第6話-ここからが本番
『REN999様。ギルドでの初依頼達成、おめでとうございます。』
冒険者ギルドを出たところで、ニールの声が聞こえてきた。
『これをもちまして、簡単ではございますがチュートリアルを終了させていただきます。』
「お、やっと終わりか。」
『はい。ただし、その前にいくつか注意事項がございます。』
「……注意事項?」
『まず、これからREN999様がアセット・フロンティア・オンライン内で行った行動は、プレイ記録としてゲームサーバー上に保存されます。』
「行動全部?」
『はい。戦闘、依頼、開拓などのプレイ記録です。また、一部の記録については画像や動画として、登録されているSNSアカウントや公式アカウントなどを通じて使用される場合があります。』
「あ……なるほど。あれのことね。」
蓮は参加申し込みの際、専用SNSアカウントを登録したことを思い出した。
面倒だと思いながら手続きをした記憶がある。
どうやら、あのアカウントはゲーム内での活動記録とも連動しているらしい。
『続いて、ゲーム内での損失についてです。』
「損失?」
『今後、ゲームを進めていくことで、戦闘をはじめとした様々な危険に遭遇することがあります。』
ニールの声が、わずかに真剣なものへ変わる。
『戦闘での敗北や特定のイベントなどによって、所持しているGやアイテムの一部を失う場合がありますので、ご注意ください。』
「えっ……金もなくなるの?」
『はい。』
蓮は思わず自分の所持金を確認した。
現在の所持金――60G。
初めての依頼でようやく手に入れた金だ。
「……せっかく稼いだのに、なくなる可能性があるのか。」
『そのような損失を避けたい場合は、街にございます【預かり所】の利用をおすすめいたします。』
「預かり所?」
『はい。Gや一部のアイテムを預けておくことができます。預けられた資産については、冒険中に敗北した場合でも失われることはありません。』
「なるほどね……。」
稼いだ金をすべて持ち歩く必要はないということか。
蓮は少しだけ考えてから、納得したように頷いた。
稼ぐこと。
使うこと。
そして――守ること。
どうやらこのゲームでは、そういったことまで自分で考える必要があるらしい。
『なお、ご不明な点がございましたら、いつでもお問い合わせ機能をご利用ください。』
ニールはいつもの柔らかな笑みを浮かべる。
『それではREN999様。より良いゲームライフをお楽しみください。』
そう告げると、これまで蓮の右側に表示されていたニールの姿が淡い光に包まれた。
輪郭が徐々に崩れ、無数の光の粒子となって消えていく。
「…………。」
蓮はニールが消えた場所をしばらく見つめていた。
「よし。」
小さく息を吐き、街へと視線を戻す。
「ここから本格的にスタートってことね。頑張るか。」
これから何をするのか。
どんな依頼を受け、どんなふうにこの世界を進んでいくのか。
具体的な目標は、まだ何も決まっていない。
それでも――不思議とやる気だけはあった。
「とりあえず……装備だな。」
今の蓮は武器も防具も持っていない。
この先も依頼を受けていくなら、さすがに丸腰というわけにはいかないだろう。
初依頼で稼いだ60Gもある。
「初心者用の装備くらいなら買えるだろ。」
そんな軽い気持ちで、蓮は武器屋を探して歩き始めた。
「すいませーん。」
ギルドを出て数十メートルほど歩いたところで、蓮は剣の印が描かれた看板を見つけた。
「ここかな。」
看板を見る限り、おそらく武器屋だろう。
蓮は木製の扉を押し開け、中へと入っていった。
「はいよ。らっしゃい。」
店の奥から、ぶっきらぼうな声が返ってくる。
声の主は、カウンターの向こうに立つ大柄な男だった。
太い腕にがっしりとした体格。
いかにも武器を扱っていそうな風貌だ。
「おお……。」
蓮は店内を見渡した。
壁には剣や槍、斧などがずらりと並べられ、棚にも大小さまざまな武器が置かれている。
どうやら武器屋で間違いなさそうだ。
「結構いろいろあるな。」
剣だけでも何種類もある。
短剣、片手剣、両手剣。
武器について詳しくない蓮でも、形や大きさがそれぞれ違うことくらいは分かる。
「まあ、最初だし……普通の剣でいいか。」
蓮は近くに置かれていた一本の剣へ目を向けた。
すると、その横に商品情報が表示される。
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【鉄の剣】
攻撃+10
価格:350G
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「…………。」
蓮は無言で表示を見つめた。
そして、自分の所持金を確認する。
【所持金:60G】
「…………。」
もう一度、鉄の剣を見る。
【価格:350G】
「……高くない?」
(確か……ゴブリン討伐で五十Gだったよな?)
蓮は先ほどギルドで見た依頼を思い出す。
(ってことは、ゴブリン討伐を七回やって、やっと剣一本……?)
そこで蓮は、さらに重大なことに気付いた。
(いや、待て。)
もう一度、目の前の鉄の剣を見る。
(そのゴブリンを倒すための剣が買えないんだけど。)
「あの……もう少し安いのってないですか?」
「あー……。」
店主の男は蓮を頭から足元まで眺めた。
「お前、その格好……ゲーム始めたばっかりのルーキーか?」
「はい……。」
何となく恥ずかしくなり、蓮は小さく頷いた。
「あー、なるほどな。」
男は納得したように腕を組む。
「大丈夫だ。俺もプレイヤーだから、そんな警戒しなくていい。」
「え?」
蓮は思わず男の顔を見る。
「プレイヤーなんですか?」
「おう。」
男は当然のように答えた。
てっきり店の主人をしているNPCだと思っていた。
だが言われてみれば、このゲームには商人という職業も存在していた。
(なるほど……。店を経営してるプレイヤーもいるのか。)
「それよりお前、まだ初心者セットを受け取ってないだろ?」
「初心者セット?」
「やっぱりな。」
男は呆れたように頭をかいた。
「だったらお前、ギルドの二階が初心者向けの相談所になってるから、まずはそっちへ行け。初心者セットってのが貰えるはずだ。」
「ホントですか!?」
「ああ。少なくとも、丸腰でゴブリンと戦うよりはマシだ。」
「ありがとうございます!」
思わぬ情報に、蓮は勢いよく頭を下げた。
危うく全財産60Gで買える武器を探し続けるところだった。
「助かった……。じゃあ、早速行ってみます。」
「おう。」
蓮が店を出ようと扉へ向かう。
すると、その背中へ店主の声が飛んできた。
「ああ、そうだ。兄ちゃん。」
「はい?」
蓮が振り返る。
「このゲーム、最初のうちは何すりゃいいのか分からなくなることも多いからな。」
男はカウンターへ肘をつきながら、ニッと笑った。
「もしゲームに詰まったら、いつでもここに来いよ。簡単な仕事くらいなら紹介してやっから。」
「仕事?」
「ああ。素材集めだったり、ちょっとした配達だったりな。武器屋だって、店で待ってるだけじゃ商売にならねぇんだよ。」
「なるほど……。」
言われてみれば当然なのかもしれない。
武器を作るにも売るにも、材料や商品が必要になる。
そして、それを集める人間も必要になるということだ。
「分かりました。その時はお願いします。」
「おう。まあ、まずは初心者セット貰ってこい。」
「はい。ありがとうございました!」
もう一度軽く頭を下げ、蓮は武器屋を後にした。
店の外へ出たところで、ふと振り返る。
「プレイヤーが武器屋やってて、そこから仕事も受けられるのか……。」
冒険者ギルドから依頼を受けるだけが、このゲームの遊び方ではないらしい。
「思ってたより、いろんなことができそうだな。」
少しだけこの世界への興味を強くしながら、蓮は再び冒険者ギルドへ向かって歩き出した。




