災いのバーバリアン
「…………」
ダラスの表情から笑みが消えた。
(バカみたいな伝承だな)
先ほどまでの軽い疑問とは違う。
胸の奥から、明確な苛立ちが込み上げてくる。
(この腑抜けめ。俺の親友が災いを起こすとでも言いたいのか?)
「……テリエスが災いを起こすというのか!?」
「落ち着けダラス」
「親友を貶そうとしている者を見て黙っているのが戦士とでも!?」
「知恵のあるバーバリアンが原因で引き起こされた厄災は、数ある伝承の中でも多く引き継がれている」
「伝承がなんだ! バーバリアンの記憶力で引き継がれた口伝など信用できるものか!」
「話を聞くんだダラス! テリエスがそうとは限らん。知恵があるだけならまだ救いようはある!」
「救うもクソもあるか! テリエスの運命に干渉する権利を我々が持っているわけがないだろう!」
「ダラス! 落ち着け!」
「……親父」
ガルバの怒鳴り声が洞窟全体へ反響した。
咆哮を使ったわけではない。
それでも、族長として長年バーバリアンたちを率いてきた男の一喝に、ダラスの身体が一瞬硬直する。
(……クソ。修行が足りんな)
こんな時ですら、ダラスはそんなことを考えていた。
「ダラス、落ち着け。……バーバリアンが魔法を使うところを見たことはあるか?」
「ないな。そもそも使えないと言っていたのは親父だろう」
「普通は使えん。だが、極めて稀に例外が生まれる」
(魔法が使えるバーバリアンだと……)
そんな存在がいるなど、聞いたこともない。
だが——。
「突然変異か」
「ああ」
先ほど聞かされた言葉が、すぐに繋がった。
そして同時に、成人の儀で感じたいくつもの違和感が蘇る。
小さな身体から放たれる、信じられない威力の一撃。
目の前から突然消えるほどの素早さ。
殴った時の妙な感触。
気絶する寸前に見た、薄い光。
(テリエスの強さの根源。それが魔法だと言いたいのか)
「……テリエスが魔法を使っていると?」
「まだ何も決まったわけではない。だが、本来お前が同世代のバーバリアンに素手で負けることなど、突然変異以外には絶対にありえない。だからお前が確認しろ。王都へ向かい、テリエスを探せ」
「もし、本当に魔法だったら?」
「魔法を使えるだけならば、まだいい」
「ふむ」
「もしテリエスが魔法を使えるバーバリアンであり、その事実が他種族に知られているのならば——問答無用で斬れ」
「断る」
返答に、一瞬の迷いもなかった。
(考える必要もない)
命令されたからというだけで親友を傷つけるような者を、ダラスは勇敢な戦士だとは思わない。
「ダラス。これは父親としてではなく族長としての命令だ」
「聞けんな」
「ダラス!」
「仲間を殺せと言われて殺すような奴を、俺は偉大な戦士だとは思わない」
「これはお前個人の友情の話ではない!」
「怒鳴れば俺が言うことを聞くとでも?」
「もし過去と同じことが起きれば、巻き込まれるのはテリエス一人ではない! アイル村も、タヌカン族も、他の部族もだ! バーバリアンという種族そのものが危険に晒される可能性がある!」
「…………」
ダラスは黙った。
これほど真剣な顔で怒鳴る父を、今まで見たことがなかった。
(本当に……本当にそんな伝承を信じて良いのか!?)
テリエスを斬れば解決するのか。
他に方法はないのか。
(なぜ、なぜもっと考えて行動ができないのだ!?)
そう思ったところで——ダラス自身にも、その答えは出せなかった。
(……クソっ)
自分はα個体。
普通のバーバリアンよりも高い知性を持っているらしい。
先ほどそう聞かされたばかりだ。
それなのに。
(偉そうなことを言っても、所詮はバーバリアンということか!)
「なら、テリエスを殺せば全部解決するのか? 俺があいつを斬れば、誰も危険にならないのか?」
「それは、誰にも分からないことなんだ」
「……」
「しかし、『——知恵あるバーバリアンは、災いを招く』。この言葉が引き継がれてきたことには理由があるはずだ」
「……」
「テリエスの出身地『アイル村』は、狂戦士リキエルを探しに来た憲兵たちと一悶着があったという」
「……狂戦士リキエルとは、あの、2等級探索者まで上り詰めたという親父たちの世代で伝説だったバーバリアンのことか」
「そうだ。報告によると、奴も突然変異だったらしく、王国から逃げ出してアイル村に潜伏していたようだ」
「……」
「テリエスとの関係は分からん。しかし、何もないと考えるほうが難しかろう」
テリエス。
アイル村。
狂戦士リキエル。
突然変異。
魔法。
いくつもの情報が、ダラスの頭の中で絡み合う。
「俺はテリエスを殺したくない。だが、村のみんなが死ぬのも嫌だ」
どちらも本心だった。
(テリエスが魔法を使えたとして、誰に迷惑をかけたというのだ)
成人の儀で戦ったテリエスは、勇敢な戦士だった。
自分を侮ることもなかった。
卑怯な真似をすることもなかった。
(なぜ罪もない親友を俺が殺さなければならない!?)
だが、もし父たちの言葉が正しいのなら。
テリエスを見逃すことで、村の仲間たちが危険に晒されるかもしれない。
(他に方法はないのか)
考える。
だが、答えは出ない。
(もう、何も分からない)
戦いならば簡単だった。
相手を見て、動いて、殴る。
間違えれば次は変える。
だが、これは違う。
どれだけ考えても、何が正しいのか分からない。
(所詮は俺もバーバリアンだ。難しいことなど、何も分からない)
自嘲するように、ダラスは口元を歪めた。
(これが、α個体か……。笑わせるぜ)
「だから……どうすればいいのか、俺には分からない」
「それでいい」
「何がいいんだ?」
「今の時点で答えが分からないことだ。何も知らずに答えだけを決めるよりはいい」
それまで二人のやり取りを見守っていた呪術師長が、杖を地面へついた。
「お前はα個体だ。いずれ、部族の者たちより多くのものを見て、多くのことを決める立場になる可能性がある。その時、誰かが毎回答えを教えてくれるわけではない」
杖の先が、ダラスの胸へ軽く触れる。
「自分の目で見ろ。自分の頭で考えろ。それでも分からなければ、自分で選べ」
(難しい)
殴り合いの方が遥かに簡単だった。
それでも、ダラスは頷いた。
「分かった。王都へ行く」
テリエスに会う。
本当に魔法を使っているのか。
誰かに知られているのか。
そして、それを知った自分がどうするべきなのか。
今ここで考えても、答えは出ない。
「だが、約束はしない。テリエスを斬るとは約束できない」
ガルバは何も答えなかった。
「それでも、種族のみんなを危険にしたいわけじゃない。どうすればいいのかは、俺なりに考える」
それが、今のダラスに出せる精一杯の答えだった。
「待て、ダラス」
「なんだ」
「これを持っていけ」
呪術師長が何かを放り投げる。
ダラスが片手で受け取った。
翡翠に空いた穴へ紐を通しただけの、簡素なネックレスだった。
「お守りだ」
「感謝する」
ダラスは首にかけると、改めて洞窟の奥を見回した。
(煩わしいものだったな。継承の儀……)
何か素晴らしい武器や技でも受け継ぐのかと思っていた。
実際に継承されたのは、答えのない問題と、知らなければ悩む必要すらなかった過去の話ばかりだ。
(余計な知識を継承させられてしまった)
昨日食べた晩飯すら思い出せないダラスだったが——。
今日聞かされた話だけは、なぜか鮮明に頭へ焼き付いていた。
きっと、忘れることはできない。
◇
翌朝。
「ダラス。これを持っていけ」
「これは?」
「バーバリアンセットと呼ばれる土産だ。新成人は全員渡される。しきたりって奴だな」
ガルバから手渡された荷物を受け取り、ダラスはニヤリと笑った。
「ふっ。しきたりというのも、悪いものばかりではないようだな」
「まったく、口の減らないやつだ。……気をつけて行ってこい」
「ああ。王都に着いたら、手紙を送るよ」
「代筆は安くない。手紙は生活が安定してからにしろ」
「分かった。元気でな」
ヴォル=ウーラの大剣を背負い、ダラスが村の出口へ歩き出す。
「ダラス」
「ん?」
呼び止められ、振り返った。
「死ぬなよ」
「ふっ。俺は負け知らずの戦士だぞ? テリエスには負けたが、あれは素手の戦いだ」
「ガハハハ! 行ってこいダラス! 世界を見てこい!」
「ああ!」
親父に渡されたバーバリアンセットと、ヴォル=ウーラの大剣を担ぎ、ダラスは王都へ向かう。
目指す場所は、テリエスと同じ。
だが、昨日までとは旅立つ理由が一つ増えてしまった。
(テリエスはすでに王都に辿り着いているだろう)
奴のことだ。
もしかしたら、すでに何かしらの功績を上げているかもしれない。
(ぐぬぬ、負けてはいられん!)
ダラスの歩幅が少しだけ大きくなる。
(待ってろよ、テリエス。すぐに追いついてやる)
だが、しばらく歩いたところで、首元にかけた翡翠が胸板に触れた。
昨夜の話が脳裏をよぎる。
(……魔法か)
テリエスが魔法を使うのか。
その事実が、他種族に知られているのか。
そして、本当に知られていたとしたら——自分はどうするのか。
考えても、やはり答えは出ない。
(そんなこと、今考えても仕方がない)
まずはテリエスに会う。
自分の目で見る。
話を聞く。
それから考える。
「……待ってろよ、テリエス」
ダラスは前を向いた。
(難しいことは俺には分からない)
それでも、一つだけ分かっていることがある。
何も見ず。
何も聞かず。
何も考えず。
ただ命令されたからという理由だけで——。
(俺は、何も考えずに親友を斬り捨てる。そんな簡単な答えを選択することなど絶対にない)
その気持ちだけは、決して嘘ではなかった。




