第71話-ゲームの世界も浮世は辛いもの
「RENさん。ここで一つ、注意しておきたいことがあるので、真剣に聞いてください」
「はい。なんでしょうか?」
それまでの柔らかな口調とは打って変わり、ポロンが真剣な表情で蓮に注意を促した。
普段のポロンとはまるで違う雰囲気に、蓮も思わず身構えてしまう。
「今回のホウキ星さんというPLAYERなんだけど、今の段階ではクランに誘わないでほしいんだ」
「えっ……何か理由があるんですか?」
先ほどホウキ星と話した際、蓮は彼をクランに誘ったわけではない。
だが、短い時間ながらも、特に感じの悪いPLAYERという印象はなかった。
むしろ話しやすい相手だと感じていたため、今後も交流を続けていけば、いずれクランに誘うこともあるかもしれない。
そんなことを漠然と考えていただけに、ポロンの言葉は意外だった。
「ホウキ星さんは、今も別のクランに所属しているんだよね?」
「はい。【鉱物同好会】というクランに所属しているそうです」
「だったら、本人が辞めたいと言っていたとしても、それはまず向こうのクランの問題なんだよ」
「はい……」
「そこでRENさんがホウキ星さんをうちのクランに誘ってしまうと、向こうからは引き抜きに見えるかもしれないでしょ?」
「あっ……」
言われてみれば、その可能性は十分にある。
蓮としては、ホウキ星が自分の意思でクランを辞めたいと考えているのなら、特に問題はないように思っていた。
しかし、それはあくまでも蓮とホウキ星の間だけの話だ。
現在所属しているクランのメンバーが、同じように受け取るとは限らない。
「もちろん、別のクランに所属しているPLAYERを誘うこと自体が、絶対に悪いってわけじゃないんだけどね。でも、今回みたいに本人がクランを辞めたがっている状況だと、話は別なんだよ」
ポロンはそこで一度言葉を区切り、蓮の顔を見た。
「こちらにそんなつもりがなくても、向こうからプレイマナーが悪いって言われる可能性があるからね。それで揉め事になったら、RENさんだけじゃなくて【秘密の花園】にも関わってくる問題になるんだよ」
「なるほど……。確かにそうですね」
蓮は納得したように頷いた。
ホウキ星自身に悪い印象はない。
だが、だからといって、彼が所属しているクランとの関係まで問題がないとは限らない。
そのことを、蓮は改めて認識した。
「では、ホウキ星さんが正式にクランを抜けてからなら問題ないんですか?」
「ん~……。それについてはどうだろうねぇ~。実際に会ってみてから判断すると思うけど、今の段階では積極的には誘わないかなぁ~」
「……」
蓮は予想外の返答に、思わず言葉を失った。
現在、【秘密の花園】に所属しているのは蓮を含めて4人だけだ。
一方、クラン内には使われていない施設がいくつもある。
蓮自身の拠点や、これから運営する闘技場の予定地を除いても、まだ余裕がある。
クランを発展させるなら、メンバーを増やして施設を活用するのが自然ではないだろうか。
だが、目の前のポロンの反応を見る限り、どうやらそうではないらしい。
それどころか、クランを大きくすること自体に、あまり関心がないようにさえ見える。
「そういえば、ホウキ星さんはクランを辞めて、自分の鉱山を持ちたいって言ってましたよ」
「なるほどねぇ~。自分の鉱山かぁ~。資源系の冒険者だし、安定した収入源が欲しいってことなのかなぁ~。でもねぇ……」
ホウキ星が語っていた今後の目標について伝えてみたものの、ポロンの反応は今ひとつだった。
口調こそ先ほどまでの真剣なものから、いつもの調子に戻っている。
しかし、あまり乗り気ではないことは蓮にも分かった。
「でも……? 何かあるんですか?」
「素材は結局、オークションで買えばいいからねぇ~。別に多少安かろうが高かろうが、私はあんまり気にしないかなぁ~」
「なるほど……」
確かに、必要な素材をオークションで購入できるのであれば、わざわざ自分たちで鉱山を所有する必要はないのかもしれない。
もちろん、安定して素材を確保できるという利点はあるだろう。
だが、ポロンにとっては、それほど魅力的な話ではないようだ。
「それにねぇ~。今回の場合、もう一つ気になることがあるんだよね」
「もう一つですか……?」
蓮は、ポロンの雰囲気が再び少し変わったことに気づいた。
「ホウキ星さんが、もうすでに次に加わる予定のクランを決めているかもしれないってことだよ」
「ああ……」
二つ目の忠告については、聞いた瞬間に蓮も理解できた。
ホウキ星は自分の鉱山を持ちたいと話していた。
しかし、鉱山を手に入れるために、どのような準備を進めているのかまでは聞いていない。
「鉱山みたいな資源関係の話って、ドワーフや鍛冶関係のPLAYERが融資を持ちかけることもあるんだよねぇ~」
「融資ですか?」
「そうそう~。銅塊自体はオークションに出品しても、それほど高い値段がつくわけじゃないんだけどねぇ~」
ポロンは少し考えるような仕草を見せながら、話を続ける。
「でも、将来的に希少な素材が採れる可能性もあるでしょ? そういうことまで考えて、今のうちに資金を出しておこうとするPLAYERもいるんだよ~」
「なるほど……。将来のことを考えて投資するわけですね」
「そういうこと~。その代わりに、採掘した素材を優先的に売ってもらう約束をしたり、自分たちのクランに入ってもらったりねぇ~。そうやって囲い込もうとするPLAYERもいると思うんだよね」
蓮はポロンの説明を聞きながら、ホウキ星との会話を思い返した。
確かに、彼は自分の鉱山を持ちたいとは話していたが、そのための資金をどうするつもりなのかまでは聞いていない。
すでに誰かから融資を受ける約束をしている可能性もある。
あるいは、別のクランと何らかの話を進めているのかもしれない。
もちろん、実際のところはホウキ星本人に聞かなければ分からない。
「だからねぇ~。ホウキ星さんがどんなPLAYERなのか、今の段階ではまだ分からないことも多いでしょ? それなら、あまり急いで関係を深める必要はないと思うんだよねぇ~」
「分かりました。ホウキ星さんとは、まず今回の協力要請について話を進めることにします」
「うん。それがいいと思うよ~」
ポロンはようやく安心したように、いつもの柔らかな笑みを浮かべた。
蓮もその表情を見て、少しだけ肩の力を抜いた。
ホウキ星と話したときには、ここまで考える必要があるとは思っていなかった。
ただ困っているPLAYERがいて、自分にも協力できることがあるかもしれない。
最初はその程度の認識だったのだ。
だが、相手には相手の事情があり、その背後には別のPLAYERやクランの思惑が存在している可能性もある。
ゲームの世界だからといって、人間関係が単純になるわけではない。
そこには現実世界と同じように、さまざまな利害関係が存在している。
ポロンの説明を聞きながら、蓮は改めてそのことを実感するのだった。




