第3話-最初の依頼
心地よい風が頬を撫でる。
石畳を踏みしめる感触。
遠くから聞こえる人々の笑い声と馬車の車輪の音。
鼻をくすぐる焼きたてのパンの香り。
「……すごい。」
蓮は思わず息をのんだ。
画面越しではない。
まるで本当に、この世界へ降り立ったかのような感覚だった。
目の前には巨大な噴水があり、その周囲では鎧姿の冒険者や荷物を抱えた商人たちが忙しそうに行き交っている。
「ここが……アセット・フロンティア・オンライン。」
その時だった。
『初心者の方は冒険者ギルドへお越しください。』
頭の中へ優しい案内音声が流れる。
「親切だな。」
蓮は案内表示に従い、街の中心に建つ大きな建物へ向かった。
重厚な木製の扉を押し開けると、酒場のような賑わいが一気に耳へ飛び込んできた。
「討伐組あと一人!」
「薬草採取の依頼募集!」
「新規さんか?」
冒険者たちの威勢のいい声が飛び交い、ギルド内は活気に満ちている。
正面には巨大な依頼掲示板。
大小さまざまな依頼書が所狭しと貼られていた。
蓮は自然と掲示板へ近づき、一枚ずつ目を通していく。
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【討伐】
ゴブリン討伐
報酬:50G
必要条件:職業ランクⅠ
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【採取】
薬草採取
報酬:30G
必要条件:職業ランクⅠ
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【開拓】
街道整備
報酬:50G
開拓クリスタル:1個
必要条件:職業ランクⅡ
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【開拓】
橋梁建設補助
報酬:120G
開拓クリスタル:3個
必要条件:職業ランクⅢ
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「開拓クリスタルか……。」
先ほどニールが口にしていた言葉を思い出し、蓮は小さく呟く。
すると、すぐ隣から聞き慣れた声がした。
『開拓クリスタルにご興味を持っていただけたようですね。』
「ニール?」
振り返ると、チュートリアルで案内をしていたニールが、変わらぬ笑みを浮かべて立っていた。
『申し訳ございませんが、現在のREN999様は開拓依頼を受注することはできません。』
「えっ、そうなの?」
『はい。開拓依頼には受注条件が設定されております。
まずは基礎的な依頼を通じて冒険者としての経験を積み、条件を満たした方から開拓依頼へ挑戦していただく仕組みとなっております。』
「なるほど……。そういえば職業ランクとかいうのがあったな。」
蓮は少し肩を落としたものの、改めて掲示板へ目を向けた。
すると今度は、一部の依頼書だけが淡い光を放っていることに気付く。
「ああ、そういうことか。」
受注可能な依頼だけが光っているらしい。
蓮は光る依頼へ視線を移した。
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【討伐】
ゴブリン討伐
報酬:50G
必要条件:職業ランクⅠ
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【採取】
薬草採取
報酬:30G
必要条件:職業ランクⅡ
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「ゴブリン討伐か……。」
武器も防具も持っていない。
実戦経験など当然あるはずもない。
いきなりモンスターと戦うことを考えると、不安の方が大きかった。
「薬草採取もなぁ……。」
頭をかきながら依頼書を見つめる。
「薬草って、どんな草なんだ?
現物を見たこともないのに採取なんてできるのか……。
調薬士なら分かるんだろうけど。」
どちらも今の自分には荷が重そうだった。
他に受けられる依頼はないかと掲示板を見渡していると、一枚の依頼書が目に留まる。
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【素行調査】
依頼内容:息子二人の行動観察
報酬:10G
必要条件:職業ランクⅠ
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「あれ……?」
蓮は思わず依頼書を二度見した。
「これって……。」
戦闘はない。
専門知識も必要なさそうだ。
報酬は10Gと決して高くはない。
それでも、今の自分には難易度も低く、安全にこの世界へ慣れることができそうな依頼に思えた。
「最初は、これくらいがちょうどいいか。」
蓮は小さく頷く。
「これを受けます。」
そう告げると、依頼書が淡く光り、掲示板からふわりと浮かび上がって蓮の手元へと飛んできた。
『はい。承知いたしました。
それでは、その依頼書を受付までお持ちください。』
ニールはいつもの柔らかな笑みを浮かべながら案内した。
蓮は依頼書を握りしめ、冒険者ギルドの受付へと歩き出した。
「これ、お願いします。」
蓮は依頼書を受付へ差し出した。
――そういえば、ギルド所属の冒険者という設定だったな。
だから特別な登録手続きは必要ないのかもしれない。
そんなことを考えている間にも、受付の女性は慣れた手つきで依頼書を受け取り、手続きを進めていく。
「こちらでお預かりいたします。」
受付嬢は依頼書へ軽く手を添えると、一枚の書類を蓮の前へ差し出した。
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【依頼内容】
最近、うちの息子二人が昼前になると家を出て、夕方まで帰ってきません。
どこへ行っているのか尋ねても、毎回うまく話をはぐらかされてしまいます。
親として心配しております。
どなたか二人の行動を調べていただけないでしょうか。
依頼主:マルタ
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「ああ……なるほど。」
蓮は小さく頷いた。
討伐でも採取でもない。
町の住民が困っていることを解決する依頼というわけだ。
「いかがなさいますか?」
受付嬢が穏やかな笑みを浮かべながら尋ねる。
「あー……じゃあ、受けます。」
「かしこまりました。」
受付嬢は依頼書へ受付印を押し、説明を始めた。
「依頼主は、この街の南地区に住むマルタ様です。
依頼内容は、ご子息二人の行動調査。
調査結果を依頼主へご報告いただいた時点で依頼完了となります。」
「分かりました。」
説明を一通り聞き終えた蓮は、依頼書を受け取り、マルタの家へ向かうことにした。
『REN999様。』
歩き始めたところで、後ろから聞き慣れた声が掛かる。
振り返ると、ニールがいつもの柔らかな笑みを浮かべて立っていた。
『初めての依頼受注、おめでとうございます。』
「あ……ありがとう?」
何に対してお礼を言われたのか分からず、蓮は少し照れくさそうに頭をかいた。
『今回の依頼は、チュートリアルの一環でもあります。
職業スキル【開拓士の目】の効果を体験していただくために用意された依頼です。』
「そういうことだったのか。」
『はい。
依頼主との会話が終わりましたら、一度【開拓士の目】をご使用ください。
詳しい説明は、その時に行わせていただきます。』
「なるほど。」
ニールの説明に納得しながら歩いていると、やがて一軒の木造住宅が見えてきた。
ギルドで教えられた住所と、現在地が一致する。
「ここが……マルタさんの家か。」
蓮は依頼書を握り直し、小さく深呼吸をした。
これが、自分にとって最初の依頼。
そう思うと、自然と胸が高鳴っていた。




