第5話-依頼のその先へ
【引き返してマルタに調査結果を報告しますか?】
しばらくの間、二人と一匹の様子を静かに観察していると、蓮の目の前に突然コマンドが表示された。
【依頼主へ報告する】
【調査を続行する】
「んー……どうしようかな……。」
依頼内容は、息子二人の素行調査。
二人がどこへ行き、何をしているのか。
それを確認するという意味では、すでに依頼の目的は達成している。
報酬も最低額の10Gだ。
ゲームとして考えるなら、このままマルタのところへ戻り、二人が犬の世話をしていたと報告する。
それが一番自然な流れなのだろう。
「でもなぁ……。」
蓮はもう一度、二人のそばにいる犬へ目を向けた。
やはり気になる。
嬉しそうに尻尾を振っている。
二人にもよく懐いているように見える。
だが――。
何度見ても、その足は三本しかない。
「なんか……腑に落ちないんだよな。」
このまま帰ってしまって、本当にいいのだろうか。
蓮の視線は、自然と二つ目の選択肢へ向かっていた。
「なあ、君たち。こんな街外れで何をしてるんだ?」
【調査を続行する】を選択した蓮は、意を決して二人の少年へ近づいていった。
「…………。」
声を掛けられた二人は、びくりと肩を震わせる。
そして、まずいところを見つかったとでも言いたげな表情で顔を見合わせた。
次の瞬間。
二人は示し合わせたように、犬の前へ立ちはだかった。
「どうした? その犬に何かあるのか?」
「い、犬じゃない!」
背の高い方の少年――確か、兄のロイだったはずだ――が大きな声を上げた。
「犬じゃない?」
蓮は思わず犬らしき生き物へ視線を向ける。
「え……じゃあ、何なんだ?」
「フリーウルフだ。」
今度はもう一人。
おそらく弟のノアだろう。
兄の後ろから顔を覗かせながら、小さな声で答えた。
「フリーウルフ……?」
名前からして嫌な予感しかしない。
蓮は改めて目の前の生き物を見る。
四足獣のような身体。
犬に似た顔。
そして――三本しかない足。
「それって……もしかして、モンスターなのか?」
「…………。」
二人は答えない。
その代わり、フリーウルフを守るようにさらに前へ出た。
「別に取って食おうってわけじゃないよ。」
「でも、冒険者なんだろ?」
ロイが蓮を睨む。
「まあ……そうだけど。」
「だったらこいつを倒すんだろ!」
「え?」
思いもよらない言葉に、蓮は目を瞬いた。
確かに冒険者の仕事にはモンスター討伐がある。
だが――。
蓮は二人の後ろにいるフリーウルフを見る。
三本の足で立っているためか、その身体はわずかに傾いていた。
それでも唸ることもなければ、こちらへ襲い掛かってくる様子もない。
「……こいつ、怪我してるのか?」
二人が顔を見合わせた。
やがてノアが小さく頷く。
「最初に見つけた時から……。」
「それで二人で世話してたのか。」
「…………うん。」
ようやく話が見えてきた。
「でも、なんで街の中にモンスターがいるんだ?」
「向こうから入ってきた。」
ロイが街の外れを指差した。
「向こう?」
「壁に穴があるんだ。」
「……穴?」
蓮は眉をひそめた。
「街の壁に?」
二人が揃って頷く。
それを見た蓮は、思わず額へ手を当てた。
「そっちの方が大問題じゃないか……。」
モンスターが一匹入り込んだことより、モンスターが入り込めるほどの穴が城壁に開いている。
そちらの方が、どう考えても危険だった。
「いいか? 俺はそのモンスターを倒すために来たわけじゃない。それは絶対に約束する。」
蓮の言葉に、二人はお互いの顔を見合わせた。
「「……ほんと?」」
「ああ、本当だ。」
蓮はしっかりと頷く。
「でもな。このままここに隠していたら、いつか別の冒険者に見つかる。」
二人の表情がわずかに曇った。
「そうなったら、今度こそ討伐されるかもしれない。」
「…………。」
二人は何も答えない。
だが、蓮の話を聞こうとはしているようだった。
「だったらさ、こいつが入ってきた穴から街の外へ返してやった方が、こいつのためにもなると思わないか?」
ロイとノアはもう一度顔を見合わせる。
それから二人揃って、自分たちの後ろにいるフリーウルフへ視線を向けた。
「でも……こいつ、足が……。」
ロイの言葉に、蓮はフリーウルフへ目を向けた。
三本の足で立つその姿は、どう見ても万全とは言えない。
確かに、この状態で街の外へ返したところで、生きていける保証はなかった。
「…………。」
蓮はしばらく考え込む。
そして、小さく息を吐いた。
「だったら――俺が育てるよ。」
「え?」
二人が同時に蓮を見る。
「俺がこいつの面倒を見る。それなら街の中に隠しておく必要もないし、他の冒険者に見つかって討伐される心配もないだろ?」
「でも……。」
「まあ、どうやって育てればいいのかは、これから考えるけどな。」
蓮は苦笑しながらフリーウルフへ視線を向けた。
その瞬間だった。
「……ん?」
フリーウルフがゆっくりと立ち上がった。
三本の足で身体を支えながら、一歩、また一歩と蓮へ近づいてくる。
「お、おい……。」
そして蓮の目の前まで来ると、フリーウルフは静かに彼を見上げた。
次の瞬間――。
その身体が淡い光に包まれた。
「えっ?」
「「ええっ!?」」
無数の光の粒子となったフリーウルフの身体が宙へ舞い上がる。
光は蓮の目の前へ集まり、やがて一つの小さな結晶へと姿を変えた。
同時に、澄んだ電子音が響く。
【特殊条件を達成しました。】
【隠しイベント《傷ついたフリーウルフ》をクリアしました。】
【特殊アイテム《フリーウルフの心》を獲得しました。経験値1獲得。称号:捨狼握飯を獲得によりCHA+10となります。】
「…………は?」
蓮の手のひらへ、小さな結晶が落ちてくる。
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《フリーウルフの心》
分類:特殊アイテム
詳細:???
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「いや……何だよ、これ。」
10Gの素行調査を受けただけだったはずなのに。
どうやら蓮は、自分でも知らないうちに別の何かをクリアしてしまったらしい。
「お兄ちゃん……。」
「ん?」
「フリーウルフ、どうなっちゃったの?」
ノアが不安そうに結晶を見つめている。
「あー……。」
それは蓮にも分からない。
詳細には堂々と【???】と表示されているのだから、答えようがなかった。
それでも、二人を不安にさせるわけにはいかない。
「大丈夫だよ。」
蓮は結晶を握りしめる。
「俺が育てるって約束したんだから。こいつのことは俺に任せてくれ。」
「……うん。」
二人はまだ少し心配そうだったが、やがて小さく頷いた。
「それより二人とも。そろそろ家に帰ろうか。」
「えっ。」
「お母さん、心配してたぞ。」
「「…………。」」
途端に二人の表情が固まった。
「怒られるかな……。」
「まあ……怒られるだろうな。」
「やっぱり……。」
「でも、黙って帰らない方がもっと怒られるぞ。」
蓮にそう言われ、二人は観念したように肩を落とした。
その後、蓮はロイとノアを連れてマルタの家へ戻った。
「ロイ! ノア!」
家の前で待っていたマルタは、二人の姿を見るなり駆け寄っていく。
そして二人が無事であることを確認すると、心底安心したように息を吐いた。
「本当にありがとうございました。」
「いえ。二人とも無事でしたから。」
事情については、蓮から簡単に説明した。
二人が街外れまで出かけていたこと。
そこで傷ついたフリーウルフを見つけ、世話をしていたこと。
そして、もう同じことはしないと二人が約束したこと。
マルタは驚いていたものの、最後には二人を抱き締めていた。
それを見届けた蓮は、依頼完了の報告をするため再び冒険者ギルドへ向かった。
「素行調査の依頼ですね。お疲れさまでした。」
受付嬢が依頼書を確認する。
ほどなくして、蓮の目の前にメッセージが表示された。
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【依頼達成】
素行調査
報酬:10G
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「よし。これで初報酬か。」
金額としてはたった10G。
それでも初めて自分で稼いだゲーム内通貨だと思うと、少し嬉しい。
「あ、そうだ。」
蓮は帰ろうとして、ふと思い出した。
「街の外壁なんですけど、穴が開いているところがありましたよ。」
「……穴、ですか?」
受付嬢の表情が変わった。
「はい。子供たちを探している途中で見つけました。フリーウルフが街の中へ入れるくらいの大きさです。」
「場所を教えていただけますか?」
「もちろん。」
受付嬢が広げた街の地図を見ながら、蓮は穴があった場所を指し示す。
「こちらですね。」
「はい。たぶん、この辺です。」
「承知いたしました。確認の者を向かわせます。」
受付嬢が地図へ印を付ける。
その直後だった。
蓮の耳に、再び電子音が響いた。
『街の安全に関わる重要情報の提供を確認しました。』
『情報提供報酬として50Gが支給されます。』
「え?」
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【追加報酬】
城壁破損箇所の発見・報告
報酬:50G
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「50G……?」
蓮は思わず表示を二度見した。
元々の依頼報酬は10Gだった。
それなのに、偶然見つけた城壁の穴を報告しただけで、その五倍もの報酬が支払われた。
「城壁の破損は街の安全に関わる重要な情報となります。そのため、情報提供者には別途報酬が支払われます。」
「なるほど……。」
蓮は自分の所持金を確認する。
60G。
たった10Gの素行調査を受けただけだったはずだ。
だが、結果として手に入れたものはそれだけではない。
特殊アイテム――《フリーウルフの心》。
そして城壁の破損を発見したことで得た、50Gの追加報酬。
「……なるほどね。」
蓮は小さく笑った。
どうやらこのゲーム。
依頼書に書かれたことだけをこなしていればいい――というわけではないらしい。
自分で見つけ、自分で考え、自分で動く。
それによって、最初にはなかった報酬や出来事が生まれる。
「ちょっと面白くなってきたかもな。」
初めての依頼を終えた蓮は、60Gと一つの不思議な結晶を手に、冒険者ギルドを後にした。




