあいい。飯だ)


◇


 飯を食い終わり、手荷物の確認をしていると、すぐにテリエスに呼び出された。


「ダラス! 準備はできているか?」


「うむ! 今すぐにでも出られるぞ」


「よし! ならば早速出発だ!」


「グハハハ! お手並み拝見させてもらうぞ!」


「ガハハハ! 期待していてくれ!」


 『鉄盾の休息』を出て、そのまま大通りをずっと行けば神殿だ。


 昨日は結局、宿を見つけてすぐにテリエスと再会したため、ダラスはあまり街を見ていなかった。


 神殿に向かう途中の大通りは、見たこともない野菜や、うまそうな匂いのする赤い肉、果物を潰した汁を瓶に詰めたものを売っている露店でいっぱいだ。


(こんな朝早いというのに。王都の奴らは働くのが好きみたいだな)


 物珍しそうに周囲を眺めているうちに、前を歩く三人との距離が開いていた。


(おっと。周りを見ていたら、三人と逸れるところだった)


 テリエス、ルーエン、シェリルの三人が道を知っているため、ダラスはついて行っているだけだ。


(集中してついていかねば、迷子になってしまう)


 ……。


(しかし、ルーエンの作る朝飯は美味かった。特に、『猪肉のバーバリアン風』などと言っていた、でかい肉。歯応えがあるのに柔らかく、噛めば噛むほど味が出る。野生的な味わいがありつつも、上品な逸品だった)


 戦闘時以外のバーバリアンなんて、飯のことか訓練のことしか考えていない。α個体のダラスですら例外とは言えず、気がつけば三人ははるか先を歩いている。


(ぐぬぬ。また三人を見失うところだった。注意せねば)


◇


 やがて、巨大な建物がダラスの目に飛び込んできた。


(ここが、神殿か。デカいな)


 もう一度全体を見渡す。


(白いな)


「どうした? ダラス。何を見ている?」


「デカくて、白いなと」


「ああ、そうだな! 中に入ろう!」


「グハハハ!」


(デカいとは思ったが、想像以上に中も広いな)


 ダラスが辺りを見回していると、受付にいる神官の様子がおかしいことに気づいた。


(ん?)


 どこか怯えているように見える。


 その視線の先にいるのは——テリエス。


(なぜだ。なぜテリエスを……)


「ガハハハ! おはよう神官どの! 先日は良い飲みっぷりだったな!」


「あ、テリエスさん。お、おはようございます」


「酒乱の神官さんです!」


「シェリル! 失礼なことを言うな! この人は疲れていたんだよ!」


「あ、あはは。先日は、ごちそうさまでした」


「ガハハハ! いい宴だったな!」


「あ、あはは」


(何やら不思議な関係だ)


「知り合いなのか?」


「裸の関係です!」


「シェリルさん! 誤解を招く言い方はやめてください!」


「そうだぞシェリル。神官さんは脱いでいない。脱ごうとしただけだ」


「ルーエンさんも!」


「ガハハハ! 良い飲みっぷりだったなあ!」


「もう! 今日は何しに来たんですか!?」


(ふむ)


 そこでダラスは思い出した。


 テリエスが全裸でバーバリアンダンスを披露したという宴の話を。


「ああ! 噂の鑑定士殿だな!」


「噂になってるんですか!?」


「グハハハ! 俺はあまり物覚えが良くないんだが、その話はしっかり覚えているぞ。みんな話していたなあ!」


「うう、もう飲みにいけない……」


(なるほど。さっきの目つきは、テリエスのテリエスを鑑定している目つきだったか)


 テリエスを怯えたような、いや、気まずそうな目つきで見つめる神官の姿を振り返る。


(グハハハ! すけべえな神官殿だな!)


「ガハハハ! して、神官殿! ダンジョン申請を進めてもらって良いか」


「あ、はい。こちらの用紙に記入を……。ところでこの大きなバーバリアンは?」


「ダラスだ!」


「あぁ! あの、テリエスさんが成人式で戦ったという」


「そうだ! 勇敢な戦士だ!」


「へぇ。本当に大きいですね。テリエスさんが『俺の二倍は体がでかい!』なんて言っているから、さすがに盛りすぎだと思っていたんですが……」


「?」


「本当にテリエスさんの二倍くらいありそうですね」


「神官殿」


「?」


「すけべえだな」


「!?」


 確かにダラスはモテる。


 事実、同世代のメスどもは、皆ダラスに惚れていた。


 強い戦士の子を成すのが、バーバリアンの本能だからだ。


 同郷のグロリアスもモテていたが、ダラスほどではなかった。


(しかし、まさか人間にまでモテてしまうとは、想像もしていなかった)


 ……。


(残念だが、俺は人間のメスには興味がない)


 勇敢な戦士には、勇敢なメスがよく似合う。


(俺は貧相な小鼠《こねずみ》を抱く変態では無いのだ。すまない。神官殿)


「とにかく! ダラスさんはダンジョンは初めてですよね?」


「うむ」


「では、こちらに記入を」


「なんだこれは?」


「万が一の際、ご自身の遺品や財産を所属先(タヌカン族)へ送り返すか、特定の個人へ相続するかを指定してください」


(ふむ。俺の財産か)


 王都へ来たばかりのダラスはこれといった財産を持ち合わせていない。強いて言うならば『ヴォル=ウーラの大剣』だが……。


(俺の他に、これを支えるやつがいるのか? デカいぞ。これは……)


 ヴォル=ウーラの祝福により生成された大剣は、ダラスの肉体に適した重みと大きさをしていた。バーバリアン族が力自慢といえども、これを振り回せるような肉体を持つ者は限られている。


(まあいい)


 ダラスにとって、死んだ後の武器の行方などは些細なことだ。そんなことよりも大きな問題があった。


「俺は文字が書けん」


「あ、そうでした。テリエスさんのせいで忘れかけていましたが、バーバリアンは普通文字が書けませんよね」


「テリエスは文字が書けるのか?」


「はい。しかも、達筆です」


「たっぴつ?」


「綺麗な文字を書くということです」


「グハハハ! さすがテリエスだ!」


「では、口頭で承りますね」


「うむ! 俺の遺品はタヌカン村にでも送っておいてくれ!」


「かしこまりました」


(ふむ。テリエスは文字が書けるのか)


 ……。


 そして、文字が書けるテリエスのせいで、バーバリアンが文字を書けないことを忘れられかけていた。


(なるほど。何かが頭に引っかかるな……)


 ……。


(まあいい)


「神官殿。申請書だ」


「お受けします。……今回も十等級ですか? テリエスさんパーティにダラスさんが加わったとなれば、八等級くらいまでは行けそうな気がしますが……?」


「ああ。ダラスと俺が前衛として戦えば、おそらくほとんどのモンスターは相手にならないだろう」


「でしたら」


「ただ、命は一つしかないからな。先日の宴で使い込んでしまったが、まだ金には余裕がある」


「なるほど」


「ダラスと組むのも初めてだからな。慎重にいって損することもないだろう。それに、試したいことがいくつかあるんだ」


「なるほど。余計なお世話をしてしまいましたね。それでは、こちらが『レッサーデーモンダンジョン』の魔石です」


「ありがとう! 神官殿!」


「いえ。では、お気をつけて!」


「ガハハハ! 行ってくるぞ!」


「行ってくるです!」


「前回みたいなのは期待しないでくれよ!」


(ふむ。これが次元門《げえと》か)


「とうっ!」


 ……。


「行ってらっしゃい……」


◇


「おっとっと」


「えあっ! 痛いですぅ」


「よっと! お、今回テリエスは転ばなかったみたいだな!」


「ガッハッハ! 偉大な戦士は何度も同じミスをしたりはしないさ!」


「ムー! 私だって、転んだって、偉大な戦士ですぅ!」


 ポカポカ。


「ガッハッハ! すまんなシェリル! そんなつもりはなかったんだが!」


「ふんふん!」


 ポカポカ。


 ドスンッ!


「むっ」


 ダラスは盛大に尻餅をついた。


(これが次元門《げえと》のあれか。あの、ぐにゃぐにゃするやつだ)


 次元門《ゲート》の移動に伴う三半規管のバグは、重厚で安定した下半身を持つダラスでさえ簡単には耐えられないものだった。


(まあいい)


「ほら! ダラスだって転んでます! 転ぶのと偉大な戦士は関係がないです!」


「ガハハハ! そうだな! ダラスが転ぶくらいだ! 次元門の着地は難しい!」


「グハハハ! ぐにゃぐにゃだったな! しかし、シェリルが俺の尻に潰されなくてよかったぞ!」


「気をつけてください! ダラスのお尻なんかが落ちてきたら、簡単にペシャンコになってしまいます!」


「ガハハハ!」


「グハハハ!」


「さて、今回は群生地に次元門……なんておかしなことにならなかったみたいだな」


「ガハハハ! 前回は大当たりを引いたみたいだな!」


(うむ。これがダンジョンか。暗い……。そして、広い)


 ダラスにとっては初めてのダンジョンだが、特に緊張する様子はない。ダラスにとっては、むしろ王都の人混み、物品の取引、制度の理解……そちらの方が警戒の対象だ。


 むしろ、これから戦いに集中できるダンジョンというのは、ダラスにとって居心地の良い場所であった。


 ——ぽちゃん。


 微かな水音がダラスの耳に届く。


(水音……。ダンジョン内に水源もあるのか)


「なあ、テリエス」


「どうした?」


「ダンジョンの水は飲めるのか?」


「飲めるが、蒸留か濾過が必要だな」


「蒸留か濾過?」


「いずれも、水の汚れや毒を減らす一手間だ。大体の水はこれで飲めるようになる」


「なるほど。あちらに水場があるみたいだが、今はまだ水も不足していないし、特に行く必要がないということだな」


「水場が近くにあるのか!?」


「ああ? 水音が聞こえないか?」


 シェリルが鼻をぴくぴくと動かす。


「本当です! 水の匂いがします!」


「すごいなダラス! 俺には全然わからなかったぞ!」


「そうなのか? だが、水場に用事は無いんだろ?」


「用事があるんだよダラス! このフィールドで釣れる『シビレウオ』の体液を加工すれば、『レッサーデーモン』をスタン状態にできる『麻痺毒』が作れるんだ!」


「その薬は街では買えないものなのか?」


「買える! 買えるんだが、高い! 今の俺たちにとってはな!」


「一回分で大体銅貨五枚だな」


「ガハハハ! ダンジョンならば無料だ!」


「俺が加工で作れるからな」


「おお! ルーエンは薬も作れるのか!」


「簡単なものならな! 『麻痺毒』は素材さえあれば割と調合は簡単なんだ」


「グハハハ! やるなあルーエン!」


(ルーエンは料理を作れるだけじゃあ無いんだな! やるじゃないか!)


 とにかく、水場に向かうらしい。


(よし、俺が案内を——)


「シェリル! 案内してくれるか?」


「はいです〜♪」


(うむ! コダヌキに手柄を譲ってやろうじゃないか! 勇敢な戦士は細かいことなど気にしない!)


◇


 水場についてからは展開が早かった。テリエスが魚を釣り上げ、ルーエンが解体する。シェリルとダラスは辺りを警戒し、二人の作業を見守っていた。


「よし! 完成だ! これだけあれば『麻痺毒』は足りるだろ!」


「おお! すごい量だな! さすがにこの量をお前らが運ぶのは大変だろう! 俺が——」


「ガッハッハ! ダラス! マジックバックに入れてしまえばいいんだ!」


「まじっくばっく?」


「!?」


 ダラスの目の前で、山のようにあった『麻痺毒』が次々とカバンの中へ吸い込まれていく。


(なんだこのカバンは!?)


「なんだダラス。マジックバックも知らないのか?」


「そのカバンのことか。すごいなこれは」


「だろ! 修羅場を潜り抜けた報酬で手に入れたんだ……やらんぞ!」


(ぐぬぬ。これは俺も欲しくなってしまうな)


 ダラスの力を持ってすれば、カバンがいかに重かろうが持ち歩くことはできる。


 しかし、いかんせん邪魔ではある。嵩張《かさば》ったカバンを持っていると、戦闘時に動きが制限されてしまうのだ。


(しかし、あれさえあれば……)


 そこで、今朝テリエスが「荷物は俺が預かる」と言っていたことを思い出した。


(なるほど。俺のカバンもあの中に入っているのか)


「ガッハッハ! ルーエンはそれを手に入れるために、いろいろと努力をしていたからなあ!」


「いろいろと、恐ろしい思いをしながら、努力をしていたみたいですねぇ」


「ははは! 茶化すなよ!」


 ……。


 不意に、ダラスの耳が羽音を捉えた。


(三体か……こちらへ近づいてくるな……)


 視線を向ければ、シェリルも鼻をぴくぴくと動かしていた。


(お。コダヌキも気づいたか)


 ——コツン。


「テリエス! モンスターが近づいてます!」


「何——」


 テリエスが反応するよりも早く、ダラスは動き出していた。


「そこだああああああああああああああ!」


<ドガァン!


 ダラスがぶん投げたヴォル=ウーラの大剣が、音の主を吹き飛ばす。


(殺《ヤ》ったか?)


 ……。


(ん?)


 ダラスが振り返ると、ルーエンが何か不思議なものを見るような目でダラスを見ていた。


「ンガ……? 何を見ているんだ?」


「ダラス」


「どうした? ルーエン」


「すごい威力だな……」


「グハハハ! 驚くのはまだ早いぞ!」


「一匹残ってるです!」


(一匹逃したか。やるなあコダヌキよ)


 ダラスの聴力による探知を逃れた魔物に気付いたシェリル。どうやら、サーチ能力においては彼女の方が一枚上手のようだ。


「グハハハ! 俺に任せておけ!」


 まだ砂煙が舞っている。


 その奥に、一体。


 くすんだ赤色。


 人間よりは大きいがバーバリアンよりは小さい体躯。


 細い首とはバランスの悪い大きな頭。


 背中には大きな翼が生えている。


(あれがレッサーデーモンか……)


 姿も見ずにすでに二体討伐ずみのモンスターだが、ダラスは警戒を怠らない。


 ——メラッ。


 レッサーデーモンの前方に炎元素が集中していく。


(む?)


 次の瞬間、火球《ファイアボール》が一直線に飛んできた。


(火の玉か。まあ、この程度なら)


 ドゴォン!


「ダラス!」


 炎がダラスの巨体を包み込む。


(熱いが……まあいい。奴は火を使うみたいだな)


「ダ……ダラス?」


「なんだ、ルーエン? 戦闘中だぞ。集中しろ」


「熱くないのか?」


「熱いからなんだというのだ! 戦闘中だぞ。集中しろ」


「そ、そうか」


 レッサーデーモンの前方へ、再び炎が集まり始める。


(次の火球《ファイアボール》までには、タメが必要みたいだな)


 それだけ分かれば十分だった。


(ふむ。こっちから行かせてもらうぞ!)


 ——と、踏み出そうとしたところで気づく。


(む。武器がない)


 ……。


(あぁ。さっき投げたのか)


 ……。


(まあいい!)


 ダラスは大岩のような右足を強く蹴り出し、レッサーデーモンに近づくと、その細い首を右手で掴んだ。


「!?」


 レッサーデーモンが明らかに動揺している。


(驚いているのか? 俺はデカいが、遅いと言った覚えはないぞ)


「ふんっ!」


 ボキッ。


 ダラスの巨大な手が、レッサーデーモンの首を木の枝のようにへし折った。


(なんだ。細い首だな)


 レッサーデーモンの身体が崩れ落ちる。


(ダンジョンの魔物とやらも、この程度か)


 ダラスは周囲を見回す。


(ふむ)


「グハハハ! 周囲に敵はいなそうだぞ!」


 返事がない。


(む?)


 三人とも、呆然とダラスを見ていた。


(どうしたんだ? ボケッとして)


「テリエス……」


「なんだ?」


「これに勝ったのか?」


「……あぁ」


「すげぇな、バーバリアンって」


「ダラスの力量は把握していたつもりだが……。ダンジョンでのダラスは想定以上だな」


「テリエス! テリエスだって十分強いですよ!」


「ありがとうなシェリル」


(?)


 ダラスは首を傾げた。


(ところで、『麻痺毒』はいつ使えばいいんだ?)











【wiki風 設定資料】


https://kakuyomu.jp/works/11054822663939124788


市民等級についてや、物価、種族ごとの死生観などを記載した設定資料集です(カクヨムに飛びます)。


疑問が浮かんだら、目を通してみてください。

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