噂のバーバリアン
王都へ向かう道中は、特に問題もなく進んだ。
タヌカン村を出てから何度か魔物に襲われはしたが、ダラス一人で対処できないような相手はいなかった。
フォレストウルフの群れに囲まれた時などは少しばかり腹が減っていたこともあり、ちょうどいい食料が向こうからやって来たとしか思わなかったくらいだ。
そうして数日をかけて街道を進み、ようやく見えてきた巨大な城壁を前に、ダラスは思わず足を止めた。
「……デカいな」
故郷であるタヌカン村にも、魔物の侵入を防ぐための柵や見張り台はある。しかし、目の前にあるそれとは比べることすら馬鹿らしい。
左右の果てが見えないほど長く伸びた石造りの城壁は、ダラスが両手を伸ばしたところで到底届かない高さまで積み上げられている。
その向こうからは無数の煙突や尖塔が突き出し、城壁の中央に設けられた巨大な門からは、人間や獣人、荷車を引いた商人たちが絶え間なく出入りしていた。
ここが、王都か。
『もし、テリエスが魔法を使えるバーバリアンであったなら——』
村を発つ前に聞いた親父の言葉が、頭の中に蘇る。
『その事実が他種族に知られているか、自分の目で確かめろ』
ダラスは首を振り、その言葉を頭の隅へ追いやった。
(考えても仕方がない。そもそも俺は考えるのが苦手だ。まずはテリエスを見つける。……それだけだ)
「よし!」
両頬を一度強く叩き、ダラスは王都の門へ向かって歩き出した。
◇
王都へ着いてすぐにダラスが向かったのは、冒険者ギルドに併設された酒場『五彩の酒盃亭』だ。
クエストの受注、アイテムの換金はもちろん、何らかの情報を得たい時は酒場で話を聞けば良いと相場が決まっている。
少なくともタヌカン族の村ではそう教わってきたからだ。
「麦酒を一杯もらえるか?」
「かしこまりました〜! 銅貨二枚になりまーす!」
酒場の受付でとりあえず麦酒を一杯頼み、銅貨を支払うと、ダラスはテリエスについて尋ねた。
「ほらよ。姉ちゃん。テリエスってバーバリアンを知っているか?」
「……テリエス?」
「そうだ。アイル族のテリエスだ」
「ああ、もしかして……あのテリエスですか?」
「『あの』テリエス? 有名なのか?」
「新成人のバーバリアンで」
「ふむ」
「バーバリアンにしては体が小さい」
「あぁ。そのテリエスだ」
「酔っ払って裸で酒場を走り回っていた」
「間違いない! そのテリエスだ!」
「あのテリエスと知り合いなのですか?」
「あぁ。俺はタヌカン族のダラス。テリエスとは成人の儀でやり合った仲だ」
「ダラス! もしかしてあのダラスですか?」
「俺を知っているのか?」
「七等級の超巨大グリーンスパイダーαを倒したテリエスが五回以上は同じ武勇伝を語っていました。『確かに、グリーンスパイダーの一撃は強烈だった。だがな、俺はすでに同等以上の一撃を受けたことがあったんだ』」
「ほう」
「『バーバリアン成人の儀、決勝戦で戦ったダラスの一撃はこんなものではなかった。呼吸なんてできたもんじゃない。あと一撃でもまともに当たれば無事では済まなかったはずだ』」
「続けてくれ」
「『ガハハ! まぁ、最後は俺が勝ったんだがな! 紙一重ではあっても俺の勝ちだ!』」
「ぐぬぬ。テリエスめ。次は武器を持っての比武をしようじゃないか……」
ジョッキを握る右手に力が入る。
「『ヴォル=ウーラの武具で剣と盾を選ぶ際、迷いは無かった。何? 普通のバーバリアンであれば両手剣や大槌を選ぶはずだって? そんなことは分かっている』」
「ふむ」
「『しかし、ダラスの一撃で思い知ったのだ! 俺はまだまだ防御を捨てて前に出れるほど強い戦士では無いと! 剣による攻撃、盾によるパリィを使いこなし、素早い身のこなしを活かして戦うことが俺の強みだと!』」
「グハハハ! 俺の言った通りだな!」
「『グリーンスパイダーとの戦いで生き残れたのは、この時選んだ盾のおかげでもある! つまりダラスのおかげでもあるのだ! ガハハハ! みんな! 勇敢なる友! ダラスに乾杯だ!』」
「ウオオオ! テリエスー! なぜ俺がいないところでそんな楽しそうなことをしているのだー!」
「ってな感じで、グリーンスパイダーの武勇伝には必ずセットで出てきたのがダラスさんなので、初対面な気がしませんね」
「……しかしだ」
「はい?」
「テリエスの真似が上手いな」
「何回この話を聞かされたかわかりませんからね」
「バーバリアンは何回同じ話を聞かされても忘れてしまう。すごいな。人間の記憶力は」
「ははは。しかし、テリエスの言う通りですね」
「どういうことだ?」
「『ダラスは見た瞬間にわかるような化け物だ』と言ってました」
「褒めているのか?」
「褒めてると思いますよ。強いのが見てすぐにわかるということです」
「グハハハ! 勇敢な戦士同士はすぐにわかるものだ!」
「ふふふ。それで、テリエスを探しているんですね」
ようやく本題に入れそうだ。
「テリエスは『鉄盾の休息』を拠点にしていますよ」
(『鉄盾の休息』か。俺もちょうど宿が無かったところだ。ちょうどいい。とにかくテリエスに会わぬことには何も始まらんからな)
「ありがとな姉ちゃん!」
「いいえ! また来てくださいね!」
「うむ。おっと、ところで姉ちゃん」
「はい?」
「テリエスについて他に何か噂はあったりするか?」
◇
さっそく『五彩の酒盃亭』で情報を得られたのは助かった。
しかし、テリエスは王都へ来てからわずか数日の間に、すでに名を上げているらしい。
(さすがは俺を倒した男だ。勇敢なる戦士に相応しい走り出しをしたようだな)
五彩の酒盃亭で聞いた話によれば、テリエスたちは三人でグリーンスパイダーのダンジョンへ潜り、そこで本来なら十等級のダンジョンに現れるはずのない七等級の魔物を倒したらしい。
しかも、一緒に潜った二人はほぼ無傷で生還したということだ。
成人の儀から、まだそれほど日も経っていない。
(……たいしたものだな。随分先に進まれてしまったようだ)
だが——。
『その事実が他種族に知られているか、自分の目で確かめろ』
族長ガルバの言葉を思い出し、ダラスは先ほど酒場の受付嬢から聞いた噂話をもう一度頭の中で振り返る。
一つ。七等級の魔物を倒した。
二つ。三人とも無事に生還した。
三つ。新人とは思えない報酬を得た。
四つ。その報酬のほとんどを酒場で使った。
五つ。裸になって自分のバーバリアンを見せびらかした。
(……最後の二つはどうでもいい)
重要なのは、ダラスが受付嬢に尋ねた「他の噂」の中に、魔法についての話が一つもなかったことだ。
(ぐぬぬ……)
ダラスは考え事が苦手だ。
五つも情報を整理していると、それだけで頭が痛くなってくる。
(まあいい)
テリエスが魔法を使ったという噂がなかったのは朗報だ。
もちろん、そんな噂が流れていようと、ダラスにテリエスを斬る気など毛頭ない。
だが、ガルバたちの言うことを完全に無視するわけにもいかなかった。
そして、そもそもテリエスが魔法を使うバーバリアンでなければ、そんな心配をする必要すらない。
(グハハハ。考えてみれば簡単な話ではないか)
そうして歩いているうちに、目的の宿へと辿り着いた。
(さて、ここが『鉄盾の休息』か)
◇
扉を開ける。
ガチャ。
「いらっしゃーい!」
「バーバリアンが一人なんだが、部屋は空いているか?」
「あー! 部屋は空いてるんだけど、あいにくベッドが普通サイズのしかないんだよな」
「ほう」
「お客さんのサイズだと、どうもいかん。手足がほとんどはみ出ちまうだろうな」
「ぐぬぬぬぬ」
「一応物置なら空いているんだがな。そこにお前さんの手持ちの寝具を置いて泊まるって手もあるが」
「迷いどころだな」
「あぁ。値段は……普通の部屋が1晩銀貨1枚だが、物置で良ければその半額でもいい」
「気遣いは感謝するが、戦闘に備えて体を休めるのも戦士の心得だ」
「そうか」
「別の宿を探すとする」
「あぁ。また来てくれ。その時はでかいベッドのある部屋が空いているかもしれん」
「うむ! 気遣いには感謝する! ヴォル=ウーラの祝福を!」
「はは、大袈裟だな」
(ふむ。仕方あるまい)
違う宿を探すしかなさそうだ。
幸い、成人式バーバリアンセットに入っていた金があるため、路銀には困っていない。
(もう少し王都の中心から外れたところを探してみるか)
そうと決まれば——。
「うおおお! ダラスじゃないか!」
聞き慣れた戦士の声が響いた。
「ンゴオオ!? テリエスじゃないか!?」
振り返れば、そこには探していたはずのテリエスが立っていた。
「…………」
そこでダラスは、ようやく思い出した。
(そうだった。俺はテリエスを探しに『鉄盾の休息』に来たのだった)
「グハハハ!」
すっかり忘れていた。
「何をしているんだこんなところで! タヌカン族の村でやるべきことは終えたのか!?」
「あぁ。ちょうどさっき王都に着いたところだったんだが」
「そうだったのか! ダラス! 会いたかったぞ!」
「俺もだ親友よ! 随分と出世したみたいだな!」
「ガハハハ! 勇敢な仲間たちのおかげだ! 紹介するぞダラス!」
「おお!」
「勇敢なる獣人の魔法使い! シェリルだ!」
「初めましてダラス! シェリルです!」
「おお! 俺はタヌカン族の戦士! ダラスだ! よろしくなシェリル!」
巨体のダラスを前にしても、シェリルは物おじする様子を見せない。獣人族特有の大きな目で、ダラスを真っ直ぐ見上げている。
(いい目をしているな。さすがテリエスの仲間だ)
「ダラス! 聞いてた通り大きいんですね! テリエスも私からしたらおっきいのに」
「グハハハ! 俺はバーバリアンの中でも特別大きいからな! シェリルくらいならペロリだ!」
「食べちゃうんですか!?」
「グハハハ! 冗談だ! バーバリアンジョークだ!」
「もー! ダラスめー! このこの!」
小さな手で、シェリルがダラスの身体をポカポカと殴る。
(まったく。可愛いたぬきを連れたものだな、テリエス)
「ガハハハ! ダラス! うちの魔法使いをあまりからかってくれるなよ!」
「すまんテリエス! 俺は可愛い生き物を見ると、つい驚かしたくなってしまうんだ!」
「おいおい! そんなんじゃルーエンに会ったら大変だな!」
「ルーエン?」
「ルーエンがダラスのバーバリアンジョークを聞いたら、またお漏らししちゃうかもですね!」
「お漏らし??」
「あぁ! ルーエンは俺の仲間で勇敢な人間だ! だが、少し臆病なところがあってね」
「臆病なのに勇敢なのか!」
「あぁ。俺やダラスみたいに『恐れ知らず』であることも勇敢だが、恐れを知った上でそれに立ち向かうことができることはもっと勇敢だろう」
「なるほど! さすがテリエス! 頭がいいな!」
「ガハハハ! バーバリアンの中では賢い方だろうな!」
「グハハハ!」
「ガハハハ!」
「グハハハ! いい仲間を持ったなあテリエス!」
「ああ! そうだ、ダラス! せっかくだから宿で一緒に飯でもどうだ!」
「おお! 素晴らしい提案だ!」
「飯を食いながらルーエンを紹介しよう! 『鉄盾の休息』で働いているんだが、ルーエンの作る料理は絶品だぞ!」
「何! それは楽しみだな!」
「さあ、こっちだ!」




