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ダンジョン古代遺物

◆ご挨拶


読んでくれてありがとうございます。

続きが気になってくれたら、フォローや応援コメントをしてくださると、めちゃくちゃ喜びます。

星は1つからでも励みになります。



 翌日。澄み渡る朝空の下、オルドリア王国の中心地に位置する「中央区大神殿」の前で、テリエス、ルーエン、シェリルの三人は合流を果たした。


 大理石で造られた重厚な神殿の広場は、朝早くからダンジョン攻略へ向かう冒険者や探索者たちでごった返している。


「うへぇ……相変わらず人ごみが凄えな。で、テリエス。申請するのは昨日みんなで決めた『グリーンスパイダーのダンジョン』で間違いないな?」


 背負い袋の紐を締め直しながら、ルーエンが確認するように訊ねる。


「ああ、もちろんだ。昨日も話した通り、あそこが今の俺たちにとって一番都合がいいはずだ」


 テリエスは豪快に胸を叩き、力強く頷いた。


 ダンジョン選びの話し合いで決め手となったのは、出現する敵の傾向だ。ゴーレムのような物理耐性を持つ頑丈な敵や、物理攻撃が効かないゴースト種が出現しないため、テリエスの剣撃、ルーエンの弓、そしてシェリルの火魔法というパーティ編成で最も安全かつ確実に処理できる。


「ええ、あらためてリストを見ても完璧な選択ですね! 斬撃の通りにくい相手が出ないのは助かりますし、私の火魔法でも蜘蛛相手ならしっかり弱点を突けます!」


 シェリルも昨日の決定に改めて満足そうに深く頷き、耳をぴこぴこと揺らした。


 ダンジョンへの入場は、神殿内部に鎮座する巨大な古代遺物(アーティファクト)を通じて行われる。希望するダンジョンに対応したモンスターの魔石を提出し、アーティファクトに捧げることで、目的の階層へと繋がる転移門が開く仕組みだ。


 オルドリアの長い歴史の中で多くの組み合わせが検証されており、神殿が発行する『ダンジョンリスト』を見れば、出現モンスター、ボス、採取できる素材がある程度把握できる。


 さらに、ダンジョン内に充満する『毒の気』の影響により、パーティリーダーの市民等級によって最大滞在可能時間が定められている。10等級市民であるテリエスが率いるパーティの限界値は「7日間」。


 ダンジョン脱出の手段は「ボスを討伐してクリアする」か、「あらかじめ申請した滞在時間が経過して強制送還される」かの二択しかない。逆に言えば、たとえボスを倒せず詰みかけたとしても、時間が来るまで生き延びさえすれば強制送還によって神殿へ救出される仕組みだ。……もっとも、時間が来た時に息絶えていれば、送り返されるのは冷たくなった死体だが。


 10等級ダンジョンにおいて、遠征による報酬とダンジョン踏破による実績は過酷な重税社会を生き残るためにほぼ必須だ。そのため、テリエスたちだけでなく、このレベルに挑む一般的な10等級パーティも基本的には限界値である「7日間」で申請するのが定石となっている。


 もちろん、未開拓の深層ダンジョンであれば話は別だ。そうした場所では踏破ではなく階層マッピングや素材の試掘を目的として、最大滞在時間ではなくあえて5日、10日、15日といった短めの滞在期間を選択して確実な帰還を狙う者たちも存在する。


 だが、こと既知の10等級ダンジョンにおいては、踏破とボスの討伐こそが最大の目的。最大時間である7日を選択する以外に勝利の道筋はなかった。だからこそ、テリエスたちが7日で申請することに迷いはなかった。


 もっとも、その7日を生き延びて踏破できる新人がどれだけいるか、という話ではあるが。


 テリエスは腰に差した剣と盾の感触を確かめる。『成人の儀式』で勝ち取り、大地の神ヴォル=ウーラの祝福を受けたこの武具は、最高峰の性能を誇る『エピック等級』の逸品だ。


 一般的なアイテムの等級は【コモン < アンコモン < レア < エピック < レジェンダリー < ユニーク】と区分されるが、10等級ダンジョンで手に入るのはせいぜいコモンやアンコモン。稀にエピック素材が落ちたという報告や、未記載のレアドロップを持ち帰ることで特別報酬が得られることもあるが、現実は甘くない。


 実際には、初めて挑む新成人だけのパーティがボスを踏破するのは難しく、仲間の一人や二人を冷たい『死体』として連れ帰ることも珍しくない。運が悪ければ、全員が死体となって強制帰還させられるのがこの世界の日常だ。


 料理の才能を持つルーエンや、回復魔法が使えるシェリルのような人材であれば、街で別の仕事を見つけて生き残る道もある。しかし、現代でも少なからず差別を受けている獣人や、力しか持たない大多数のバーバリアンは、ダンジョンを攻略できなければ過酷な重税に潰されて淘汰されるしかない。


 だからこそバーバリアンには、ダンジョンで全力で戦い命を落とすことを「名誉の死」と呼び、ヴォル=ウーラの祝福を受けて救済されると信じる文化が根付いていた。


 その死生観や同胞たちの誇り高い生き様を、テリエスは心から尊重している。誇りを胸に死んでいく同胞たちの死を悲しいとは思っても、決して愚かだとは思わない。……だが、ただ一つ、生まれついての過剰な知性が彼に「異物」としての呪いをかけていた。


 知性を持って生まれたがゆえに湧き上がる、死への根源的な恐怖。そして、この世界の理やダンジョンの深淵を知りたいという、止まらない探究心。


 (名誉の死を否定はしない。……だが俺は、生きてこの世界の果てを見たい。泥を啜ってでも生き残り、成果を掴み取ってみせる)


 テリエスは己の業を秘めた胸の内で、静かに、しかし激しく熱情を燃やす。神殿の受付へ向かうと、そこには連日の対応で疲れ切った顔をした女性神官が座っていた。


「……申請書を確認しました。では、万が一の際、ご自身の遺品や財産を所属先(アイル族)へ送り返すか、特定の個人へ相続するかを指定してください」


 機械的に告げられた問いに、テリエスはふと足を止める。


 アイル族の村では皆が良くしてくれたし、気心の知れた友人もいた。テリエス自身、バーバリアンとしての誇りを強く持ち、大雑把で豪快な性分は種族そのものだ。だが——生まれ持った高い知性と小さな体躯ゆえに、どこか周りから浮いてしまっていたことも紛れもない事実だった。


 脳裏に浮かんだのは、成人の儀式で拳を交えた男の顔だ。自分の持つ知恵と全力をぶつけ合い、まっすぐな眼差しで「最高の戦士」と称え、友と呼んでくれた男。


「俺が死んだら、タヌカン族のダラスという若者に遺品を譲ってくれ」


「かしこまりました。……タヌカン族の、ダラス様ですね」


 (まあ、俺の剣と盾をあの巨漢が使うことはなさそうだが……売ればちょっとした財産にはなるだろ。ふん、毛頭死ぬつもりはないがな)


 心の中でニヤリと笑う。ルーエンは宿屋の主人を、シェリルはタヌキ属の村にいる妹の名前をそれぞれ提示し、手続きを終えてダンジョン門を開くための魔石を受け取った。


 魔石を巨大なアーティファクトにセットすると、ぐにゃりと空間が歪み、青白い光を放つ転移門(ポータル)が立ち現れる。


「……お気をつけて」


 神官が疲れた声で小さく見送る。このポータルに入り、二度と戻らなかった探索者たちの後ろ姿を、彼女は数え切れないほど見送ってきた。その光景にはどれだけ月日が流れても慣れることはない。公務員として神殿で働くのも、それなりに胃の痛い苦労があるのだ。


◇


 視界が眩い光に包まれ、次の瞬間——感覚がぐにゃりと歪み、重力が戻る。


 ドシンッ!!


 (うおっ! ……これが文献に書いてあった《《転移特有の三半規管のバグ》》ってやつか……!)


 テリエスは持ち前の優れた身体能力で即座に体勢を立て直し、重厚な音を立てて完璧に着地してみせた。


 知識としては事前にしっかりと叩き込んでいた『空間跳躍』の現象。だが、理論として知っていることと、実際に肉体で体感することの差を突きつけられ、テリエスは内心で感嘆の息を漏らす。脳内の計算式どおりの浮遊感ではあるが、実体験としての浮遊感と目眩は一味違う、不気味な感覚だった。


 一方で、経験者であるルーエンは風のように身軽な動作でトンと降り立った。


「ふにゃあッ!?」


 そして最後に転移してきたシェリルは、生まれて初めての転移の衝撃に足をもつれさせ、派手にすっ転んで顔面から地面へダイブした。


「痛たた……うぅ、転移なんて大っ嫌いです……! 頭がクラクラします……」


 涙目になりながら地面に這いつくばるシェリルを見て、ルーエンが楽しそうに鼻で笑った。


「カッカッカ! まあ最初はみんなそうなるさ。慣れりゃどうってことねえよ」


「おいおい、大丈夫かシェリル。ほら、立ちな」


 テリエスも苦笑しながら手を差し伸べ、ひょいとシェリルの身体を引き起こしてやる。


「あ、ありがとうございます、テリエスさん……って、ひえっ!?」


 お礼を言いかけたシェリルの顔が、一瞬で引きつった。


 周囲を見渡せば、そこは一面にねっとりとした白い糸が張り巡らされた、不気味な洞窟。……そして、暗闇の奥から幾重もの赤い不気味な複眼が、じっと三人を見下ろしていた。


 シャシシシシ……! ガチガチガチッ!


 耳腔を刺すのは、無数の無機質な顎関節が鳴る音。


 どうやら転移した先は、運悪くダンジョンスパイダーたちの『群生地』だったらしい。すでに数十匹を超える蜘蛛型のモンスターが、逃げ場を塞ぐように完全な包囲網を敷いていた。


「う、嘘だろ……!? 転移直後にいきなり囲まれてやがる!?」


 ルーエンが弓を構えながら、冷や汗を流して顔を青くする。シェリルもテリエスの背中に隠れるようにして、震える手で杖を握りしめた。


「テ、テリエスさん! どうしましょう……っ!?」


 新人の死因第一位と言っても過言ではない、悪夢のような初期配置。


 (当たりを引いたか……)


 恐怖に身を竦ませる仲間たちの横で、テリエスは静かに、精神の奥底で鋭く目を細めた。


 (転移誤差によるエリア直着か。蜘蛛種の反応速度、糸の密度、通路の幅……よし)


 思考の海を一瞬で駆け巡る計算。豪快なバーバリアンの仮面の下で、インテリ魔法剣士の頭脳が恐ろしい精度で「最適解」を弾き出していく。


 (大丈夫、問題ない……)


 テリエスは腰のエピック級の剣を抜き放つと、牙を剥く大物バーバリアンらしく、ニヤリと不敵に笑い飛ばした。




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