乾杯
◆ご挨拶
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帰還部屋の騒ぎをあとにしたテリエスたちは、受付の報告窓口へと向かった。
窓口の奥では、テリエスたちをダンジョンへ送り出したあの女神官が、相変わらず死んだような目で書類の山と格闘している。
「報告だ。グリーンスパイダーダンジョンから帰還した。それと……このドロップ品だが、神殿のリストに記載がない『新発見』じゃないかと思ってな」
テリエスが亜空間カバンから一冊の古びた魔導書を取り出すと、女神官は「はいはい……」と力なく受け取り、その表紙に触れた。瞬間、彼女の眼光が跳ね上がる。
「えっ……? 『炎の中級魔導書』……!? ちょっと待って、ドロップ履歴に魔導書自体がないはずだし、それも中級だなんて……! あんたたち、一体どんな個体を倒したの!?」
「8メートルほどある巨体だった。おそらく、8等級でも上位のα《アルファ》かと」
おどけた驚きを見せていた女神官の顔から、一瞬で余裕が消え去った。
「8メートル……!? そんなの聞いたこともないわ! 最大でも5メートル程度のはずよ! 落ちた魔石を見せて!」
テリエスが再びカバンからボスドロップの超巨大な魔石をドスンと取り出すと、女神官は息をのんだ。
「……これ、7等級の魔石よ。10等級ダンジョンに7等級のボスが現れた例なんて過去に一度もない……。よく生きて帰ってこられたわね、新成人のバーバリアン……!」
道理で道中のモンスターとは次元の違う威圧感だったわけだ。3人は「本当に生きて帰れて良かった」と、背筋が凍る思いで顔を見合わせた。
「急いで上層部に報告書を作らないと! 今日はこれで——」
「待ってくれ」
慌ただしく立ち去ろうとする女神官を、テリエスが呼び止める。
「新発見に対する『報酬』はどうなっている?」
「……あっ、忘れてたわ」
女神官は頭を抱えると、壁の張り紙を指さした。
「あちらの報酬リストから好きなものを選んで。今回の発見なら『B級以下』の欄にあるものなら何でもいいわ。決まったら声をかけて」
提示されたB級リストには、目を見張るようなお宝が並んでいたが、その中でも
・神授の武具
・亜空間カバン(大)
・中級エリクサー
が目を引いた。
神授の武具は、バーバリアンの成人式で優勝者に贈られた『ヴォル=ウーラ』の武具と同格の代物だ。今テリエスが持つ剣と盾も10等級が持つにはあまりに強力で、6等級あたりまで一線で使える代物だが、ここでもらえる炎の神『ソル=ヴァルカン』の武具も、好きな形態(鎧など)を選べるという。
中級エリクサーも魅力的だ。欠損こそ治せないが、骨折や内臓破裂程度なら一瞬で完治させる。瀕死からの立て直しには絶大な効果を発揮するだろう。
だが、3人で相談しようとすると「テリエスに決めてもらいたい」と二人が口を揃えたため、テリエスは迷った末に『亜空間カバン(大)』を選択した。長旅や深いダンジョンへの挑戦を見据えれば、全員の物資と素材を余裕で収納できる大容量のカバンが最もパーティの利益になると判断したのだ。
手続きを終え、少し落ち着いた女神官が真剣な眼差しで語りかけてきた。
「今回の持ち帰った情報は、冒険者の生存率を劇的に変えるわ。10等級ダンジョンは、油断と情報不足で死ぬ冒険者が一番多いの。あなたたちと同じように7等級のボスに遭遇し、情報を持ち帰れずに全滅したパーティがこれまで何度もいたのかもしれない……」
ボスの巨大さを扉が閉まる前に確認し、規格外であれば挑戦せずに帰還日まで待機する——その選択肢ができるだけで、救われる命が確実に増えるのだ。
「本当に、生きて情報を持ち帰ってくれてありがとう」
これまでに見たことのない、心の底から冒険者を気遣う温かい笑顔を見せる女神官。テリエスたちは「この神官は本当に冒険者たちを想いながら仕事をしているのだな」と胸を打たれた。
神殿を出た3人は、ドロップアイテムを換金するために冒険者ギルドへ向かった。
受付で巨大魔石を取り出すと周囲から驚きの声が上がったが、ギルドは上級冒険者も出入りする場所だ。大騒ぎとまではいかず、受付は「計算が終わったら呼ぶから、酒でも飲んでてくれ」とぶっきらぼうに番号札を渡してきた。
指示通り、ギルド併設の酒場『五彩の酒盃亭』へ移動する。
今日もまたテリエスの奢りで、シェリルは小さなジョッキの麦酒を、ルーエンは葡萄酒を口に運ぶ。
ほんの先週のことだが、この場所で出会った頃を思い出す。怯えながらオレンジジュースを飲んでいたコダヌキも、金を騙し取ろうとした小賢しい人間もここにはいない。目の前にいるのは、死線を共にくぐり抜けた大切な仲間だ。
テリエスは意を決し、二人を見つめた。
「今回、臨時で組んだつもりだったが……俺はお前たちが気に入った! ダンジョンでのお前たちは勇敢で、何度も救われた! 偉大な戦士だ!」
唐突な称賛に対し、二人は気まずそうに言葉を詰まらせた。
実際、二人は自分たちが足を引っ張っていた自覚があった。グリーンスパイダーα戦でパニックを起こしたシェリルも、ただ縮こまっていただけのルーエンも、テリエスは「勇敢だった」と称えてくれたのだ。
「そこでだ。俺はこのパーティを正式に継続したいと思っている。……だが、それには条件がある」
テリエスは身を乗り出し、真剣な面持ちで二人へ言葉を叩きつけた。
「これから等級を上げるにあたり、俺一人で二人を守りながら戦うのは無理がある。ルーエン、怖くても中衛として戦闘に参加し、怯えて動けなくなるのを改善しろ。シェリル、パニックを起こさない心構えと、マナ量を増やす訓練を求める。……正式に背中を預けられる仲間になってほしい」
厳しい条件を提示した直後、テリエスは二人へ向けて「手札」を開帳した。
「当然、俺もできる限りの支援をするし、訓練も一緒にやる。そして、俺の仲間として正式に戦うと決めてくれるなら……今回のドロップ品である『中級魔導書』はシェリル、お前が読め。マナ増幅と魔法の境界を引き上げろ。そしてルーエン、お前には俺の『亜空間カバン(中)』をやる。神殿の報酬でもらった『亜空間カバン(大)』はパーティの共有資産として俺が持つが、実質お前たちのものでもあると思ってくれていい」
パーティへの誘い、要求する覚悟、そしてそれを果たすための圧倒的なリソースの提供——。
すべてを一度に提示された二人は、テリエスの圧倒的なカリスマ性と合理性に息をのんだ。
テリエスの本音としては、二人には「自分の身を守り、死なない程度の戦闘力」があれば十分だった。背中を預けられる……信頼できる仲間という存在そのものが、テリエスにとって何よりの宝なのだ。
もちろんそれだけではない。ルーエンの探索・調理・社交性、シェリルのマッピング・危険察知・潜在的な魔法適性。彼らの価値をテリエスは誰よりも理解していた。
「……悩みようがありません!」
シェリルが真っ先に立ち上がらんばかりの勢いで尻尾を振り回しながら声を上げた。
「今回はテリエスに頼り切りでした……! マナを増やし、パニックを克服して見せます。魔導書までいただけるなら、足を引っ張るわけにはいきません。ぜひ仲間に入れてください!」
残るはルーエンだった。
欲しかった亜空間カバンが手に入る。手厚すぎる待遇とアイテムの分配。そして、テリエスほど強くて信頼できる男に自分が誘われる機会など二度とないだろうということも。
だが……己の恐怖心が壁だった。ボス戦でのルーエンは、恐怖のあまり失禁すらしていたのだ。
(成人男性が、恐怖でお漏らしだぞ……。そんな情けない俺を仲間だと認めてくれ、簡単には手に入らない亜空間カバンまで譲ってくれるという。出会いは最悪だったのに、俺の長所を見出してくれたテリエスに、答えたい……!)
ルーエンは深く息を吐き、テリエスを真っ直ぐに見つめ返した。
「……モンスターの恐怖を完全に克服できるかはわからない。でも、最大限努力する。テリエス、俺を鍛えてくれるか?」
「もちろんだ! 俺より怖いモンスターなどそうそういないだろ!? 毎日俺と手合わせしていれば、すぐに恐怖など吹き飛ぶぞ!」
(……テリエスを見るたびに固まるようになっちまうのが先か、モンスターの恐怖を克服するのが先か……やってやるさ!)
震えながらも腹を括ったルーエンが頷く。
誰が合図したわけでもなく、三人は手元にあったグラスを掲げた。
「仲間に」
「仲間に」
「仲間に」
「「「乾杯!!!」」」
快音と共にグラスがぶつかり合い、三人は一気に酒を飲み干した。
提示された「覚悟」と「配分」をすべて飲み込み、最強のインテリバーバリアン率いる「真のパーティ」がここに誕生したのだった。




