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夢の夜


 あれから皆ファミレスのソファで寝ることになった。

 硬い床に何か敷こうかといいう話も出たが、非常用の毛布くらいしかなく、やむ負えず一人一台を貸し切った。


 寝番が必要には思えないくらい静かな夜だった。


 激しい戦闘を昼間に見はせども聞き及びはしなかった。初日にして人を殺す覚悟が決まっている人間はそうそう少なかったらしい。まぁ、しかし、少ないにもかかわらず自分の命を狙うような輩と出くわし、こうして寝食を共にしている少年もいるわけだが。


 人々の僅かばかりの理性と後悔がこの夜の恐怖に染まって明日からはどんどんと血沸き肉躍るのかもしれない。人々の獣性を剝き出しにするこの文明の死に絶えた世界では狂気がものを言う。そして何より、小説家や芸術家というのはハナからその心身に精神的な逸脱を種として持っている。それがこの世界では抑圧するものはなく、寧ろ助長している機構すらある。

 法治国家の生まれと言えど倫理と道徳の消えたデスゲームの中に晒されて――クイーンによって精神の均衡を弄られてしまえば狂ってしまうのも、波間の砂城の如くだろう。


 記憶を失ったこの少年もまたその狂気を内包し、発芽させる一人。


「……眠れない」


 暗い天井が開かれた眼に映り込む。

 天井に敵がいるからとか、シミが気になるわけでもなかったが、天井の一点をジッと見つめていた。ロイは眼窩から引き延ばされた意識が成長して天井を擦っているように感じた。

 何もないからこそ、見入らずに見つめてしまうし、その退屈さに圧迫されて、今日の嫌なことばかりがフラッシュバックしていた。


 自分の中にぽっかりと空いた穴は早々にそこを満たすためにロイが持つ不安を延々と吸い込み続けている。


 心の孔、満たされぬ排気孔。


 今日の記憶だけしか持たないロイだが、今日より残酷な日はないだろう。

 この生まれたてに等しい少年は新生しての初日を最も残酷に飾ってしまった。今日の厄災の記録が心の中で渦巻き、何度も針を向けてきた。


 だが、例え起こり得ないイフの話でも、恐ろしくてたまらない。


 あの一瞬、この一瞬全てが自分の命と未来を左右している。だから、もしその時に……という要らない物語を無知なる脳が書き連ねる。

 校閲されることもなく、改稿されることもなく、コピー&ペーストを繰り返したように負の感情を刷り続ける。刷新されることのないその不安という名の本は少年の書庫に乱雑に平積みされていく。


 寝返りを打つ。頭の中の本の山もひっくり返る。そこに溜まっていた本の表紙が新品のまま顔をだす。


 何度も踏まれた頭蓋の痛み。吹っ飛んだ腕。真っ二つにされたトルソー。全身から血を流す狂人。


 今でも鼻腔にこびりついた血の匂いが自分のものなのか誰かのものなのか分からない。呼吸をするたびに鮮烈なトラウマが蘇る。


 血の酩酊が悲惨を呼ぶ。


 日常と決別した世界に堕ちた少年は最早普通ではないだろうけど、人並みに世界への絶望を募らせた。

 寝ている少年の心は紛れもなく得体の知れない恐怖に襲われているが、その目尻に涙を溜めさせはしなかった。

 それは少年の無垢さゆえではない。涙を流すほどの激痛を恐怖が徐々に与えてたからだ。圧搾機に挟まれた果物が果汁を亀裂から垂らすように、徐々に徐々にとだ。


 少年は痺れを切らして起き上がった。

 布団もなければ、金縛りに掛かったわけでもない少年が真夜中に起きるのは勝手なことだった。


 しかし、疲れの溜まった体は鎖に繋がれたように重く、全身はいつのまにか冷え切っている。

 今少年が息をゆっくりと吐けば、白く靄でも立てただろうが、冷泉の如き空気を吸うのに肺を大きく動かす余裕もなかった。


 今日の寝番はちゃんと起きてるだろうか? ふと起き上がった少年が辺りを見回した。椅子の上に膝をついて船を漕いでる寝番がいるのを見る。


 椅子に座って猫背になっているから、彼の上りがちだった金髪が降ろされて目を隠している。耳を澄ませば僅かながら温かな寝息が聞こえてきた。


 皮肉なことに、幸せそうにすら見える。


 これならば自分が勤めれば良かったな、となんとなく予期していた事態に諦観しながら思う少年である。


 諦観ではあるが、何となく少しその鉄皮の表情を緩めて、船を漕ぐ寝番の肩を軽く叩いた。


「大丈夫?」


 その言葉は紛れもなく心配する心遣いからだったのだが、寝惚けた寝番にその声を幽霊と勘違いさせるには十分だった。


 たった一言だが、威力は強かった。

 起爆スイッチを押されたように男は頭を素早く上げ、その勢いで穂を垂れていた金髪が大波を起こす。


 舞い上がる金髪。

 隠されていた深海色の眼が弾けるように露になる。


 眠っていた瞳が微細に揺れて、少年の姿をピンボケしたまま捉えようとしたが、理解は火花を散らされているように追いつくことはなかった。


 打ち上げられたて頭は何も考えられていないだろう。あるのは寝る前まで考えていた自問自答の残骸だろうか。


 口を半開きにして何かを少年に向けて言いかける寝番――遼だが重力に引っ張られて、椅子ごとそのまま真後ろに倒れていった。藻搔く両手は空を切り、虚しく背骨を強打した。


「ッ~~~!!!」


 無言の悶えが転がる。グーで床を叩く音が鈍く響く。

 思わず少年は深夜に笑い出しそうになり、堪えきれずに空気が口端から漏れ出た。


「ぷふっ……!」


 そのリアクションで微笑みを超えた完全な笑いを勝ち得た寝番はMVPだろう。

 ただ本人はその貴重な破顔を見れてないわけだが。


 背中の痛みが二度目のショックになって今度こそ遼ははっきりと目覚めた。声を抑えられたのがその証拠だろう。倒れた際の音もそこまで大きくならなかったのは受け身を取ったからか。

 しかし、痛みは続くようで遼はクロコダイルのデスロールのようにうち悶えていた。



 ――十秒後。



 サイレント・アンガーを示しながら、これまた音の立たない大股歩きで少年の方に向かってくる。

 頭のたんこぶが見事であって、少年は笑わないように真顔に戻したが、まだ口端はうにょうにょと引き攣っていた。


(お、お前! いきなり声かけてきて驚いたじゃねーか!)


 周りの人間が起きてこないように、外からも集まってこないようにと小声で遼は発する。

 

(眠れなくて。寒いし、それに今日は色々あったから。一緒に起きててもいい?)


 ロイは遼に倣って内緒話でもするような小声でそう言った。寝番でもない自分が起きてることが周りに知られるのはなんとなく嫌だったロイにとっては内緒話だったのだろう。


 遼はその純朴なお願いを断る言葉をすぐさま探したが、途端に冷静になった頭は睡眠を渇望して遼の思考を散漫に切り替えた。


 思いつく限りの方法すらも思いつかなかったかのように消えてしまった。探せば出てくるだろうけど、あと数秒遅れて返すのも会話の間が悪い。

 だから、仕方なく遼は隣に席を設けてロイを座らせ、星空を見るようにした。


(こんなに眠たくて仕方がないのに、眠れないのはどうしてなんだろう)


 椅子の上に体育座りをしたロイが星を眺めながらぽろりと溢した。


(……そりゃ悩んでる時は眠れないだろな)


 遼は渋々答える。彼なりのナイトサービスだ。


(悩んでる? あぁ、確かに僕には悩みはたくさんあるね。記憶はないのに、悩みはたくさん。嫌だなぁ。それを全部解決するまで、僕は眠れないのかな)


 窓越しに星を見る少年の眼がやや細まる。

 表情に乏しい少年だが、感情がないわけではない。少年なりの閾値を超えた情動は外に出るのだ。


 ロイの言葉を受けながら遼はロイと同じ星空を見る。声音を暫く耳の中で解してから、静かに息を吐く。

 割れた窓から流れ込む風が2人の髪を優しく撫でた。


(眠れないなら眠ろうとしなくていい。起きて、悩んで、眠たくなったら、朝だろうが昼だろうが構わず寝ればいい)


(そうか……そうだね。じゃあ、僕が眠れるまで何か話してよ)


(しょうがねーなー。それじゃあ、とある金髪と暴力バカと眼鏡の少年の話をしてやるぜ。題して『遥けき友人との青春譚』だ)


 量はそれからロイに多くを語った。

 眠りの中で見た多くの葛藤、自己の曖昧さ。それを一旦脇に置いて、ただ自分の知っている三人組の青春について話した。

 

 出会いの話、友達になるまでの話、学校での話、夏休みに起こった事件の話、一緒に映画を見た話、河川敷で遊んだ話、文化祭での話、山に篭った話、スキーをしに行った話。


 春夏秋冬、あの夜あの朝、彼の持つ思い出は全てが鮮明だ。


 そう云う小説の元生まれた存在だからこそ、彼の話はロイに興味を与えた。


 話の中では理解できない行動もあったけど、それすらもどことなく普通だと思い込まされるほど三人の関係性は素晴らしいものだった。

 

 ロイは話に聞き入った。自分を殺そうとしてた男が(厳密には今は別人だが)こうも自分の友人について楽しげに、そして時折しみじみと懐かしむ姿はギャップを感じさせた。


 人の二面性は分からない。

 

 同一人物であっても連続していない彼。

 自分を殺そうとしたことを知らない彼。


 あの時の彼の殺意は友情のためだったのだろうか。友達のためなら人をも殺せると云う覚悟が彼には最初からあるのだろうか。


 いや問わずともそれは自分がよく知っている。


(でなぁ、その時岬が持ってたコーラを思いっきりふっちまって――)


 語る遼の月光に半分だけ照らされた笑顔がどこか怖く感じた。


 ロイは話に聞き入り続けながら、自分の胸中にチクタクと時計の針の動きに合わせて、突き刺す小骨があるように思えた。


 彼の忠誠は毒だ。

 岬にとっても、僕にとっても、脅威になり得る心だ。


 直感的にそう感じたのはなぜ今だったのか、それは分からなかったが、楽しげな話を聞く耳とは別に脳がこのように恐怖を覚えていることに不思議と笑ってしまいそうだった。


 あぁ、楽しいフリをして、本当はまだ彼のことを許せてない自分がいるんだ。


 そんな二面性、彼の暴力性と忠誠の混ぜ合わせと何が違うと云うのだろうか。


 少年は眠気を感じた。

 少年の中の悩みが脈動をやめ、蛹へと姿を変えようとする。


(本当に遼は岬が好きなんだね)


(ん? あぁ、『ショーシャンクの○に』と同じくらい好きだぜ)


 ……なんだろう、それ。


 小話は朝日の揺れまでまだ続く。



Q「私、ラスボスっぽく、黒幕っぽく登場してから今日まで一向に出番がないんですけど……」


?「今日って、まだ物語内だと一日経ってないからね。気長に待ちたまえよ」


Q「正味このド派手なデスゲームで思春期男子のブロマンス的な葛藤って要らないじゃないですか! 私の出番が~~!!」


?「さてさて、困ったものだ。君がもっと蹂躙するようなやり方を選べばよかったのに」


Q「浪費の女王、才華の妖精、無双たる夢想の要素を持つ私が遊びのないやり方で斬るわけないじゃないですか~そう言う性質なんです☆ けれど、人間ごときは私の掌の上で簡単にプッチンですので」


?「はぁ……君の役目を果たしてくれれば何でもいいさ」


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