第17話-壁
「それで……【サーブ】だっけ?」
「はい。」
自分の拠点へ戻った蓮は、HPとSPが回復していくのを確認しながら、ポロンに【サーブ】について説明していた。
「う~ん……私も、そんなスキルはちょっと分からないなぁ。」
「ですよね。」
「だって私、アクセサリーにしちゃったし。」
「えっ?」
そう言ってポロンが服の中から取り出したのは、狼をかたどった銀細工の付いたネックレスだった。
「もしかして、それ……。」
「そ。【フリーウルフの心】から作ったやつ。」
「持ってたんですか?」
「昔ね~。私は仲間にしないで、知り合いに加工してもらったけど。」
ポロンはそう言いながら、ネックレスを蓮に見せる。
「だから【サーブ】なんてスキルがあること自体、今初めて知った。」
「やっぱりそうですか……。」
「それより――」
ポロンは蓮の足元にいるロアへ目を向けた。
「RENさん、これからどうするの?」
「どうするって?」
「だって、その子を育てるんでしょ?」
足元へ目をやると、なんとも可愛らしい狼の子供が蓮の足にすり寄っていた。
「もう、後には引けないですよね……。」
「そりゃー、もちろん。」
ロアが気になるのか、ポロンはその場にしゃがみ込んだ。
「ちなみに……ロアちゃんって、レベルいくつまで育てればいいとか聞いてる?」
「いえ……全く。」
「だよねぇ~。」
そう言いながら、ポロンはロアの目の前で人差し指を小刻みに動かしている。
ロアの視線が、その指を追って左右に動く。
(……ロアに興味あるのかな。)
「RENさん、このゲームって結構特殊なんだよ。」
「あっ……はい。そんな感じはします。」
これまでロアに向けられていたポロンの顔が、不意に持ち上がる。
「ロアちゃんが【サーブ】っていう、デメリットありの強制戦闘離脱スキルを持ってるのは分かりました。」
「はい。」
「それでRENさん。これからまたフィールドに戻って、ゴブリンと遭遇して――」
ポロンが人差し指を一本立てる。
「一匹だったら戦う。」
続いて二本。
「複数だったら【サーブ】で逃げる。」
「まあ……そうですね。時間はかかるかもしれませんけど、それが一番確実なんじゃないかなと思います。」
「甘い!」
「えっ?」
「甘すぎます! 桃缶の桃に砂糖と蜂蜜を塗りたくるよりも、まだ甘い!」
「…………。」
何を言っているのかはよく分からない。
ただ、自分の考えに何か重大な問題があるらしいことだけは蓮にも伝わった。
「……何か問題あるんですか?」
蓮の視線がポロンに注がれる。
「ゴブリンから経験値をもらえるのって、職業ランクⅠの間だけだからね。」
「えっ?」
「ちなみにランクⅠのレベル上限は10。」
「10……。」
「ロアちゃんをどこまで育てればいいのか、分からないんでしょ?」
「はい……。」
「だったら、対複数との戦闘も考えておかないと!」
「えっ……そうなの?」
「そうだよ。フィールドの奥に行けば、出てくるゴブリンだって二体どころじゃないしね。」
ポロンはロアの頭を撫でながら、さらっと話を続ける。
「場合によってはホブゴブリンとか、ゴブリンメイジみたいな上位種も出てくるよ。」
「上位種……。」
「うん。たぶん今のRENさんがそんなのと遭遇したら――」
ポロンがロアの身体を抱き上げる。
「先手取られて、この子とそのままサヨナラじゃない?」
「…………。」
蓮の顔が引きつった。
二回の戦闘で、二回とも先手を取れていた。
だからこそ、ポロンの言葉は蓮に強く響いた。
「じゃあ……しばらくはフィールドの入口付近で、ゴブリンが出てくるのを待つ感じで……。」
「うーん。」
ポロンが少し困ったような顔をする。
「ロアちゃんを育てるのがレベル10までだったら、それでも問題ないんだけどね。」
「…………。」
薄々とは感じていた。
だがここにきて蓮は、本格的に自分の情報量の少なさを嘆きたくなった。
「あと……RENさんって、ネタバレOKの人?」
(攻略情報ってことだよな?)
「はい。全然OKですよ。」
「じゃあ言っちゃうね。」
ポロンはロアを床へ下ろすと、人差し指を一本立てた。
「ゴブリンの討伐依頼を進めていくと、そのうち【ゴブリンの巣】を発見するの。」
「ゴブリンの巣?」
「そ。それで職業ランクをⅠからⅡに上げるための条件が、その【ゴブリンの巣】を殲滅するイベントなんだよね。」
「殲滅……。」
「めちゃくちゃ大量のゴブリンを倒さないといけないよ。」
「…………。」
蓮は足元のロアを見る。
「だから――」
ポロンも同じようにロアへ目を向けた。
「たぶんこの子、今のままだとそこについていけない。」
「……【サーブ】じゃダメなんですか?」
「逃げたら経験値が入らないかもしれないし、それ以前に――」
「?」
「RENさん自身もHPとSPが1になるんでしょ?」
「あっ。」
「大量のゴブリンがいる場所でそれやったら、逃げられたとしてもその後どうするの?」
「…………。」
「普通のフィールドなら、そのままクランに戻って回復できるだろうけど、【ゴブリンの巣】の中じゃ無理だよ。」
「あー……。」
言われてみればその通りだった。
戦闘から逃げることができても、HPとSPが1になった状態で敵だらけの巣の中に取り残されれば、次の戦闘に遭遇した時点で終わる。
「……みんなどうしてるんですか?」
「うーん。正直、分からないかな。掲示板にもそれらしい情報は載ってなかったから、成功した人がいたとしても情報を隠してるんだと思う。」
「情報を隠す?」
「そりゃ隠すでしょ~。誰も知らない攻略法を見つけたなら、それだけで価値あるからね。」
「なるほど……。」
「多分、魔法とか装備系のスキルとかだと思うんだけど……正直、お勧めはしないかなぁ。」
「そんなのあるんですか?」
「あるよ。ただ――」
「ただ?」
「RENさん、開拓士でしょ?」
「はい。」
「魔法系じゃない職業でスキルを使っても、使える回数が少なかったり、効果が弱かったりして、結局そこまで頼りにはならないんだよね……。」
「なるほど……。」
蓮は足元のロアへと目を向ける。
「ワン!」
何も知らないロアは、嬉しそうに蓮の足へ身体を擦りつけてきた。
「…………。」
(まあ……選んじゃったものは仕方ないか。)
簡単ではない。
それだけは嫌というほど分かった。
(とりあえず、育て方から考えないとな。)




