第4話-開拓士の目
「はい、どちら様でしょう?」
扉の向こうから女性の声が聞こえた。
「すみません。冒険者ギルドに出された依頼の件で来ました。」
蓮がそう答えると、ほどなくして扉が開いた。
姿を現したのは、二十代後半くらいだろうか。少しふくよかな体つきの女性だった。
――この人がマルタさんか。
思っていたよりも若い。
息子が二人いると聞いていたため、もっと年上の女性を想像していた蓮は少し意外に思った。
だとすれば、調査対象となる息子たちもまだ幼いのかもしれない。
「お待ちしておりました。マルタと申します。」
女性――マルタはほっとしたような表情を浮かべる。
「まずは詳しいお話をさせていただきたいので、中へどうぞ。」
「分かりました。お邪魔します。」
促されるまま、蓮は家の中へと足を踏み入れた。
「それで、息子さんたちは普段どんな様子なんですか?」
蓮が尋ねると、マルタは少し困ったように眉を下げた。
「息子は二人いるんです。兄のロイが九歳で、弟のノアが七歳になります。」
「九歳と七歳……。」
予想していた通り、まだ幼い。
「二人とも普段は家の近くで遊んでいるんですけど、十日ほど前からでしょうか。昼前になると二人でどこかへ出かけるようになりまして……。」
「帰ってくるのは?」
「いつも夕方です。」
「毎日ですか?」
「はい。どこへ行っていたのか聞いても、『遊んでただけ』としか言ってくれなくて。」
マルタは心配そうに両手を握る。
「それに最近は、服を泥だらけにして帰ってくることもあるんです。怪我をして帰ってきたことはありませんけど……やっぱり心配で。」
「なるほど……。」
話を聞く限り、今のところ事件に巻き込まれている様子はない。
とはいえ、七歳と九歳の子供が毎日のように行き先も告げず、半日近く家を空けている。
母親が心配するのも無理はないだろう。
「分かりました。二人がどこへ行っているのか確認してみます。」
「お願いします。」
マルタは深々と頭を下げた。
マルタの話を聞きながら、蓮は一つの問題に気付いた。
――待てよ。
このままだと、息子二人の顔すら分からない。
名前や年齢を聞いたところで、実際に街へ出てしまえば、どの子供がマルタの息子なのか見分けようがない。
「それでなんですけど……息子さん二人の手掛かりになるようなものって、何かありませんか?」
「手掛かり……と言いますと?」
マルタが不思議そうに首を傾げる。
「いや、その……普段持ち歩いているものとか、よく遊んでいる場所とか……。」
「そうですねぇ……。」
マルタは困ったように考え込んでしまった。
――そりゃそうか。
蓮の顔に思わず苦笑いが浮かぶ。
ゲームの依頼なのだから、何か分かりやすい手掛かりが用意されているものだと思っていた。
しかし、考えてみれば写真すら見せてもらっていない。
このままでは、調査対象を見つけることさえできない。
そんな時だった。
不意に頭の中へニールの声が響く。
『REN999様。依頼主とのお話が終わりましたら、家の外で職業スキル【開拓士の目】を使用してみてください。』
「……あ。」
「どうかなさいましたか?」
「いや、なんでもないです。」
蓮は慌てて首を振った。
「とりあえず、息子さんたちは今日も出かけているんですよね?」
「はい。今日も昼前に二人で……。」
「分かりました。それなら、俺も早速動いてみます。」
「よろしくお願いします。」
マルタに一礼すると、蓮は家を後にした。
扉が閉まったところで、先ほどニールから言われたことを思い出す。
「確か……【開拓士の目】だったな。」
どうやって使うのかまでは聞いていない。
だが、ゲームなのだから声に出せば何とかなるだろう。
「――開拓士の目。」
蓮がそう呟いた瞬間だった。
視界が、わずかに揺らいだ。
「ん……?」
一瞬だけ周囲の景色がぼやける。
だが、それもすぐに元へ戻った。
「失敗したのか?」
そう思った直後。
蓮の頭の中に、見知らぬ二人の少年の顔が浮かび上がった。
「なんだ……これ……。」
先ほどまで顔すら知らなかったはずの二人だ。
にもかかわらず、不思議と理解できる。
――この二人が、マルタの息子たちだ。
さらに足元へ目を向ける。
「……光ってる?」
地面の一部に、淡い光の跡が浮かび上がっていた。
よく見ると、それは一定の間隔を空けながら街の奥へと続いている。
すると、ニールの声が頭の中へ響いた。
『REN999様、おめでとうございます。【開拓士の目】の発動に成功しました。対象に関する詳細情報が表示されます。』
「詳細情報……。」
蓮は改めて光の跡を見る。
「なるほどね。つまり、この光は二人が残した痕跡ってことか。」
『その通りです。』
「ってことは……。」
光の先へ視線を向ける。
痕跡は家々の間を抜け、その先まで続いていた。
「これを辿っていけば、二人がどこへ行ったのか分かるってことだな。」
つい先ほどまで、顔すら分からない子供をどうやって探せばいいのかと頭を抱えていたのが嘘のようだった。
「こりゃ便利だ。」
蓮の口元が自然と緩む。
報酬はたったの10G。
しかも内容は子供二人の素行調査。
初めての依頼としては何とも地味な仕事だったが、今の蓮にはそんなことはどうでもよかった。
初めて手に入れた自分だけの職業スキル。
その効果を確かめることの方が、ずっと面白くなっていた。
「さて……どこまで続いてるのかな。」
蓮はどこか楽しげな足取りで、淡く輝く痕跡を追い始めた。
淡い光の痕跡を追いながら、蓮は街の中を進んでいく。
最初こそ人通りの多い大通りを進んでいた光だったが、やがて細い路地へ入り、次第に人の姿も少なくなっていった。
「ずいぶん遠くまで来てるんだな……。」
相手はまだ幼い子供だ。
近所で遊んでいる程度だと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
やがて光は街外れへと続く小道へ入った。
「おいおい……。」
さすがに蓮も少し心配になってくる。
七歳と九歳の子供が毎日のように来るには、少々遠すぎる。
それでも光を追って進んでいくと、やがて前方に二つの小さな人影が見えてきた。
「……いた。」
蓮は反射的に足を止める。
頭の中に浮かんだ二人の顔と見比べる。
間違いない。
マルタの息子たちだ。
「見つけた……。」
思ったより簡単だった。
これなら二人が何をしているのか少し観察して、マルタに報告すれば依頼完了だろう。
そう考えながら、蓮は二人の様子へ目を凝らす。
「……ん?」
二人だけではなかった。
少年たちのすぐそばで、何かが動いている。
犬だ。
それほど大きくはない。
少年の一人が何かを差し出すと、犬は嬉しそうに尻尾を振りながら近づいていく。
「なんだ。犬の世話をしてたのか?」
思わず肩の力が抜ける。
だが――。
「……あれ?」
蓮は目を細めた。
何かがおかしい。
犬が少年へ近づくたび、その身体がわずかに上下へ揺れている。
一歩。
また一歩。
どこか不自然な歩き方だった。
「…………。」
蓮は犬の足元へ目を凝らす。
一本。
二本。
三本。
「……三本?」
何度見直しても――
蓮には、その犬の足が三本しか見えなかった。




