第10話-全部ハズレ?
重々しい音を立てながら、研究所の扉がゆっくりと開いていく。
「うわ……。」
一歩中へ足を踏み入れた蓮は、思わず声を漏らした。
研究所の中は薄暗く、壁に取り付けられたランプの淡い光だけが、辛うじて周囲を照らしている。
正面には、奥が見えないほど長い一本の通路。
そして、その両脇には蓮の身長を優に超える巨大なガラスケースが、等間隔に並べられていた。
「……なんだよ、これ。」
蓮は一番近くにあるガラスケースへ目を向ける。
中は薄い黄色をした液体で満たされていた。
その液体の中に、一体のモンスターが沈んでいる。
目を閉じ、ピクリとも動かない。
隣のケースには、巨大な角を持つ獣。
その次には、見たこともない六本足のモンスター。
さらにその奥にも――。
種類の異なるモンスターたちが、標本のように次々と並んでいた。
(ホルマリン漬け……みたいなものか?)
ゲームだと分かっていても、気味が悪い。
しかもフルダイブだからこそ、その不気味さが妙に現実味を帯びて感じられる。
「……これ、本当に職業の昇格試験なんですよね?」
「そうだよ~。」
背後から、いつもと変わらないポロンの声が返ってきた。
「この先に試験会場があるから、そのまま真っ直ぐね。」
「…………。」
蓮はもう一度、左右に並ぶガラスケースを見る。
「なんで調薬師の昇格試験で、こんなところに来るんだ……。」
「マッドサイエンティストの研究所やからなぁ。」
オクさんは楽しそうに笑っている。
(いや、答えになってないだろ……。)
そんなことを考えながら、蓮は三人とともに薄暗い通路を進み始めた。
左右に並ぶガラスケースを眺めながら、蓮たちは薄暗い通路を進んでいく。
しばらく歩くと、やがて通路の突き当たりに一枚の扉が見えてきた。
「ここ?」
「うん。この先。」
ポロンが迷うことなく扉を押し開ける。
その先にあったのは、先ほどまでの通路よりもずっと広い部屋だった。
壁際には用途の分からない器具や薬品の入った瓶が並び、中央には大きな実験台が置かれている。
そして――。
「ん?」
実験台の向こうに、一人の人物が立っていた。
まず目についたのは、四方八方へ爆発したように広がる真っ白な髪。
その下には、分厚い牛乳瓶の底のようなレンズがはめ込まれた黒縁眼鏡。
しかもレンズには、まるでマジックで描いたかのような丸い模様まで入っている。
着ている白衣も白衣と呼んでいいのか疑わしいほど埃まみれで、ところどころ黒い染みまで付いていた。
「…………。」
蓮は無言でその人物を見つめた。
(分かりやすいなぁ……。)
ここまで見た目だけで職業を主張してくる人物も珍しい。
マッドサイエンティストの研究所。
そして目の前には、どう見てもマッドサイエンティスト。
(絶対この人だろ。)
蓮がそう確信した、その時だった。
「ヒヒッ……来たかね。」
白衣の人物がゆっくりと顔を上げた。
「ワシの崇高なる実験の、被験者諸君!」
「試験を受けに来ただけでーす。」
ポロンが即座に訂正した。
「…………。」
(この人たちのテンションについていける気がしない。)
「おやおや、そこの君。」
白衣の人物がポロンへ顔を向ける。
「確か名は……ポロン5963とか言ったかのぉ。」
「どうも~。また来ました~。」
「三日ぶりじゃったかぁ?」
老人はニヤリと口元を歪めた。
「また性懲りもなく実験体になろうとは、君もよっぽどの物好きに違いない。」
「…………。」
その言葉に、蓮は眉をひそめた。
(えっ……三日ぶり?)
ということは、ポロンは三日前にもここへ来ている。
(そんなに難しいのか?)
蓮はポロンから聞いた試験内容を思い返す。
五本の試験管のうち、当たりは一本。
残り四本には抵抗効果を無視する即死毒が入っている。
四人で一本ずつ飲み、誰かが当たりを引けば試験終了。
全員がハズレだった場合は、一度戻って再挑戦。
確か、そんな話だったはずだ。
(だったら、何回かやれば終わるんじゃないのか?)
運が悪く全員がハズレを引いたとしても、また挑戦すればいい。
いくらなんでも、三日もかかるような試験には思えなかった。
「あの……ポロンさん。」
「ん?」
「もしかして、この試験って今日が初めてじゃないんですか?」
「うん。」
「三日前にも?」
「やったよ~。」
「……何回くらい?」
「んー?」
ポロンは少し考えるように首を傾げた。
「前回は八回だったかな?」
「八回!?」
(前回はって……その前もあるのか?)
思わず口から出かかった言葉を、蓮は飲み込んだ。
「さて。無駄なおしゃべりはこの辺にしておこうかのぉ。」
老人が白衣を翻しながら、楽しそうに口元を歪める。
「そろそろ貴様らがもがき苦しむ様を、再び見学させてもらうとしよう!」
老人が言葉を終えた直後、部屋の奥から一台のロボットが姿を現した。
ガラガラと音を立てながら、台車を押してこちらへ近づいてくる。
その台の上に載せられていたのは――。
「あれが……。」
五本の試験管。
ポロンから聞いていた、今回の昇格試練そのものだった。
「あっ……そういえば。」
それを見た瞬間、蓮はあることを思い出した。
――【開拓士の目】。
もしかしたら、何か分かるかもしれない。
「……開拓士の目。」
周囲に聞こえない程度の小さな声で呟く。
直後、視界がわずかに揺らぎ、一瞬だけ周囲の景色がぼやけた。
(あれ?)
以前使った時とは違い、ニールから何の案内もない。
一瞬、失敗したのかと思った。
しかし――。
蓮の視界上部に、二本の試験管を模した表示が浮かび上がった。
【赤】
【青】
「……?」
(赤と青?)
何を意味しているのかは分からない。
だが、おそらく片方が当たり、もう片方がハズレなのだろう。
そう考えながら、蓮は台車へ視線を戻した。
「…………。」
一本目。
赤。
二本目。
赤。
三本目も――赤。
「え?」
四本目も赤。
そして最後の一本まで。
五本すべてが、蓮の目には赤く光って見えていた。
「ん……? どういうこと?」
「どうしました、RENさん?」
大根が不思議そうに尋ねてくる。
「あっ……いや、別に何でもないですけど……。」
蓮はもう一度、五本の試験管を見る。
やはり、すべて赤い。
「……っていうか。」
蓮は何気なく老人へ顔を向けた。
「あれって、本当に当たり入ってるんですかね?」
「そこ!!」
「え?」
「な、何を言っておる!! ドキーーーーッ!!!」
老人が突然大声を上げ、これでもかというほど身体を仰け反らせた。
「…………。」
蓮は無言で老人を見つめる。
額には汗。
泳ぎまくる視線。
胸元を押さえた両手。
そして、誰がどう見ても分かるほど露骨な動揺。
(いや……。)
(分かりやすすぎるだろ、この人。)




