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継承の儀

 翌日。


 長い帰路を終えたダラスの視界に、ようやく見慣れた景色が広がった。


 タヌカン村。


 生まれ育った村を囲う頑丈な外壁と、その中央に構えられた大門が見えてくる。


(ようやく見慣れた景色だ)


 この門を通り抜け、バーバリアンの聖地へ向かったのは、ほんの数日前のことだ。


(あの時は、俺を倒す相手がいるなんて、想像すらしていなかったな)


 決勝戦で自分を打ち倒した、小柄なバーバリアンの姿が脳裏に浮かぶ。


「グハハハ!」


 思い出しただけで、ダラスは楽しそうに笑った。


 負けた。


 だが、不思議と悪い気分ではない。


 むしろ、次に戦う時が楽しみで仕方なかった。


 そんなことを考えながら門をくぐったところで、見慣れた三人の姿が目に入った。


(お、そこにいるのは、グロリアス、ジャガン、ギレイヌの三馬鹿じゃないか!)


「帰ったぞー!!」


「おお、ダラス!」


「帰ってきたか!」


「成人の儀式はどうだった!?」


 ダラスの大声を聞きつけ、近くにいた村人たちも次々と集まってくる。


(おお! どんどん人が集まってくるなあ!)


 ダラスは誇らしげに胸を張った。


(よし。成人の儀の武勇伝を聴かせてやろうじゃないか)


 そこで、ふと気づく。


(む)


 武勇伝。


 確かに武勇伝ではあるのだが——。


(そういえば、俺は負けたんだった。テリエスに)


「それで!? 勝ったのか!?」


「いや! 負けた!」


 ダラスは一切悪びれることなく、堂々と言い放った。


 偉大な戦士に敗北することは、バーバリアンにとって恥ではない。


「そうか! 負けたか! ガハハハハ!」


「ガハハハ!」


「ガーッハッハッハ!」


(ぐぬぬ)


 それはそれとして、目の前で大笑いされるのは少し腹が立つ。


(俺が負けたのがそんなに嬉しいのか!? ふざけた奴らだな)


「——待て。ダラスが負けたのか?」


「ああ」


「同じ新成人に?」


「ああ」


「どこの奴だ?」


「アイル村のテリエスだ。俺よりずっと小さいが、強かったぞ!」


「アイル村のテリエス?」


「知っているか?」


「いや?」


「…………」


 ほんの一瞬、奇妙な沈黙が流れた。


 そして——。


「ガーッハッハッハッハ!!」


(おおっ!?)


「ダラスを倒した新成人がいたのか!」


「そいつはすげえ戦士だ!」


「今度連れてこい!」


「酒を飲ませろ!」


「おう! 王都で会ったら連れてくる!」


「グハハハ!」


 村中に豪快な笑い声が響く。


 誰一人として、ダラスが負けたことを恥だとは言わなかった。


 強い相手と戦い、負けたのならば、次に勝てるよう鍛えればいい。


 強い戦士に出会えたこと自体が誉れでもある。


 それが、彼らバーバリアンの生き様だった。


「……帰ったか、ダラス」


(む)


 聞き慣れた、酒の飲み過ぎでしゃがれた声。


 ダラスが振り返る。


「親父!」


 そこに立っていたのは、タヌカン族の族長であり、ダラスの父でもあるガルバだった。


「成人の儀は済んだようだな」


「ああ!」


「ならば、継承の儀を行う。ついてこい」


「分かった」


 短いやり取りだった。


 しかし、先ほどまで大声で笑っていた周囲のバーバリアンたちが、一斉に口を閉ざしている。


(む。周りの奴らが静まり返っている)


 ダラスもさすがにその変化には気づいた。


(なんだか重々しい空気だ)


 成人前から何度か聞かされていた『継承の儀』。


 何かを受け継ぐ儀式らしい、ということしかダラスは知らない。


(ふむ。継承の儀とは、俺が思っていたよりも、《《おごそか》》なものだったのか)


 少しだけ考える。


(まあいい)


 今は父について行けばいい。


 ダラスは深く考えることなく、ガルバの大きな背中を追った。


◇


 連れてこられた場所を見て、ダラスは首を傾げた。


(ここは……ガキの頃から近寄るなと言われていた、岩山じゃないか)


 村の外れにある岩山。


 幼い頃から立ち入りを禁じられていた場所だ。


(何度か忍び込もうとして親父に殴られた覚えがあるな……)


 まさか、その内部へ父親自身に連れられて入る日が来るとは思ってもいなかった。


 岩山に開いた狭い入口を抜けると、その先には想像以上に広い洞窟が続いていた。


 さらに奥へ進む。


(む)


 薄暗い洞窟の中に、いくつもの人影が見えた。


(一人、二人……)


 数え始めて——。


(まあいい)


 すぐにやめた。


 とにかく、大勢いる。


 しかも、ただの村人ではない。


 族長である父ガルバ。


 タヌカン族の戦士たちを束ねる戦士長。


 そして、祭事や伝承を司る呪術師長。


 他にも、村の中で重要な立場にあるバーバリアンたちが何人も集まっている。


(村の顔役が揃い踏みだな)


 中でも、ダラスの目を引いたのは呪術師長だった。


 普段は滅多に持ち出さない祭事用の杖まで握っている。


(ふむ。呪術師長め。祭事用の杖なんかを持ち出して、仰々《ぎょうぎょう》しいものだな)


「ダラスよ。よく帰ってきたな」


(自分から呼び出しておいて、何を言っているんだこの呪術師長は)


「うむ。継承の儀があるというからな」


「服を脱げ」


「…………」


 ダラスは一瞬、呪術師長を見つめた。


(今日はまだ酒も飲んでいないのだが)


 酔って脱ぐならともかく、素面で突然脱げと言われる理由は分からない。


 だが、儀式なのだから必要なのだろう。


(いいだろう)


 ダラスは迷いなく服を脱ぎ始めた。


「……待て」


「なんだ?」


「腰布は脱がなくていい」


「そうか」


(まったく。そうならそうと早く言え)


 もっとも、ダラス本人には羞恥心などほとんどない。


(見られて恥ずかしいものなど、俺の肉体にはかけらもないがな!)


 上半身を裸にしたダラスを、呪術師長が上から下まで舐めるように観察する。


(む。人の体を舐めるように見回して……このジジイ、気でも触れたか?)


 やがて、呪術師長が小さく息を吐いた。


「……これは、間違いないな」


「ああ」


 ガルバが短く答える。


(何をボソボソと話していやがる。バーバリアンならもっとデカい声を出しやがれ)


「ダラス」


「なんだ!」


「お前はα個体だ」


 聞いたことのない言葉だった。


「あるふぁ……?」


「その種族の中で、稀に生まれる特別な個体のことだ」


「強いのか?」


「強い」


「ほーう」


 それだけ聞けば、悪い話ではなさそうだった。


 ダラスは満足そうに頷く。


 その様子を見て、呪術師長がわずかに呆れた顔をした。


(む? このジジイ、何を呆れた顔をしてやがる)


「ただ強いというだけではない。α個体はバーバリアンにだけ存在するものではない。人間、獣人、エルフ、ドワーフ。確認されているほぼ全ての種族で、ごく稀に生まれる」


「ほう」


「そして、突然変異とも違う。突然変異とは、その種族が本来持っていない性質を持って生まれる個体。対してα個体は、その種族が本来持つ性質が極端に強く現れた存在だとされている」


 説明が長くなってきた。


(少し難しいな)


 ダラスは自分なりに、聞いた話を整理する。


(アルファは強い)


(突然変異ではない)


(バーバリアンらしさが強く現れた存在)


「…………」


 しばらく考える。


(ふむ)


「つまり、俺は他の同族よりもバーバリアンらしいバーバリアンということか?」


「かなり大雑把だが、間違ってはいない。バーバリアンのα個体は、優れた肉体を持ち、高い闘気への適正、そして戦闘に関する感覚を持つ」


「なるほど。俺は耳が良いとよく言われていたが、そういうことか」


「さらに、通常のバーバリアンより高い知性を持つことが多い」


「……知性?」


 ここで初めて、ダラスは露骨に怪訝な顔をした。


(知性は……どうなんだ?)


 自分の身体が大きいことは知っている。


 力が強いことも知っている。


 戦いが得意なことだって自覚している。


 だが、生まれてこの方、頭が良いと言われた記憶だけは一度もない。


「俺がか?」


「ああ」


「本当か?」


「少なくとも、普通のバーバリアンよりは物事を理解する力が強い」


(妙な気分だな)


「α個体は、古くから部族を率いる立場に就くことが多い。族長、里長、村長、戦士長、呪術師長。歴代の長すべてがそうだったわけではないが、α個体である者は多い」


(なるほど。つまり……)


「……俺は、勇敢な族長になれるということか?」


「その可能性は高い」


 そこで、それまで黙っていたガルバが話に割り込んだ。


「親父……」


「だからこそ、これから話すことを知っておく必要がある」


「ふむ」


「その前に、一つ確認したい」


 ガルバがダラスへ向き直る。


 先ほどまでとは違う。


 父親ではなく、タヌカン族の族長としての顔だった。


「成人の儀でお前を倒したという、テリエスについて話せ」


「テリエス?」


(なぜここであいつの名前が出るんだ?)


「テリエスは……強かった」


「それは聞いた」


「体が小さい」


「それも聞いた」


(ふむ)


 他に何があっただろうか。


 ダラスは成人の儀で過ごした短い時間を思い返す。


「あとは……頭が良い——」


「どの程度だ!?」


「!?」


 ガルバの声色が変わった。


 同時に、周囲の長たちの表情もわずかに強張る。


(親父たちの雰囲気が変わったか?)


 テリエスが賢いことに、なぜそこまで反応するのか。


 ダラスには分からない。


「そこまでは分からない。ただ、戦っている間もずっと何か考えていた。俺の攻撃を見て、一度目と二度目で動き方を変えていた。それに、話していても俺の知らないことをかなり知っていた」


「ほかには?」


(ふむ。他には……)


 あの戦い。


 何か、妙なことがあった。


「殴った時に変な感触がしたなあ」


「!?」


「なんと……」


 ガルバと呪術師長が顔を見合わせた。


(どうした。ジジイ同士で見つめ合って……)


「どう変だった?」


「なんかこう、バシー! って殴った時に、こう、空気が硬いというか、ふにゃふにゃというか、とにかくなんか変な感触だったな」


「他には?」


「他には……。そうだ! 咆哮《ウォークライ》でテリエスの動きを止めたんだが、すぐに動き出したな。一回目は見事に一撃くらわせてやったんだが……」


「……」


「二度目も動きが止まったと思ったんだが、すぐに動き出して、強烈な一撃を叩き込まれちまった。いやー! 見事な一撃だったぞ」


 思い出しただけで、ダラスは楽しそうに笑った。


 しかし、ガルバたちは笑わない。


「その時に何か違和感はなかったのか?」


「違和感? 言われてみれば、硬直を抜け出すのも早かったし、その時何やら体が光っていた気もするな。まあ、気絶する寸前のことだ。よく覚えてはいないさ」


 再び沈黙が落ちる。


(む? どうした。なぜ黙り込むんだ?)


「……そうか。ならば、お前には予定より早く話しておいた方がいい」


「ふむ」


「ついてこい」


 呪術師長が洞窟のさらに奥へ歩き始めた。


(この洞窟、さらに奥へ続いているのか)


 ダラスも後に続く。


 進むほど周囲は暗くなっていった。


(暗いな)


 しかし、さらに先には淡い光が見える。


(む。奥は明るいのか。呪術師長はどこまで行くつもりだ?)


 やがて、一行は開けた空間へ辿り着いた。


「これを見ろ」


「これは……なんだ?」


 呪術師長が杖で示した先。


 岩壁に、ひどく古びた絵が刻まれていた。


「お前にはこれがどう見える」


「絵だな」


「この絵は何を表しているように見えるかと聞いたんだ」


(ふむ)


 ダラスは改めて壁画を見る。


 かなり古い。


 ところどころ欠けており、描かれた者たちの細かな表情までは分からない。


(この大きいのは……バーバリアンだよな)


 中心には、巨大な人影。


 その周囲を、いくつもの小さな人影が囲んでいる。


(だとすれば、周りを囲んでいるのは……)


 尻尾がある。


(獣人か)


 耳が長く尖った者もいる。


(これはエルフだろ)


 さらに、小柄でずんぐりとした影。


(となると、この小さいのはドワーフか)


 バーバリアン。


 獣人。


 エルフ。


 ドワーフ。


(人間がいないな)


 少し気にはなったが——。


(まあいい)


「バーバリアン……と、それを囲む他の種族ってところか?」


「正確なことは我々にも分からん」


「分からないことを俺に聞いたのか!?」


 思わず声を荒らげるダラスを無視して、呪術師長は壁画を見上げた。


「一つだけ古くから伝わる話がある。かつて我々バーバリアンは、今より遥かに知恵のある種族だったという」


(意味が分からない)


 ダラスは壁画と呪術師長を交互に見る。


(この壁画と何の関係があるんだ?)


「強靭な肉体を持ちながら、他種族と同じ程度の知恵を持ち、学問を理解する者もいた。だが、その力を他種族から恐れられたとも伝わっている」


(なるほど)


 改めて壁画へ目を向ける。


 表情までは分からない。


 それでも確かに、中心に立つバーバリアンを他種族が取り囲んでいるようには見えた。


「その後、何が起きたのかは分かっていない。神々によって知恵を奪われたという話もある。長い年月の中で、どこまでが真実なのかは失われた」


「……そんな大事なことも分からないのか?」


「過去のことなど、誰にも分からんよ。バーバリアンのほとんどは文献など読めん。だからこそ、伝承なのだ」


(ふむ)


 ダラスは少し考える。


(長い物語を覚えるくらいなら、文字を覚えたほうが楽そうだがな)


 もっとも——。


(まあ、俺は文字を読めても書けないから、同じようなものか)


「だが、理由が失われても、言葉だけは残った」


「ほう」


 呪術師長がゆっくりと振り返った。


「——知恵あるバーバリアンは、災いを招く」


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