第82話-騎虎の勢い
「あー……これがユニークってやつなんだろうな……」
ほぼ同時期にプレイを開始したホウキ星はともかく、先輩PLAYERであるポロンからも、カールの孤児院については何の話も聞いていなかった。
そして今、目の前には、このイベントが一度限りであることを告げるメッセージが表示されている。
蓮は、この孤児院で起きている出来事が普通のイベントとは違うのだと、嫌でも実感していた。
「ユニーク? 何ですか、それは?」
「あっ……いえ、何でもありません。こっちのことですから」
思わず口に出してしまった独り言にカールが反応し、蓮は慌てて取り繕った。
(……でも、このユニークって本当にたちが悪いよな……)
そもそも、なぜ自分にこのイベントが発生したのかも分からない。
特定の条件を満たすことで発生するとは聞いているが、その条件が何だったのか、蓮にはまったく心当たりがなかった。
ただ、一つ疑問を抱き始めると、次から次へと別の疑問が湧いてくる。
(……もしかして、この30万Gって金額も、俺の所持金を見て決められてるんじゃないだろうな?)
現在の蓮の所持金は、30万Gを少し超える程度である。
それに対して、カールが要求してきた寄付金額は30万G。
あまりにも都合のよい金額に思えてしまう。
(……いや、偶然かもしれないけどさ……)
もちろん、カールが蓮の所持金を知っているとは限らない。
しかし、ここがゲームの世界である以上、運営側がPLAYERの所持金を参照し、イベント内で要求される金額を決定している可能性も考えられた。
(……だとしたら、なかなか嫌らしい設定だよな……)
蓮は思わず苦笑いを浮かべた。
とはいえ、ポロンから聞いた話も忘れてはいない。
ユニークイベントは、基本的にPLAYERのゲームプレイを助けるように設定されているという話だった。
もちろん、それは運営が公式に保証しているわけではない。
恐らくは、ポロン自身の経験や知識からくる見解なのだろう。
それでも、蓮には彼女を信用するだけの理由があった。
これまでポロンには、何度も助けてもらっている。
ゲームの仕組みを教えてもらったこともあれば、困ったときに相談に乗ってもらったこともある。
そんなポロンが、この段階で何の根拠もなく、適当なことを言うとは思えなかった。
(……ポロンさんが言うんだから、最終的にはプラスになるんだろうけど……)
だからこそ、蓮自身も、このイベントは最後まで進めた方がよいのだろうと考えていた。
しかし、頭ではそう理解していても、どうしても決断できない。
その理由は、単純に30万Gという金額が惜しいからだけではなかった。
(……問題は、俺がここに来た本来の目的なんだよな……)
蓮が【白の神殿】を訪れたのは、【ホワイトピジョンの心】を購入する資格を得るためである。
神殿への累計寄付額を10万Gに到達させ、その後、必要な費用を支払って【ホワイトピジョンの心】を手に入れる。
それが当初の予定だった。
しかし、今ここでカールの孤児院に30万Gを寄付してしまえば、その予定は間違いなく延期せざるを得ない。
(……それに、ホワイトピジョンが手に入らないと、あっちの方もどうなるか分からないしな……)
蓮がホワイトピジョンを欲しがっているのは、回復役となる召喚モンスターを確保したいからだった。
そして、その背景には、ホウキ星から頼まれている【ブロンズゴーレム】の討伐がある。
ブロンズゴーレムを相手にする以上、回復手段はできるだけ確保しておきたい。
だが、【ホワイトピジョンの心】を入手できなければ、回復要員として考えていたホワイトピジョンを召喚モンスターに加えることもできない。
(……そうなると、ブロンズゴーレムの討伐もどうなるか分からないよな……)
もちろん、ホワイトピジョンがいなければ絶対に勝てないと決まったわけではない。
しかし、回復手段を確保できないまま挑戦するとなれば、それだけ不安も大きくなる。
一方で、目の前にはランクⅡLv20という高い身体能力を持つティグリスがいる。
彼を仲間にできれば、戦力面では大きな助けになるかもしれない。
だが、そのために本来の目的を後回しにすることになれば、果たしてどちらが得なのか。
(……まったく、どっちを優先すればいいんだよ……)
蓮は目の前に表示された選択画面を見つめながら、再び頭を悩ませていた。
「あのー……もしもですよ……もしもですけど……」
「はい。何でしょうか?」
蓮は、仮に寄付を断った場合はどうなるのか、カールに尋ねてみようとした。
しかし、いざ口を開こうとすると、周囲にいた子供たちの視線が一斉に蓮へと集まってきた。
(……うっ……)
子供たちは、何かを期待するような目で蓮を見つめている。
その隣では、カールが相変わらず申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
(……いやいや、ちょっと待ってくれよ……)
蓮は思わず言葉に詰まった。
ティグリスは連れていきます。
でも、寄付はしません。
そんなことを、この状況で言えるだろうか。
(……いや、無理だろ。こんなの……)
カールから何かを強制されているわけではない。
少なくとも、今のところは。
しかし、周囲の子供たちの期待に満ちた視線が、蓮にとっては何よりも断りにくい理由になっていた。
(……この人、まさかここまで計算してるんじゃないだろうな……)
蓮はちらりとカールの顔を見た。
だが、そこにあるのは、相変わらず申し訳なさそうな表情だけである。
(……いや、だから、その顔はやめてくれって……)
しかも、蓮にはもう一つ気になることがあった。
それは、先ほどから目の前に表示されている選択画面についてである。
画面には、ティグリスを仲間にするかどうかの【YES/NO】が表示されている。
しかし、カールへの寄付を行うかどうかについては、何の選択肢も表示されていなかった。
(……これって、どういうことなんだろうな……)
寄付とティグリスの加入は、まったく別の話なのだろうか。
それとも、寄付を断った時点で、ティグリスを仲間にすること自体ができなくなってしまうのだろうか。
(……もし後者だったら、ここで断るのはまずいよな……)
何しろ、このイベントは一度限りだという。
寄付を断った結果、イベントそのものが終了してしまう可能性も否定できない。
そうなれば、後から考え直したところで、もう取り返しがつかないかもしれない。
(……それに、ティグリスのステータスを考えると……)
蓮は改めて、ティグリスの能力を思い返した。
ランクⅡLv20。
HP960。
STR125にAGI130。
戦闘経験がないという点は気になるものの、その身体能力は蓮自身を大きく上回っている。
そして、ホウキ星から聞いていたブロンズゴーレムの情報も思い出した。
確か、ブロンズゴーレムのHPは400〜500程度ではないかという話だったはずだ。
それに対して、ティグリスのHPは960もある。
(……HPだけで強さが決まるわけじゃないけど、これだけ差があるなら、かなり頼りになるんじゃないか?)
もちろん、相手はゴーレムである。
単純にHPの数値だけを比べても、実際の戦闘がどうなるかは分からない。
それでも、これほどの能力を持つティグリスが仲間になれば、ブロンズゴーレム討伐においても大きな助けになる可能性がある。
(……ホワイトピジョンは回復役だけど、ティグリスなら直接戦ってもらえるかもしれないしな……)
少なくとも、戦力として期待できることは間違いなさそうだった。
(……やっぱり、ティグリスを仲間にした方がいいよな……)
蓮は、徐々に自分自身へ言い聞かせるように考え始めていた。
30万Gは、決して安い金額ではない。
むしろ、今の蓮にとっては所持金のほとんどを失うことになる大金である。
それでも、ここでティグリスを仲間にする機会を逃してしまえば、後になって後悔するかもしれない。
(……それに、ポロンさんもユニークイベントはプラスになるって言ってたしな……)
蓮はもう一度、目の前の選択画面を見つめた。
【本イベントへの挑戦は一度限りです。慎重にお考えください】
そのメッセージは、相変わらず表示されたままだった。
(……一度限り、か……)
蓮は小さく息を吐いた。
そして、ティグリスへと視線を向ける。
孤児院のために100万Gを稼ぎたいと願う、白虎の亜人の青年。
彼自身にも目的があり、そのために蓮と一緒に行きたいと言っている。
(……まあ、これも何かの縁ってやつなのかもしれないな……)
そう考えると、ようやく気持ちが固まってきた。
(……仕方ない。30万Gは痛いけど、ここは思い切ってみるか)
蓮は覚悟を決め、カールの方へ向き直った。
「……分かりました。寄付の件、引き受けます」
こうして蓮は、30万Gを寄付し、ティグリスを仲間に迎えることを決意したのだった。




