第77話-幽霊の正体見たり枯れ尾花
「ガブリエル、ちょっとこっちに来なさい」
カールが少し離れたところにいる子供へと声をかけた。
すると、ガブリエルと呼ばれた青白い肌の子供が、こちらへと歩いてきた。
(……ん? 何をするつもりだ?)
蓮が不思議に思っていると、カールは机の引き出しを開け、一本のナイフを取り出した。
「では、REN999さん。まずはこちらをご覧ください」
「……はい?」
次の瞬間だった。
カールは手にしたナイフを、自分の手のひらへと滑らせたのである。
「ちょっ!? 何やってるんですか!?」
あまりにも唐突な行動に、蓮は思わず声を上げた。
カールの手のひらには傷ができ、そこから血がにじみ出している。
(……いやいやいや! 何でいきなり自分の手を切ってるんだよ!?)
慌てた蓮は、急いでアイテム欄からポーションを取り出そうとした。
しかし、その動きをガブリエルが制した。
「……え?」
蓮が戸惑っている間に、ガブリエルはカールの前へと進み出た。
そして、傷ついたカールの手のひらを、両手で包み込むように支える。
すると――。
「……おお?」
ガブリエルの両手から、黒い光があふれ出した。
その光がカールの手のひらを覆うと、先ほどまで血がにじんでいた傷口が、みるみるうちに塞がっていく。
やがて黒い光が消える頃には、カールの手のひらから傷がすっかり消えていた。
「……これは?」
蓮は思わず身を乗り出した。
つい先ほど、自分の目の前で切りつけたばかりの傷である。
それが、まるで何事もなかったかのように消えてしまったのだ。
「これは【血盟】というスキルです。吸血系のモンスターが持つ能力の一つですね」
「……血盟?」
「はい。このスキルは、対象が受けたダメージを使用者が肩代わりするというものです」
カールはそう説明しながら、傷の消えた手のひらを蓮へと向けた。
「ただし、肩代わりできるダメージには限界があります。一定量まではダメージを無効化できますが、その限界を超えてしまうと、今度は使用者自身がダメージを受けることになるんです」
「……なるほど」
蓮は改めて、カールの手のひらへと視線を向けた。
確かに、そこには先ほどまであったはずの傷が見当たらない。
(……つまり、回復しているように見えるけど、実際にはダメージを肩代わりしているってことか?)
そう考えたところで、蓮はふと気づいた。
(……待てよ。それって、この子が代わりにダメージを受ける可能性もあるってことだよな?)
蓮は今度は、ガブリエルへと視線を向けた。
青白い肌をしたその子供は、何事もなかったかのようにカールの隣に立っている。
少なくとも、見た目には苦しそうな様子はない。
しかし、だからといって何の負担もないとは限らない。
(……いや、そもそも子供にそんなことをさせて大丈夫なのか?)
蓮は傷の消えたカールの手のひらと、その隣に立つガブリエルを交互に見つめた。
目の前で起きた出来事には驚かされたものの、どうにも素直に感心する気にはなれなかった。
「何となく言いたいことは分かりましたけど……。でも、ガブリエル君は大丈夫なんですか?」
「はい。このくらいなら大丈夫です。しばらく休めば、また元に戻りますから」
ガブリエル本人が何でもないことのように答えるのを見て、蓮は少しずつ落ち着きを取り戻していった。
しかし、それと同時に、得体の知れない能力に対する恐怖もわずかながら感じていた。
「でも、こうしてみると、REN999さんもやっぱりこの子の能力に恐怖を覚えますよね?」
蓮の表情から察したのだろう。
カールは、仕方がありませんよね、とでも言いたげな様子だった。
「確かに、動揺しなかったと言えば嘘になりますね。でも、それってカールさんが最初に説明してくれていれば、俺だって少しは心の準備ができたと思うんですよ」
「そうですね……。いきなり実演してしまったのは、よくありませんでした。私も反省します」
カールは申し訳なさそうに頭を下げた。
ここまでの話を聞いて、蓮にもカールが伝えたかったことが何となく理解できた。
モンスター由来の能力を持つ子供たちは、その特殊性ゆえに周囲から恐れられ、一般の孤児院では受け入れてもらえないのだろう。
少なくとも、カールはそう考えているらしい。
確かに、ガブリエルの【血盟】も、スキルについて何も知らない者が見れば、傷を吸い取っているように見えるかもしれない。
しかも、その際に放たれる光は黒色である。
人によっては、薄気味悪いと感じることもあるだろう。
ましてや、その能力が身近な動物などからは想像もつかない、モンスターに由来するものだとしたらどうだろうか。
得体の知れないものとして、怖がる人間がいても不思議ではない。
(……まあ、気持ちは分からなくもないけどさ)
蓮自身、先ほどの光景には驚かされた。
だからこそ、未知の能力に恐怖を覚えるという感覚については理解できる。
ただ、それでも腑に落ちないことがあった。
(……でも、それとこれとは別の話だよな?)
蓮は改めて、カールの隣に立っているガブリエルへと視線を向けた。
正確な年齢を聞いたわけではないが、見たところ十六、十七歳くらいだろうか。
もちろん、この世界で何歳から成人として扱われるのか、蓮は知らない。
そもそも、現実世界と同じような年齢の区切りがあるのかどうかも分からなかった。
それでも、いつまでも孤児院で面倒を見続けるというわけにはいかないはずだ。
いずれは自分の力で生活していく必要があるだろう。
しかし、ここまでのカールの話には、子供たちが将来どうやって自立していくのかという具体的な説明がなかった。
日々の生活を維持するだけでも大変なのは理解できる。
だが、だからといって、いつまでも神殿や一部の権力者からの援助に頼り続けるわけにもいかないだろう。
(……この人、その辺りはどう考えてるんだろう?)
そう思った蓮は、カールに尋ねることにした。
「カールさん。一つ聞いてもいいですか?」
「はい、何でしょう?」
「ここにいる子供たちを、いつまで育てるつもりなんですか?」
蓮としては、子供たちの将来について、何か具体的な考えがあるのかを確認したかっただけだった。
ところが、その質問にカールが答えるよりも早く――。
「お兄さん、俺を仲間に入れてくれないか?」
「……え?」
突然、背後から声がした。
カールとの話に割って入るようなその声に、蓮は思わず振り返った。
すると、そこには一人の男の子が立っていた。
白い毛並みに、黒い縞模様。
そして、頭には獣の耳が生えている。
(……今度は、トラ?)
蓮の目の前に立っていたのは、白いトラの特徴を持つ亜人の少年だった。




