第83話-虎を養いて自ら患いを残す
「ここがREN999さんの拠点ですか……」
ティグリスは物珍しそうに辺りを見回しながら、蓮に尋ねた。
そこは、蓮がクラン【秘密の花園】で使用している拠点だった。
ティグリスがこれまで暮らしていた孤児院と比べれば、こぢんまりとした建物である。
それでも、初めて訪れる場所ということもあってか、ティグリスは興味深そうにあちらこちらへ視線を向けていた。
一方の蓮はというと、先ほどの出来事を思い出し、何とも言えない気持ちになっていた。
というのも、ティグリスを仲間にする際、少々予想外のことが起きていたからである。
蓮が【YES】を選択すると、ティグリスは嬉しそうに礼を述べ、その後も二人の間でいくつか言葉が交わされた。
ここまでは、特に問題はなかった。
ところが、その会話が一段落したところで、突然システムメッセージが表示されたのである。
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【カールの孤児院への寄付を承諾しました】
【寄付金額:300,000G】
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(……ん?)
蓮は思わず目を疑った。
(……承諾しましたって……俺、そんな選択肢を押したっけ?)
確かに、30万Gを寄付する覚悟は決めていた。
しかし、蓮が実際に選択したのは、ティグリスを仲間にするための【YES】だけである。
寄付を承諾するかどうかについては、別の選択画面が表示されるものだと思っていた。
(……いや、まさか……)
嫌な予感がして、蓮は慌ててメニューを開いた。
そして、自分の所持金を確認する。
(……あっ……)
そこには、先ほどまで30万Gを少し超えていたはずの所持金が、わずかな残額になっているという現実があった。
(……本当に引かれてるじゃないか……)
どうやら、ティグリスを仲間にすることを選択した時点で、カールへの寄付も自動的に承諾した扱いになっていたらしい。
(……いや、まあ、寄付するつもりではあったけどさ……)
もちろん、覚悟はしていた。
それでも、いざ自分の財産がほとんどなくなったのを目の当たりにすると、何ともやるせない気持ちになる。
(……せめて、寄付しますかって確認くらいしてくれてもいいんじゃないか……?)
蓮は思わずため息をついた。
こうして、当初の目的だった【ホワイトピジョンの心】の入手は、後回しにせざるを得なくなったのである。
そもそも、神殿への累計寄付額を10万Gに到達させたところで、【ホワイトピジョンの心】を無料でもらえるわけではない。
購入資格を得た後には、さらに購入費用が必要になる。
今の所持金では、とてもそこまで手が回りそうになかった。
(……まあ、ティグリスが仲間になったんだから、今回はそれでよしとするしかないか……)
そう自分に言い聞かせ、蓮はティグリスと二体の召喚モンスターを連れて、いったんクランへ戻ることにしたのだった。
そして現在。
「そうだよ。とはいっても、普段はほとんど寄らないから、別に知っていても知らなくてもいいんだけどね」
蓮は、先ほどのティグリスの質問に答えた。
「へー。普段はほとんど寄らないのか?」
「うん。まあね」
「じゃあ、普段じゃないときは寄るんだよな? どういうときなんだ?」
「あー……それは……疲れたときかな……」
蓮は一瞬言い淀んだ後、言葉を選ぶようにして答えた。
というのも、危うく「戦闘で全滅したとき」と言いそうになったからである。
PLAYERにとって、死亡して拠点へ戻るというのは、ゲームの仕組みとして理解できる話だった。
しかし、ティグリスはNPCである。
しかも、これまでモンスターとの戦闘経験がなく、死ぬことを恐れていた人物でもある。
もちろん、蓮はすでに、パーティに加入したNPCもPLAYERと同じように復活できることを確認していた。
それでも、そのことをティグリスにどう説明するべきなのかは、まだ分からない。
(……いきなり死んだときに戻ってくる場所だなんて言ったら、変に怖がらせるかもしれないしな……)
そう考えた結果、蓮は曖昧な答え方をしたのである。
「ふーん。疲れたときか……」
ティグリスは特に疑問を抱いた様子もなく、再び室内を見回した。
「でも、本当に何もないんだな。これなら普段は寄ってないっていうのも分かる気がする」
「まあ、確かに何か特別な物があるわけじゃないしな」
蓮も改めて辺りを見回した。
確かに、ティグリスの言うとおりだった。
普段からほとんど利用していないこともあり、室内にはこれといって目を引くような物は置かれていない。
孤児院で大勢の子供たちと暮らしていたティグリスからすれば、少々寂しい場所に見えるのかもしれなかった。
(……そういえば、俺もこの拠点でゆっくり過ごしたことって、ほとんどないんだよな……)
蓮はそんなことを考えながら、物珍しそうに室内を見回すティグリスを眺めていた。
(……まあ、これからは少し賑やかになるのかもしれないな……)
そう思うと、30万Gを失ったことへの未練も、ほんの少しだけ薄れたような気がした。
……本当に、ほんの少しだけだが。
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